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2話 金髪デビューの理由

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 渋谷くんに憧れているサッカー部の後輩・駒込くんは、渋谷くんの机に身を投げ出して騒いでいた。

 おそらく、今回の“渋谷くん不良デビュー”に関して物申しているのだろう。


「俺、諦めませんから! 絶対にサッカー部に戻ってもらいますよ!」


 駒込くんは唇を引き結んで、渋谷くんの元から離れていった。

 結局、説得には失敗したらしい。


 私はすごすごと退散するその姿を追った。


 すると、駒込くんと目が合った。


 一瞬あわてた様子で、会釈なのか、なんなのか、よくわからない微妙なお辞儀をして、駒込くんは去っていった。


 駒込くんとは家が近所で、昔は少し話すこともあった。

 とても育ちがよくて上品な感じの所作をする男の子という印象。


 ちょっぴり気弱だったけど、やさしい子だったはずだ。


(あ、駒込くんがいるじゃん!)


 彼なら、アイナの面倒を頼んでもよかったかもしれない。


(でもなぁ、今の距離感は……これまた「そ・え・ん」)


「何かきっかけがあればいいんだけど……」


「ひとりでなにブツブツ言ってんだ?」


 振り返ると、たちの悪い金髪が怪訝そうな顔をして私を見下ろしていた。


「もしかして、聞いてた?」


「“きっかけ”ってトコロだけ。なんか困ってんの?」


「ちょっとね……」


 私は言葉を止めて、ちらりと渋谷くんを見やった。

 そういえば、彼が声をかけてくるなんて珍しい。

 もしかしたら、4月に同じクラスになった時以来かもしれなかった。


「渋谷くんが私のところに来るなんて珍しいね。どうしたの? 金髪にしたらハブられちゃったの?」


「ちげーよ。ちょっと聞きたいことがあってさ」


「なに?」


 しかし、渋谷くんは唇をモゴモゴと動かすだけで、肝心の話題を口にしようとはしない。


「ここだと話しにくい?」


「……おう。昼休みさ、ちょっと付き合ってくんね?」


「え……?」


「相談がある」


 渋谷くんが発した言葉に、私は一瞬、固まってしまった。


(渋谷くんから? 相談? 私に?……繰り返すけど、なんで私?)


 なんだかんだで少しだけ動揺する気持ちが生まれる。


「……私に?」


「おう」


 確かめるような言葉にも即答で、私は思い悩む。


(うーん、なになに? いや、考えても仕方ないか……)






 午前中最後の授業を終えて、私はトントンと机を叩き、教科書を揃える。

 渋谷くんがゆっくりと立ち上がるのが見えた。

 私は揃えた教科書を机に戻し、お財布だけを鞄から取り出して席を立つ。


「悪いな」


「ん」


 歩み寄ってきた渋谷くんに短く返事をして、教室を出ていく。

 別にやましいことはないのに、私は少し間を置いて教室を出た。


(見られたら困るってわけでもないんだけど……ね)


 廊下に出ると、渋谷くんは無言のまま私の前に立ち、歩き出した。

 私は少し遅れてそれを追い、階段まで歩いていく。


(どこ行くんだろ?)


 階をひとつ上がり、3年生の教室を横目に見やる。

 2年生の廊下とは少し違った雰囲気を肌で感じながら、さらに上へ。

 すると、さっきまで聞こえていた昼休みの喧騒が少し遠くなった。


「ここでいいかな」


 渋谷くんは足を止め、その場に座り込んだ。

 そこは屋上に続く扉がある踊り場で、二人きりの状態を強調するように、静寂に満ちている。


「……座れよ。立ってると、下から見える」


 渋谷くんはこちらを見上げて、自分の隣をポンと叩く。

 私は戸惑いを覚えながら、こぶし3つ分の距離を開けて、彼の隣に腰を降ろした。


「えーとさ……」


「なに?」


(ちょっとなに? 緊張させないでよ!!)


「小南先生のことなんだけど」


(何それ? そっち? そっちの話?)


