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第二話 お隣さんとわたしの事情

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「今日はいるかな…」


 退屈な授業も終わった放課後、図書室にて。


 わたしは本棚の陰からこっそりと様子を伺っていた。


 読書兼自習スペースの長机が並ぶ窓際。この時間帯一番陽当たりの良い席が奥から三列目の窓際の席。


 二週間前、わたしはそこで運命的な出会いをしてしまった。


 いたのだ。ずっと探していた素敵な王子様とやらが…


 このクソ面倒くさい放課後の図書委員の仕事…じゃんけんで負けたからとは言え納得いかず嫌々ながら真面目にしていたかいがあった。


 背の小さなわたしにとって本棚の整理は結構苦痛で、その日も高い位置の本棚へ本を戻そうと悪戦苦闘していた。


「う~ん…届かない…」


 短い手足を精一杯伸ばしても届かない、ぴょんぴょん飛んでみてもかすりもしない…悲しくなってきた。


 椅子はあるにはあるが…これを使っても届くかどうか…


 こんな時蒼がいてくれたらどんなに楽なことか…何も言わずスッと手を貸し、簡単に戻してくれるに違いない。


 が!しかし!!こんな日に限っていない!じゃんけんで負けた同じ図書委員のくせに…だ。


 たまたまその日は部活で出られなかっただけなんだけど…あの去り際の珍しく少し罪悪感に満ちた顔を思い出すと強く責めることなんて出来ないのが尚更悲しい。


「…仕方ないな…脚立持ってくるしかないか…」


 ため息を吐き渋々手を引っ込めようとした瞬間だった。手にしていた本がスッと抜き取られ、目的の場所へとはめ込まれたのは。


「さっきからずっと頑張ってるの見てたんだけど…声掛けずらくって…ごめんね。」


 困ったように微笑む姿はまるで少女漫画に出てくる王子様のよう…


 蒼ほど背は高くないけど(あれは伸びすぎなんだ)、その色白で華奢でいかにも儚げな美少年って感じの優しそうな人はわたしの心を掴むには文句無しの逸材だった。


 むしろその瞬間運命のベルみたいなものが鳴り響いた気さえした。


 そうか、これが少女漫画によくある運命的な出会いなのか!!


 それから毎日…放課後ふらりと図書室を訪れてはあの人の姿を探した。


 そして気づいてしまった。彼がたまに窓際の一番陽当たりの良い席で静かに本を読んでいることに。


 いつもはこっそり物陰に潜んで見ていたけど…今日は図書委員の当番!立派な理由もあり堂々と図書室を徘徊出来る!!


 いや…いつものようにこっそり物陰から見ているんだけど。だって恥ずかしくて堂々と徘徊することなんて出来ないよ!!


 しかも…今日に限ってあいつもいるし…


 入口付近にある貸出カウンター、そこに座りぼんやりしている蒼に目を向けため息を吐いた。


 もう!!なんで今日に限って部活ないのよ!!これじゃあ思う存分あの人をこっそり見ることすら出来ない!!


 かといってこちらが動かずじっとしているとさすがに蒼に怪しまれるので、わたしは本棚の整理をするふりをしつつたまにこっそりとあの席へと目を向けた。


 なんだ…今日はいないじゃん。残念…


 陽当たりの良いあの人の特等席は空席のまま、ただ陽の光が当たっているだけだ。


 あ~あ…あの人がいないだけでこんなにも図書室の空気が重くなるなんて。


 せめて名前だけでも知りたかったな…借りていった本をチェックすれば名前の確認くらい簡単だ。貸出カードに名前を記入するシステムになっているから。


 様子ばっか見ていて何の本を借りていったのか、読んでいたのかすら覚えていないわたしって…本当に恋する乙女なんだろうか?


