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9話 深夜の連絡

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『だって、カイは、高校生なんでしょ!?』



そう言ってしまってから、二人の間に重い沈黙が流れた。


じっと私の顔を見ていたカイが、ふと視線を逸らしてしまうから。

次の言葉に身構えて息を呑んだ。



「痛ててて・・・」



不意に肋骨を抑えたカイが、顔を歪めてしゃがみ込んだ。



「え・・・、え!? カイ、ねぇ、ちょっと、大丈夫!?」



そういえば私、今思いっ切りカイの胸を押してしまったような気がする。

肋骨を怪我しているのに、私ったらなにしてるんだろう。


焦ってカイのそばにしゃがみ込むと、カイは声を押し殺すように身体を震わせていて。

そんなに痛かったのかと、カイの顔をのぞき込んだ。



「・・・ちょっと、カイッ。痛いんじゃなかったの!?」



カイは痛みで身体を震わせているのではなく。

クツクツと声を押し殺すようにして笑っていた。



「言ったろ。なぎさは騙されやすいから、気をつけろって」


「信じられないっ。痛いふりして騙すなんて、酷い」


「ごめんって。渚があんまり簡単だから、つい・・・」


「あのねぇ、簡単ってどういうことよっ」


人が真剣に心配しているのに、簡単なんて言われるのは心外だ。


こんな時に人をからかうなんて。

これが本当に17歳なのだとしたら、末恐ろしい・・・。


そこまで考えて、ハッとした。



カイの言う通り、私、本当に簡単だ。



「カイ! 誤魔化されないんだからね!!」



すでに私に背を向けて、リビングのソファに向かっているカイに叫んだ。


こうなったら、とことん問い詰めてやるんだから。



「ちゃんと本当のこと教えてよ」



ソファの隣に腰を下ろして、今度こそと詰め寄った。



「本当のことってなんだよ」


カイはテレビの画面を見ながら、だるそうに言う。



「怪我が治るまでっていう約束だったけど、カイが未成年なら話は別だよ。これ以上一緒には暮らせない」


「なんで」


「なんでって。当たり前でしょ。未成年だと知ってたら、家に居ていいなんて言わなかったよ」


「そうやって、ガキ扱いするだろ。だから言いたくなかったんだよ」


「ガキ扱いしている訳じゃない。親御さんも心配してるだろうし、こんな家出みたいなまね、黙認出来ないって言ってるの」


「別に、心配しているヤツなんて居ない」



私が言った言葉に、カイは感情を失くしたような冷たい声で断言する。



「そんな訳・・・」


「あるんだよ。だから、渚が気にしてるようなことにはならない」


「私は、カイ自身のことを心配しているんだよ」



カイが高校生で、もしご両親が心配してカイを探していたら。

カイと一緒に暮らしている私は、きっとただでは済まない。


でも、今はそんなことよりも。

カイ自身が、家に帰ろうとしないことの方が問題だった。



カイはテレビを見ていた視線をゆっくり私の方に向けた。



「ホントに馬鹿だな、渚は。自分のことより、俺のことなんか心配するなんてさ」


「なに言ってるの。当たり前じゃない。それにカイのことを心配してるのは私だけじゃないよ」


「渚だけだよ。そうやって俺のことを心配してくれるのは」



カイが長い腕を伸ばして、私の頬に触れる。

親指の腹で優しく撫でられて、なんだかくすぐったい。けれど、不思議と嫌悪感はない。


向けられた瞳には力がなくて、返す言葉が見つからなかった。


心配してくれる人は居ない、と言い切るカイだけど。

でも、そんな訳ない。


少なくともカイの保護者と言っていた沢村さわむらさんは、カイのことを心配していた。



「そうじゃない。カイのことを心配してる人はちゃんと居るよ。だから、」


「だから、出て行けって?」



カイは私の頬から手を離し、視線を落とす。



「そんなんじゃ・・・」



ない、と果たして言えるのだろうか。


そう思った私は、言葉に詰まった。


私は、どうしたいのだろう。


カイが未成年と知った今。

それをカイに確認して、私はどうするつもり?


