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1話 保健室に集まるひとたち

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 高校2年生。


 私はこの1年のことを、ずっと忘れないと思う。


 誰にでも訪れるような平凡な時間。


 でも、なんかキラキラしていた時間。


 私たちは保健室で、悩みを吐き出し、


 言葉にできない、色々な気持ちを覚えた。






 まだ朝の7時を回ったばかり。


 1年間履きつぶしたローファーで玄関から一歩踏み出し、肩に掛けたスクールバッグの重さを確かめる。


 緊張感も緩み始めた5月半ば。


 先月よりも濃くなった緑の匂い。


 毎日30分歩く面白味のない通学路。


 そして、私の前を歩く見慣れない金髪――


「金髪??」


 明らかに天然物ではない染めたての髪色に、近寄りがたい雰囲気を感じる。

 そんな男の子が、私の少し先を歩いていた。


(あ、うちの学校の制服。でも2年生にはいないような気がする……)


 もしかしたら、3年生? いや、1年生なのかも。

 何にしても、関わらないほうがいい類の人。

 私は逆サイドから一気に、その金髪を追い越していく。


「上野!」


 感じの悪い声で名前を呼ばれて、思わず固まる。

 振り返ると、金髪の彼が呆れた表情を浮かべ、こちらを見つめていた。


(ん、この顔は!)


「……渋谷くん?」


 呟いてから、改めて金髪の男の子を見つめる。

 クラスメイトの1人と顔面が完全一致。

 私はようやく警戒をといた。


「一発でわかれよな」


「それ無理だよ……。だって何? その髪……」


 渋谷くんとは、なぜか小学校から高校まで同じ、という長い付き合いだ。


 昔は仲がよかった。


 小学生の時の渋谷くんは、毎日サッカーの話ばかり。

 意味のわからない顔をしている私に一方的にしゃべりまくっていた。

 中学生の時は疎遠になりつつも、たまに部室から、サッカー部の練習は見ていた。

 高校では、1年生ながらチームの主軸、しかも県選抜にも選ばれている。


 そんな筋金入りの“さわやかフットボーラー”渋谷くんの髪は、見るも無残な金色に変わり、朝日を受けて凶悪な輝きを発していた。


「それさ、土日に染めたの?」


「……金曜の夜かな」


「サッカー部、そういうの大丈夫なの?」


「ん? 知らね」


「え??」


(なんで、って聞くのも悪いかな)


 高校生になってから、彼とはほとんど話していなかった。

 実は小学生の時の初恋の相手だったりするのだが、今はその気持ちもキレイさっぱりと消え去っている。

 そんな私が、彼が髪を染めた理由を聞く資格はない気がした。


「早いんだね」


「……悪い?」


「いや……とりあえず、行こうよ」


(っつーか、感じ悪い!)


 歩き出すと、渋谷くんは少し距離を開けて、私の隣に並んだ。

 話題はなく、人っ気のない道で渋谷くんがダルそうに踵を擦る音だけが響く。


(ショックを受ける子もいるだろうな、私はもう関係ないけど)


 背が高く、スポーツ万能で、顔もいい。

 条件は揃っているので、彼のことを好きな女子がいることも知っている。

 性格は……今はどうなっているかよくわからないけれど、少年時代の真っ直ぐな彼を想えば、根は悪くないはず。


(そもそもうちの学校、金髪OKなのかな……)


 隣を歩く彼の金髪を気にしてしまって、どこを見ていいのかよくわからない。




 長い沈黙を破ったのは、渋谷くんだった。


「あのさ、小南って先生のこと知ってるか?」


「新任の先生でしょ? 見たことはあるけど」


「……そっか」


 小南先生は新卒ルーキーの体育教師だ。

 まぁ、一般的にはイケメン、だと思う。

 スタイルもモデルみたいだし。


 女の子からの人気は高く、男子からもどうやら慕われているようだ。

 クラスで何度か話題に上っていたから、私も顔だけは知っていた。


「小南先生がどうかしたの?」


「いや、別に……。聞きたかっただけ」


(こいつ……、なんなのよーー!!)