「保健室に入り浸ってるって話、知ってるか?」


「その話有名なの? まぁ頻繁に来てるみたいだね……」


 口に出してから、私ははっとする。


(やば……神田先生にナイショって言われてたっけ)


 でも言ってしまったことは仕方がない。

 私は反省しつつ、渋谷くんに目を向けた。


「でも……、それが何?」


「……ちょっと聞いてもらえるか?」


 渋谷くんが語った事情は次のようなものだった。


 昨年末、サッカー部のコーチが病気のために勇退した。


 急遽、年配の体育教諭がコーチとなったのだが、それが部員たちと反りが合わなかったようだ。

 時代遅れの理に適っていない練習を繰り返し、それに対しクレームをつけた部員たちを冷遇。

 結果、3か月でサッカー部は弱体化した。

 新年度には、申し合わせた3年生が一気に退部し、完全に空中分解してしまった。




 そして、先週にはチームの主軸である渋谷くんが、臨時コーチに結果が出ないことを咎められる。


「今のサッカー部の状態は、俺一人が頑張ってどうにかなる問題じゃねぇっての」



 やりきれなくなった渋谷くんは、遅ればせながらサッカー部を見限った。

 そうして、彼はめでたく金髪デビューと相成ったそうだ。


「それで、私にどうしろと?」


 話を聞き終えて、私はきょとんとした声で呟いた。

 正直、男子サッカー部の問題に私が首を突っ込んでも無意味だろう。


「そこで、小南先生だ」


「はぁ……」


「さっきトオルから聞いた話だと、小南先生は大学時代、サッカーで鳴らしていたらしい。いくつかJリーグのクラブからも声がかかったとか」


「へぇ、すごいんだね」


「あの人がコーチになってくれれば、今のサッカー部も変わるかもしれない」


「なるほど……それで?」


「小南先生の弱みを握りたい」


 渋谷くんの口から飛び出した言葉に、私は思わず立ち上がった。


「弱みって……」


「トオルが、小南先生を説得したらしいんだ。結果はダメだったみたいだけどな……でも、諦めきれない」


「だからって、先生の弱み握ってどうするの?」


「ゆする」


「――はぁ!?」


「……マズいかな?」


 マズいなんてものじゃないだろう。まず人としてよろしくない!

 私は息を吐き、改めて渋谷くんの隣に座った。


「脅迫とかじゃなくって、もっと別の方法を考えようよ」


「別の方法って言ってもなぁ」


「私もいっしょに考えるからさ! ね! ダメだよ! 渋谷くんがそういう不良みたいなことするの、嫌だよ!」


 ふと、渋谷くんの様子を窺う。

 彼は、何とも言えない表情で私を見つめていた。


「……わかったよ。とりあえず、ちょっと離れない?」


「え?」


 彼の言葉に、私は改めて自分の体勢を確認した。

 必死だったのか、身を乗り出している。

 座り直したときに、先ほどよりも近い距離になっていたのだろう。


 私は今にも渋谷くんに掴みかかりそうな距離で、顔を寄せていた。

 なんというか、吐息が混ざり合うような距離だ。


「ご、ごめん!」


「……おう」


 慌てて座り直し、私は膝の上に両手を揃える。

 再び開いた彼との距離に、奇妙な沈黙が広がるのを感じた。


「――ありがとな」


「え?」


「話すのも久々だったのにさ」


「……」


「昔はこうやって普通に話してたよな」


(……な、なによ)


「上野に相談してよかったよ。まだどうしていいかよくわかんないけど、よろしくな」


 渋谷くんは私から視線をそらしたまま、ぶっきらぼうな口調でそんなことを呟いた。


(なんで私が、サッカー馬鹿で不良化した渋谷くんと、こんな微妙な空気に包まれなければいけないのよ!)


 むず痒さを感じて、私は視線を彷徨わせる。


「とりあえず!」


「お、おぉ?」


「小南先生のこと、観察してみよう。何か、説得できる材料を探すの!」


「なるほど、情報収集だな」


「今日の放課後、また集合ね。解散!」


 早口で告げて、私は立ち上がった。

 吐き出した酸素を求めて、大きく息を吸う。うん、落ち着いた。


 「じゃ……」と言いかけて、私はふと思い至った。


(そうだ、アイナの男友達!)