カイが本来居るべき場所に帰った方がいいと思っている私は。

カイに出て行けと言っているようなものだ。


カイの実家か、沢村さんのところへ帰るべきだと思う気持ちはあるけれど。

カイの事情を知らない今は。

それがカイにとって、一番いい方法なのか分からない。


だから、カイが話してくれるなら。

カイの事情を知りたいと思うけど―――。



「・・・渚」


「なに?」


「髪」


「髪が、なに?」


「・・・乾かして」



珍しく甘えるような声で言うカイに、不謹慎にも少しきゅんとしてしまった。



「まだ腕上げると痛いんだよ」



ぶっきらぼうに言って、視線をテレビに向けたカイの耳はほんのり赤い。


「・・・うん。分かった、ちょっと待ってて」


ドライヤーを取るため立ち上がる。



なんだかんだ言って。


私は、カイに甘い。



それは自覚していた。



だけど。


まるで出て行きたくないと言わんばかりに甘えるカイを、突き放すことが出来なかった。


怪我が治っていないから。

まだ、ここに居てもいいはずだ、と。


私に確かめるような行動を取るカイを、突き放すことなんて出来ない。


カイの隣にもう一度腰掛けて。

ドライヤーの風を髪に当てる。


乾き具合を確かめながら、髪を手でいてあげると。

カイは気持ちよさそうに目を細めた。



「乾いたよ」


「・・・さんきゅ」



ドライヤーをオフにすると。

急に周囲が静まり返って。


二人の間に、再び沈黙が降りる。


互いに、話すべきことが分かっていて。

それを切り出すきっかけを探り合うような、微妙な沈黙。



「カイ、」


「俺、」



二人同時に口を開いた時。


さえぎるように、私のスマホが鳴った。


二人の間の緊迫した空気が一気に緩んで。

どちらともなく、小さく息を吐く。



「出れば? あいつなんじゃねぇの?」



折角機嫌が直ったように見えたのに。

また不機嫌そうに眉を寄せ、カイは視線を逸らしてしまった。



「うん・・・」



ソファから立ち上がって、鞄の中からスマホを取り出すと。

そこには、見覚えのない数字の羅列。


カイはスウェットを着ながら、寝室に入ってしまった。



「もしもし?」


『もしもし、新條しんじょう渚様でしょうか?』


「はい、そうですが」


聞き覚えのない声と、緊迫したような相手の声に胸がざわついた。


だって、深夜も近いこの時間。

知らない人から電話が来るなんて、普通じゃない。


『こちら、救急隊の者ですが、新條洋輝ひろきさんのご家族の方でお間違いないでしょうか』


「・・・え、はい。新條洋輝は私の弟ですが」


『実は、洋輝さんが―――――』


続いた言葉に、頭の中真っ白になった。





「渚?」


カイに名前を呼ばれて、ハッと我に返った。


そして、ゆっくりとカイに視線を向ける。


私の表情を見て、カイが目を見張ったのが分かった。


「・・・なにがあった?」


カイに聞かれた瞬間、自分が思い出し立ち上がった。


「私、行かなくちゃっ」


「は? 行かなくちゃって、どこに・・・」


カイの言葉に答えることも出来ず。

私は鞄をつかみ、ソファに掛けていたコートを手にした。


そのまま玄関に向かおうとしたけれど。



「渚!!」


カイに腕を掴まれ、向かい合うように引き寄せられた。



「カ、イ・・・」


「こんな時間から、どこに行くつもりだよ」


「どこって、病院に」


「病院? なんのために」


「洋輝が、病院に。だから、行かないと」



慌ててカイの腕を振り払おうとしたが、思いの外強く掴まれていて出来ない。


自分の手が震えているのが分かった。



「渚、言ってることが分かんねぇ。一回落ち着いて。さっきの電話、誰から?」



穏やかなカイの声が聞こえて。