 あんまりな彼の態度に口を開きかけて、私は足を止める。


「?」


「ごめん、ここで待ち合わせだから」


「待ち合わせ?」


 私は頷き、少し先に見えてきた家を指差す。


「ほら、あそこ」


「ん? ……何だ、あれ」


 視線の先には、何とも怪しい人影。

 大きな黒縁眼鏡に大人用のマスク。

 淡い栗色の長い髪が見えてなかったら、女の子だって気づくのも難しいかもしれない。


 そんな子が、白い家の戸口からひょっこりと顔を出し、キョロキョロと辺りを窺っていた。


「あれ、アイナだよ」


「ウソだろ?」


 渋谷くんは弾かれるようにして、こちらを振り返った。

 私は曖昧に笑って口をつぐむ。

 彼女のことは、親しくない人にまで喋るような内容じゃないと思ったのだ。


「じゃあ、ここで」


「……おう」


 告げると、渋谷くんは小さな返事を残して歩き出した。

 私が彼の事情に踏み込まなかったように、彼もこっちの事情を聞いたりしない。


 高校生になった私たちは、そういう距離感になっている。




「あ、カオリちゃん」


 “不審者染みた”外見からは想像できない可愛らしい声。

 私は苦笑しつつ、門を開いて彼女に歩み寄る。


「おはよう、アイナ。今日も元気――ってその格好じゃ顔色分かんないね」


「元気、だよ。今日も迎えに来てくれてありがとう」


「とりあえず顔見せて。まだ人のいない時間だからさ」


「……うん」


 野暮ったい眼鏡の奥で、彼女の藍色の瞳が揺れる。


 そっとマスクを取ると、その下から信じられないくらいの美人が顔を出した。

 息苦しかったのか、恥じらっているのか、頬が赤い。


(もったいないよなぁ)


 アイナはロシア系のクォーター。

 モデル顔負けの美人だ。

 顔はもちろん、スタイルだって抜群にいい。


「人がいないうちに行こう。保健室登校には慣れた?」


「うん。先生も優しいし。ちょっとずつ話せるようになってきた」


「そっか……」


 私たちはしばらく無言で歩く。


「あ、そういえば、さっきの見てたよ!」


「ん?」


「いっしょにいたの、渋谷くんでしょ?」


(あ、やっぱり聞いちゃう? 聞いちゃうのね?)


 アイナは、私といっしょのときはよく喋る。

 中学生からの付き合いだけど、今でも一番の仲良しだ。

 だから、恋の話題が大好物なのもよーく知っている。


「あはは……は。よく気づいたね」


「あの髪にはびっくりしたけどね。初恋の相手と同伴なんて、何かあったのかなぁ?」


 アイナはわざとらしい声を出して、バッグを掛けていない左腕に縋りついてくる。

 私は意識して冷たい態度を取った。


「ない」


「えー?」


「イメージチェンジした彼にドキドキとか!」


「それこそ、ない!」


(ドキドキじゃなくて、むしろ残念だよ……)