 アゴをひとなでして、私は立ち去ろうとしていた姿勢から渋谷くんを振り返った。


「あのさ、小南先生の件が上手くいったら、私に駒込くんを紹介してくれない?」


「は? トオルを……?」


 私にしては名案だ。渋谷くんから駒込くんを紹介してもらえれば、アイナの事をお願いできるかもしれない。


「ダメかな?」


「いいけどさ……。何? あいつに興味あんの?」


 渋谷くんは目を瞬くと、少し複雑そうに眉根を寄せて頷いた。

 別に、駒込くんに酷いことをしようってわけじゃない。


「じゃあ、よろしくね。別に、変なことはしないからさ」


「……おう」






 渋谷くんと別れた後、私は購買に立ち寄り、その足で保健室へと向かっていた。


(変なおせっかいをしちゃったけど、結果的にはよかったかも)


 不安はあるものの、私の足取りは軽い。

 もしかしたら、アイナのためになるかもしれない。

 小南先生の説得がどう転ぶかは分からないが、やる価値はある。

 私は自然と笑みが浮かぶのを感じながら、保健室の戸をノックする。


「失礼します」


「あ、カオリちゃん」


 戸を開くと、椅子に座ったアイナがこちらに手を振るのが見えた。

 彼女の膝の上にはまだ開かれていないお弁当箱がちょこんと乗せられている。


「遅かったね。どうしたの? うれしそうな顔で」


「ごめんね。渋谷くんと話してて……」


 言い訳に彼の名前を出して、私は保健室の中に足を踏み入れる。

 そして、すぐにぴたりと立ち止まった。


「へぇ……渋谷くんと?」


(しまった。面倒くさいこと言っちゃった)


 アイナの目が輝いている。


(逃げたい!!)


 この様子だと、質問攻めに合うことは間違いない。


「お昼、待ってた甲斐があったなぁ」


「……何もないから」


 少し間を開けて返答する。すると、アイナはにんまりと笑みをつくり、私に手招きをした。

 私は額に手をやり、諦めて彼とのことを話した。


「ちょっと、協力してくれって話をされただけだよ」


「協力?」


「うん、小南先生をサッカー部のコーチにしたいんだって」


「へぇ、それだけ?」


「それだけ。あと、私も相談があったから」


 私は手近な椅子を引き寄せて、アイナの隣に腰を降ろした。


「サッカー部の後輩で、アイナの面倒を見てくれそうな人を紹介して貰うの」


「……どういうこと?」


「クラスに事情を知ってる人がいれば、教室に行きやすいでしょ?」


 アイナに目を向けると、彼女は目に見えて不安げな顔をしていた。


「大丈夫だよ。相手は私も昔から知っている子だから」


「カオリちゃんの知り合い?」


「知り合いっていうか、家が近所でね。小学生の時に遊んだりしたんだ。やさしい子だよ」


「え……、でも……、そっか……」


 アイナは小さく呟いて、ふと顔を伏せた。

 きっとまた、申し訳ないとか、そんな言葉を言うつもりなんだろう。

 だから私は、彼女がそんな事を言い出す前に、話題を変えることにする。


「そういえば、小南先生は? 神田先生もいないみたいだけど」


「あ……うん。神田先生はお昼前にどっか行っちゃって、小南先生は留守を確認したらすぐにどっか行っちゃった」


「本当に、追っかけてるんだなぁ……ん?」


 小南先生が神田先生にぞっこんなのは、もはや疑いようもない。

 それを説得の材料にできたら、もしかして……。


「カオリちゃん? どうしたの?」


「ん……アイナに手伝ってほしいことができた、かも」


「私に?」


 私は目を丸くしたアイナを見やり、にっこりと笑った。

 先生たちの恋模様に興味津々なアイナなら、きっと私の知らない情報を持っているだろう。


 上手くいけば小南先生も、渋谷くんとアイナも得をする。

 神田先生は……イヤならお断りしてもらえればいいし、今の追いかけまわされるようなアプローチを受け続けるよりはマシだろう。


(あれ? 結構いい案かもしれない)


 少なくとも、試してみる価値はありそうだ。


「カオリちゃん、私、何をすればいいのかな!」


 アイナはどことなく楽しげに、息まいてこちらを見つめている。

 私は笑顔を返して、そっと彼女に告げた。



「小南先生の恋の応援、してみない?」




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