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10話 心の支え

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「車が着いたって」


電話を受けたカイが告げる。


私はその言葉にうなずき、カイと一緒に部屋を出た。


エレベーターを降りて、エントランスを出ると。

マンションの前に、真っ黒な車が停まっていた。


闇夜でもはっきりと分かる、艶やかなボディー。

高級車だと主張しているエンブレム。


重厚な雰囲気を漂わせるその車は。

この場には明らかに不釣合いだった。


まさか、カイが呼んだのはこの車とでも言うのだろうか。


私でも、この車の持ち主は一般人じゃないと察する位なのに。



カイは躊躇ちゅうちょすることなく、真っ直ぐ車に向かう。


車内からカイの様子を捉えたのか。

運転席の扉が開いた。


私は静かに息を呑んで、成り行きを見守っていた。


運転席から降りてきた人は、深夜だというのにスーツをピシっと着こなして。

カイに向かってうやうやしく一礼をした。


明らかにカイよりも年上で貫禄のあるその人に、カイは臆する様子もなく近づいていく。


望月もちづきさん。こんな時間にすみません」


「いいえ。海里かいり君の頼みなら、お安い御用ですよ」


「少し急ぐのですが」


「お任せください。さぁ、どうぞ」



カイが望月さん、と呼んだその人は、自然な仕草で後部座席の扉を開けた。


カイに背中を押され、私は後部座席に乗り込んだ。


カイは、来ないのかな。


私がそう思ったのは一瞬で。

カイは私に続いて後部座席に乗り込み、隣に座った。


一緒に来てくれるんだと思ったら、なんだかホッとした。


バンッ、と高級車特有の重低音が響いて、扉が閉まる。


運転席に戻ったその人は、静かに車を走らせた。


車は迷わず、高速道路の入り口をくぐる。


滑らかに走る車は、ほとんど振動を伝えてこないけれど。

窓の外を流れる景色を見ていると、高速道路らしいスピードは出ているようだった。



「行き先は、病院でよろしいですか?」



望月さんの質問を確認するように、カイがこちらを向く。



「はい、お願いします」



私はカイに頷き、そう答えた。


しばらく車を走らせていた望月さんは。



「・・・海里君」



と、遠慮がちな声でカイを呼んだ。



「なに?」


「分かっておられるとは思いますが・・・」


「うん。大丈夫」


「私は立場上、あの方に隠しごとは出来ません」


「分かってるよ」


「私を頼られた、ということは、」


「望月さんは、望月さんの仕事をしていいから」


「・・・ありがとうございます」



望月さんはルームミラー越しにカイを見て、力なく笑みを浮かべた。


二人のやり取りを聞いていて。

普通の家庭での会話でないことは分かる。


力関係を見ても、明らかに雇い主はカイの方。

正しくは、カイの家、なのかもしれないけれど。

それでもカイは、望月さんの力を借りられる立場にある、ということだ。


だけど、カイは。

多分今の状況を、自分の家の人には知られたくなかったのだろう。


それなのに。

今回のことで。


カイは私のために、きっと、なにかを覚悟した。

もしかしたら、なにか犠牲にしたものがあったのかもしれない。


そんな気がした。



私は、不安に揺れる瞳をカイに向けた。


それでも、カイは。

真っ直ぐ私を見つめ返し、優しく微笑む。


まるで、なにも心配はいらない、と言うように。


カイに聞きたいことはいっぱいあった。

でも、聞くのは今じゃない。


そう思って、窓の外に視線を向けた。



道中は、洋輝ひろきのことで頭がいっぱいだった。


意識不明って、どういうことだろう。


交通事故って言われたけど、一体どんな事故?