「はぁ…」


 がっくり肩を落としカウンターへと戻ると、ぼんやり座っている蒼の隣に腰を下ろし再び深いため息を一つ。


 今日はやっぱり来ないのかな…


「…あと少しだから我慢しろ…」


「そんなんじゃない!!」


 図書委員になったあの日の夜、散々蒼に愚痴りまくったことを未だに覚えているのか、不満のため息と勘違いしたらしい。


 隣に座る蒼は相変わらず無表情で何を考えているのかやっぱり分からない。


 いや、これは何も考えていないのかも…もしくは眠いとか…そんなことに違いない。


「ねぇねぇ…あれ、雛森君じゃない?」


「マジ!?やっぱいいよねぇ~!!」


 たまたま図書室を訪れた女子生徒コンビはカウンターに座るこの不愛想な男に気づき一瞬で乙女モード全開に…目を輝かせ頬なんか赤らめ可愛いこと可愛いこと。 


 たく、こんな男の何処が良いんだか…。


 ただ顔が良いってだけで、中身は世話焼きの過保護なお父さん、いやお母さんみたいな人なんですよ?几帳面で細かくて、結構面倒臭い人なんですよ?


 こっそりはしゃいでいる彼女達を心底哀れに思いながら、わたしは心の中で毒づいてやった。 


 そこそこ可愛い顔してるんだから、もっと別な男に関心を向ければ良いのに…その方が絶対幸せになりますよ?


「…灯、お前今凄く失礼な事考えてるだろ?俺に対して…」


「え!?」


 ぼんやりしていたはずの蒼が、いつの間にかわたしの顔をじっと見つめて冷静に無表情に呟いた。


 こ、こいつって…忘れてたけど結構鋭いんだよね。主に悪い事に関して。


「気のせいだって。蒼自意識過剰過ぎ。」


「絶対考えてた…目が語ってた…」


「は、はぁ?目って…あんたいつからメンタリストになったの?」


「メンタリストじゃなくてもお前の考えていることなら大抵分かる。顔に出やすいんだよ…灯は…」


「正直者って言って!」


「嘘ついても顔にすぐ出るからな…」


「し、仕方ないでしょ…嘘嫌いだもん…蒼だって嘘ついたことないじゃん。」


「それは俺も嫌いだから。それに面倒臭い。」


「だよねぇ!面倒臭いんだよ、嘘って。昔お父さんが…かなりの嘘つきでさぁ…しかも下手なの。そういや蒼、いつも見破って冷静に突っ込みいれてたよね…」


 わたしの今の家族は母のみだ。父が離婚届を残し家を出て行ったのが十歳の時…その後正式な手続きをし、離婚したのだ。


 その父がまた本当に嘘つきでお調子者のろくでなしで…母はのほほんとしてマイペースだから大抵笑って許していたので不思議だった。


 母はなんでこんな男を許せるのか?というか何故母ほどの可愛らしい素敵な女性があんなろくでなし男と結婚したのか?と…


 今となれば謎のままで確かめたくても確かめられないし、正直もうどうでも良い。母が幸せならそれでいい。


 蒼がわたしに対してより一層何かと世話を焼くようになったのも父が家を出た後だ。幼いながらも父の代わりにわたしを守ろうとしていたのか?