震える唇で、小さく息を吐く。



「・・・救急隊からだった」


「うん。で、洋輝って、誰」


「私の、弟」


「その弟が、病院に運ばれたってこと?」



落ち着いた声で、私のつたない説明を補うカイの言葉に、うなずきを返す。


さっきの電話は、救急隊からで。

弟の洋輝が事故にあって、意識不明だという連絡だった。


自宅に連絡したけれど、電話が繋がらなくて。

洋輝の財布に免許証と一緒に入っていた名刺を見つけて、私に連絡をしたということらしい。



「そう、だから、私が行かないと」


「分かった。どこの病院? 終電は終わってるだろ。タクシーで行ける場所か?」



カイに冷静に聞かれ、愕然とする。



「・・・地元の、病院」



私の実家は、今住んでいる場所から二つ隣の県にある。

普段はそんなに遠く感じたことはない。

地元に帰る時は、新幹線で帰ることが多いから。


でも今の時間、電車だってとっくに終わってるし、新幹線なんて論外だ。


カイは私の腕を離して、考え込んだ。



「どうしよう・・・」



いろんな方法を頭の中で考えては消去していく。

流石にタクシーではいくら掛かるか分からない。


それなら・・・。



「レンタカーなら、借りられる」



近くに24時間営業しているレンタカーのお店があることを思い出し、玄関に向かったけれど。

再度、カイに引き留められた。



「カイッ、離して。私、行かないとっ」


「今の渚に、運転させられる訳ねぇだろ」


「だったら、どうしろって言うのよ。運転して行くしか方法が、」



そう言った途端、腕を引かれて温もりに包まれた。


自分が使っているのと同じ、柔軟剤の匂いがふわりと香る。


どくん、と胸が高鳴った。



「落ち着け、渚」



耳元でカイの声がして、身体から力が抜ける。


カイの腕がぎゅっと私を抱き締めた。



「カイ・・・?」


「いいから、少し落ち着け。俺が、なんとかするから」


「カイが?」


「ああ、だから、大丈夫」



カイの腕が、なだめるように私の背中をさする。


私を落ち着かせるためにそうしてくれているのは分かるけれど。

私は、自分の胸がドキドキと鼓動を速めているのを感じた。


落ち着かせようとしてくれているのに。

これじゃあ、まるで逆効果だ。



「必ず病院に連れて行くから。渚はソファに座って、落ち着いて待ってろ」



カイは、なにをするつもりなんだろう。


頭の片隅でそんなことを思ったけれど。

しっかりとしたカイの口調に、気持ちが落ち着いてきたのは確かだった。



「う、ん・・・」


カイがゆっくり腕を解いて、私をソファに座らせる。


離れていく温もりを、つい目で追ってしまう。


カイがなにをするつもりか分からなかった。


でも、今は、カイの言葉にすがるしかない。


カイは、テーブルの上に置いていた自分のスマホを手に取った。


「もしもし、海里かいりです」


電話の相手に、かしこまった口調で話している。

どうやら、迎えを頼んでいるようだった。


こんな時間に、一体誰に連絡しているんだろう。


しばらくやり取りを繰り返して。



「車で迎えを頼んだから、もう心配いらない」



電話を切ったカイが、私に向かって安心させるように優しく笑う。

その言葉に安堵して、わずかに緊張が緩んだ。


よかった。


これで、病院に行ける。


そう思ったけれど。


同時に、理由の分からない不安もよぎる。


だって、こんな時間に車を出してくれる相手って、どんな人だろう。


それに今家出同然で、心配してくれる人がいないと言ったカイが頼る人間って。


一体、誰・・・?



その答えは、それから数十分後に明らかになった。



マンションの前に停められた、黒塗りの高級車から出て来た人によって。