 昔好きだった人が変わってしまった。

 何となく、キレイだった思い出がくすんでしまったような感じ。


でも、それだけ。


「アイナは漫画の読み過ぎでしょ」


「えー? ふたりはお似合いだと思うのになぁ」


「本当に何とも思ってないって、中学のときから言ってるじゃん」


「そっかぁ」


 アイナは、なぜか私に期待する。

 まるで、少女漫画の主人公を見るような目で憧れ、夢を見て、期待する。

 私に、そんなラブストーリーを求められても正直困る。


 むしろ、アイナの方が可愛いし、渋谷くんみたいな男子にはお似合いだろう。

 そう口にしようとして、私は言葉を飲み込んだ。

 彼女に“可愛い”という言葉は禁句だった。


「私、お邪魔じゃなかったかな」


 不意に、アイナは消え入りそうな声で呟いた。

 彼女の言いたいことはわかる。

 きっと、自分がいなければもっと話せたんじゃないか、なんて勘違いをしているのだ。


「はぁ、何言ってんの!」


 私はわざと聞こえるように大きな溜め息を吐くと、アイナの手を掴んだ。

 掴んだ彼女の指先は、春なのに冷たい。


 緊張やストレスで、女の子の手先は簡単に温度を下げる。

 私は熱を送るようにして、彼女の手をしっかりと握り直すと、前を向いて笑った。


「あんなサッカー馬鹿より、アイナといっしょの方が絶対楽しいよ」


「……ん」


「ほら、もう学校に着くよ」


「え……、マスクしなきゃ!!!」


 アイナは伏せかけていた顔を跳ね上げて、オロオロと視線を惑わせた。


「まだ誰もいないから、落ち着きなって」


「う、うん」


「ほら、さっさと行こう」




 校舎の中には、まだ生徒の姿はなかった。

 アイナは私の隣でほっと息を吐き、急いで自分の下駄箱へと駆けて行く。

 私はその背中を見送り、ゆっくりと上履きに履き替える。

 そこで、彼女が戻ってくるのを待つ。


「おまたせ」


「うん」


 そして、彼女を保健室に送り届ける。

 ここまでが今学期からの私の新しい日課だ。


「カオリちゃん、私ね、最近ちょっと楽しみなことがあるんだ」


「なに?」


「春が来そうなの」


「もう5月だよ?」


「そういうことじゃなくて」


 どういうこと? と訊ねる前に、アイナは足を止めた。

 話しているうちに、保健室の前まで辿り着いていた。


「見ててね……おはようございます。大塚です」


 アイナは親しい人にしか見せない笑顔を浮かべて、そっと戸に手をかける。


 すると、部屋の中からに明るい(そして、イラっとする)声が響いてきた。

 まるで演劇のように大げさなしゃべり方。

 爽やかな(そして、ウソくさい)笑顔を浮かべていた。


「いやぁ、今日もいい天気ですよね、ヒカリ先生!! ねえ?」


 保健室にいる男性は背が高く、スポーツ用のウェアでスタイルのよさが際立っている。


「……あれ、小南先生じゃん。何してんのかな」


「何かね、先週からずっと通い詰めてるの」


「保健室に? なんで?」


 ちらっと小南先生に視線をやる。


「小南先生、お帰りはあちらですよ」


「あ……ぅ……」


 小南先生は、保健室の先生に情けなく袖にされていた。

 もう、完全に追い払われていた。

 保健室の先生に向けていたウソくさい笑顔は、はやくも曇っている。


「うわ…」


「あーあ、小南先生、今日もふられちゃった」


「あれ、毎日来てるの?」


「うん、毎日。っていうか1日3回」


 神田先生は保健室の先生で、生徒のカウンセリングなんかもしている。

 美人で魅力的なお姉さんという感じだけど、何回聞いても年齢は教えてくれない。

 外見は20代前半。

 でも、アラサーという言葉に強く反応するので、その年の頃だろう。


 アイナにも、私にも。

 たぶん、保健室に来る生徒全員に優しくしてくれるいい先生だ。


(神田先生、明らかに困ってるよね?)