 女二人のお隣さんをなんとか助けられないか…と、そう思っているような…


「……」


「いや、急に黙らなくても…もうあの人のことはどうでも良いし…というかもう他人だし。父親は死んだことにしてるから。」


「…なら良いけどな。」


「そうだ!それで思い出したんだけどさぁ…お母さん、最近良い人見つけたみたいなんだよね。再婚するかもしれない。」


「は?」


「まぁ、わたしもさぁ…ちょっと複雑だけどお母さんが良いなら良いと思うんだよね。何度か会ったことあったけど、あれって今となれば再婚の準備だったのかも…って蒼?」


 ふと隣を見ると、そこにはいつも無表情で冷静な幼馴染みの姿ではなく…口をぽかんと開いたまま固まった動揺を隠せない幼馴染みの姿があった。


 うわぁ…久しぶりに見た…蒼のこんな表情。


「蒼~?蒼さ~ん??大丈夫?」


「お、おま…お前…再婚って!」


「いやぁ、何か想像はしてたけど…」


「俺は聞いてない!大体その男とやらの話、お前何も言ってなかっただろ?なぜ黙っていた!?」


 わたしの肩をがっしり掴み、顔を近づけんばかり迫って来る動揺しまっくた蒼…


 こんな蒼本当に久しぶりだ…なんか新鮮…


「言うほどのことじゃ…というか蒼の問題じゃないし。これは花森家の問題じゃん?」


「そ、それはそうだけど…相談くらいしてくれても良かっただろ?お前初めは凄く動揺して悩んでいたんじゃないのか?」


「う~ん…まぁ…けどわたしが文句言う資格あるのかなって考えたらさ…ここまで女手一つで育ててもらったわけだし。その苦労を考えたら何か…ね?」


 複雑な思いを掻き消すように、わたしは笑って蒼の肩を叩いて見せた。


 確かに凄く動揺したし悩んだ。母に会わせたい人がいると言われた時、そこに見知らぬ男の人が現れ母と楽しそうに会話しているのを見た時。


 もしかしたら一緒になるんじゃないかって。


 相手の男の人は凄く優しくて穏やかで良い人だった。父とは大違いってくらいちゃんとした人だ。


 けど…他人は他人、そんな人がいきなり我が家に踏み込んで来るのかと考えると…


 父に未練なんて全くなかったけど、不安で仕方なかった。


 わたしは邪魔者になってしまうんじゃないかって…


「…俺がどうこう言う資格なんてないけど…灯が納得出来ないならちゃんと言った方が良い。家族だろ?おばさんならちゃんと話を聞いて分かってくれると思う…」


「…そうだけど…それで余計こじれたらなんか責任感じるよ。」


「お前が責任を感じる必要なんかないだろ。納得出来ないのは当然だ…好きなだけこじれさせてやれば良い。」


「好きなだけって…勝手な事言わないでよ。お母さんの幸せが掛かってるんだよ?それに再婚すれば家計も今より楽になると思うし…」


「…お前、急に現実的になるよな。時々凄く…」


「う、煩いなぁ!!ほ、ほら!もう終わり!帰るよ?」


 時計を見ればもう六時…当番の時間は一時間も前に終了していたことに気づき、慌てて片付けると図書室を後にした。


 本当好きな事言ってくれるんだから。ちゃんと話せってわかってるよ。わたしだって…


 けど今は本当に良いだ…この複雑な気持ちは誰にも言わないけど、母と相手の男の人とわたし…三人で過ごすことが徐々に増えていったらなんだか知らないうちに納得していたから。


 そんな単純なもの?って感じだけど…多分その人の存在に慣れていったからなのかもしれない。あとその人の人柄の良さにも好感を持てたということも大きいだろうけど。


「…灯、今度その人俺に紹介しろ。」


「は?」


 電車に揺られそんなことをぼんやり考えていると、蒼がいきなりそんなことを言ってきた。


 顔はいつもの無表情だけど…彼なりに心配しているのだろうか?


「良いけど…あ、今日どうせ家に来るんだ。蒼もどうせ家でご飯食べるでしょ?」


「ああ…」


 蒼の家は共働きで遅くまで働いている多忙な両親なので、夕飯は大抵家に来て食べるのが昔からの日課になっていた。


 蒼はわたしと違って一人っ子ではなく年の離れたお姉さんが一人いるけど。彼女は海外で暮らしているから今は一人っ子みたいなものなのだ。


 母と蒼の母親が親友で仲良しだからお隣さん同士の絆も深い…家がお隣なのはたまたまらしいけど、それはそれで凄いと思う。


「くれぐれも失礼のないようにね!」


「俺は何も言わない…ただこの目で見ておきたいだけだ。」


「そう言ってなんか目つきが鋭いんだけど!?」


「気のせいだろ…」


 一抹の不安を感じながらも、蒼だから余計なことは言わず黙々と夕飯を食べるだろうと思いながら電車に揺られうとうとし始めた。


 電車のこのゆったりとした揺れって眠気を誘うんだよね…


 なんだろう?この少しスッとした気持ち…


 母の再婚…その気持ちを話したのは蒼が初めてだった。だからだろうか?


 ああ…わたしはやっぱりどこかでため込んでいたのかもしれない。この複雑な気持ちを。


 ならちょっとは蒼に感謝しないとな…


 微睡みの中、わたしはそんなことを思いながら目を閉じた。


 眠気がどっと襲ってきた…