 2人の先生はまだこちらに気づいていないのか、無言で視線を交わしている。


「あの、おはようございます! 2年の上野です!」


「あら」


 先生たちはようやくこちらに気づいて、私を振り返った。


「おはよう、上野さん、大塚さん」


「あぁうん……。元気がいいね。おはよう!」


 神田先生はにこやかに、小南先生はひとつ咳払いをして、それぞれおはようを返してくれた。


「小南先生? そろそろ授業の準備じゃないですか?」


「……そうですね……はい」


 小南先生は背中を丸めて、ふと、こちらに視線をやった。


「おっと、生徒の前だったね」


 今さらのように呟いて、小南先生は背筋を伸ばし、笑顔を作り直す。


「おはよう、大塚さん。今日は調子がよさそうだね」


「ありがとうございます。先生は……えっと、がんばってくださいね」


「うん、ありがとね……はぁ」


 アイナの言葉が胸に刺さったのか、小南先生は再び背中を丸め、保健室を出て行った。


「神田先生、今の……」


「妙な噂になると困るから、ナイショね」


「はぁ……」


「神田先生、今日も小南先生のこと、追い返しちゃったんですね」


「まぁね。はい、これ。今日のプリント」


 告げて、神田先生はアイナにクリアファイルを渡す。

 保健室登校の生徒は、授業に出る代わりにプリントによる自習をする。

 神田先生の監督で、期末試験などのテストも、保健室で行われるのだ。


「ありがとうございます。それで、なんで小南先生ダメなんですか?」


「うーん……とりあえず、ほら、鞄を置いてきたら?」


「はーい。先生、後でお話聞かせてください!」


 先生の素っ気ない返答を気に留めることなく、アイナは元気なお返事をして、保健室の奥にあるカウンセリングルームへと歩いて行った。

 残された先生と私は顔を合わせて、思わず苦笑い。


「大塚さん、こういう話題に興味津々ね」


「そうですね……」


 アイナは内弁慶で、親しい相手には無邪気で押しが強い。

 だから、それは神田先生に心を許した証拠でもある。


「上野さん。ちょっと付き合ってもらっていいかしら?」


「え?」


 神田先生は白衣を椅子の背に掛けて、出口をそっと指差した。

 私は頷いて、音を立てないように戸を開く。


「今日も大塚さんを送ってくれてありがとうね」


 神田先生は抑えた声で呟き、廊下を歩き出した。

 私は目を伏せてむず痒くなりそうな気持ちを押さえつける。

 神田先生は肩越しに私を振り返り、クスリと笑って肩を上げた。


「保健室登校でも、大塚さんは無遅刻無欠席。きっとあなたのおかげね」


「そんな…… 大したことはしてないです」


「お友達のために何か出来るっていうのは素敵なことよ」






 大塚アイナは今年の4月まで不登校だった。

 私と同じ高校に合格したものの、昨年は1日も出席していない。

 だから彼女は今年も1年生のまま。

 同い年の後輩という扱いになっている。


 原因は、中学校時代まで遡る。

 部活内の女子グループから受けたいじめだった。

 今思えば、そのルックスに対する妬みもいじめの一因だっただろう。

 今も顔を隠したがるのが、その証拠だ。


 彼女は親友の私が気づけないぐらい健気に耐えた。

 耐えて耐えて、我慢し続けて迎えた中学3年生の冬。


 彼女は壊れてしまった。


 夕焼け色に染まった吹奏楽部の部室で、彼女は「しにたいな」と笑った。


 それを泣きながら引き留めたのは、私の一生の中でも最大級にドラマチックな行動だっただろう。

 きっと、あんな経験は一度きりだ。


 進級こそ出来なかったものの、今、アイナは少しずつ立ち直ろうとしている。


 そんな親友の応援をするのが、今学期からの私の新しい日常だ。




「上野さん、コーヒー飲める?」


「え?」


 神田先生は柔らかく微笑むと、購買の近くにある自動販売機に目を留めた。






「ご褒美と、小南先生のことの口止め」


「あ……いただきます」


 買ってもらったコーヒーの紙パックを両手に持って、私は廊下の壁に背を預けた。

 神田先生も同じようにコーヒーを買い、私の隣に並ぶ。


「そろそろ中間テストね」


「う……」


 先生はイジワルそうに笑っている。


「大塚さんは4月前からしっかり復習したから問題無いけど、上野さんはどうかしら?」


「聞かないでください……」


 クスクスと笑う声が廊下に吸い込まれて、消えていく。

 私は誰もいないのを確認して、気になっていることを訊ねた。


「アイナは……もう少しで、通常クラスに行かないといけないんですよね」


「そうね。2学期には戻ってもらう予定だけど……」


 彼女は随分と明るくなった。

 でも、まだ1人で歩くには顔を隠したがるくらい、不安を抱いている。

 あと4か月……それまでに、彼女は通常クラスで生活できるようになるだろうか。

 ひとつ年下の同級生の中で、塞ぎこんだりしないだろうか。


「……大塚さんより、上野さんの方が不安そうね」


「まさか、アイナの方が不安なはずですよ」


 私はミルクコーヒーを一口啜って、目を伏せる。


「あの子はたぶん、女子グループに入りたがらないと思うから、余計に不安です」


「部活の中でいじめがあったのよね。そしたら、まず男友達を作った方がいいんじゃない?」


「男子、ですか?」


 呟いて、ふと納得しかけた自分がいた。

 確かに男子なら、結託して女子をいじめるようなことはしないだろう。

 意外と年齢差も気にしなそうだ。

 しかし、アイナから男子に声をかけるのはやっぱりハードルが高い。


「……ちょっと無理じゃないですか?」


「そう? 大丈夫よ」


「どうかなぁ……」


 呟いて、私は目を剥いた。


「男子と仲がよすぎると、またいじめられちゃうかも……」


 神田先生は大きな溜め息で応える。


「……上野さん、まるで大塚さんのお母さんみたいね」


「え?」






(男子の友達、かぁ……)


 午前中の授業を聞き流しながら、私は神田先生の助言について考えていた。

 同学年の女子から敵視される可能性は消えない。

 だから、不特定多数の男子ではなく、“信頼できるひとり”がいればいいんだけど……。


 一匹狼でもなく、やたらとつるむわけでもなく、ちょうどいい男子。


(1年生にそんなことを頼める知り合いがいるわけないよね)


 気づけば休み時間で、教室の中は騒がしくなり始めていた。


「先輩! お願いですから考え直してくださいよ!」


 近寄りがたい金髪に果敢に近づき、声を張り上げている男子の姿。


(あ、駒込くんじゃん)


 彼は駒込トオル。

 ひとつ年下の後輩で、中学の時から渋谷くんに憧れ、いっしょに行動しているのを割と目にしていた。


「……うるせーよ、トオル。ここ2年の教室だぞ」


「先輩、サッカー部に戻ってきてくださいよ!!」


「黙ってろって!! もうサッカーはいいんだって!!」


(あ……、やっぱり渋谷くん何かあったんだ……)




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