洋輝はいつもバイクに乗っているから、きっとバイク事故だ。


あんなに気をつけろと言っていたのに。


こんなことになるなら、この前肋骨を折った時。

バイクに乗るのはやめろと言えばよかったのだろうか。


でも、そんなことを私が言ったところで、言うことを聞くような弟じゃない。

自分が納得しないことは、絶対にやらない子だ。


母親は洋輝がバイクに乗ること自体、あまりいい顔をしなかった。

それでも洋輝は、バイトをしたお金で免許を取って。

バイクだって、自分でお金を貯めて買ったんだ。


私は、やりたいことを自分の力でやろうとする洋輝を、いつだって応援していた。

好きなことをして、いきいきしている洋輝を見るのが好きだった。


だから、バイクに乗ることに反対したことはなかったし。

反対する必要もないと思っていた。


だけど。

もしも、洋輝になにかあったら。

もう二度と、あの笑顔を見ることが出来なくなったら。


私は、バイクに乗るのを止めなかったことを、一生悔やむのかもしれない。


私は、間違っていたのだろうか。


ぎゅっとまぶたを閉じると。

脳裏に、はっきりと洋輝の笑顔が浮かんだ。



ふと、自分の右手が温もりに包まれた。


ゆっくりと瞼を開けると。

投げ出されていた私の手が、カイの掌で覆われていた。


カイは、真っ直ぐ前を見たままだ。


それでも、掌を通してカイの温もりが伝わってくる。


うん。

大丈夫。


洋輝は、きっと大丈夫。


なんだか気持ちが落ち着いてきて。

私はもう一度、瞼を閉じた。




「・・・ぎさ。なぎさ?」



優しく揺り起こされ、瞼を開けた。



「・・・カイ?」


「うん。病院、着いたよ」



そう言われ、ハッと身体を起こした。

知らない内に、カイにもたれて眠ってしまっていた。



「ごめっ、私、眠って・・・」


「別にいい。精神的に参ってんだから、休める時に休んだ方がいい」



気がつくとそこはもう病院の前で、車は夜間救急の入口に停められていた。

望月さんがすかさず扉を開けてくれて、外に出る。


冷たい風が吹きつけて、今の季節をはっきりと思い出させた。



「今日、運ばれてきた、新條しんじょう洋輝の家族の者ですが」


「はい、新條さんでしたら、救急観察室にいらっしゃいます」



受付で名前を告げると、すぐに案内されて。

洋輝が居るという病室に向かった。


夜の病院は、閑散としているけれど。

夜間救急を受診している人が、何人かソファに座っているのが見えた。


私の気持ちのせいなのか、漂う空気が妙に重苦しい。




病室はすぐに分かった。


『救急観察室』


そう書かれた扉の前で、立ち止まる。


この扉の先に洋輝が居るのに。

なぜか、扉を開けることを躊躇ためらってしまう自分がいた。



「渚」



カイが、優しく私の肩に手を置いた。



「・・・うん」


カイの声に促されるように。

思い切って扉を開ける。


そこには、数台のベッドが置かれていて。

ピッピッという機械音が聞こえる。


看護師さんが忙しそうに走っているのが見える。


カーテンが閉まっているベッドが一ヶ所あった。


ごくり、と息を呑み込んで。

そのカーテンをゆっくり引くと―――――。



「あれ、姉貴? わざわざ来てくれたんだ」



そこに、我が弟、洋輝がいた。



あまりに普通にベッドに寝ている姿を見て、安心して力が抜けてしまったけれど。

そんな私を背後から支えてくれたのは、カイだった。


一呼吸おいて、いつもの自分を取り戻す。



「洋輝っ、あんた、意識不明じゃなかったの!?」


「いや、意識不明だったんだよ。メット被ってたから大事には至らなかったみたいだけど、脳震盪のうしんとうってやつ? 病院着いてから、意識が戻ったんだよ」


「脳震盪・・・」



いつもと変わらない、飄々とした洋輝の姿。


脳震盪で済んだ、ということは、命に別状はなかったんだ。

最悪の状況を考えてしまっていたから、もの凄く安心した。



「よかった・・・」



張り詰めていたものが緩んで、ベッドの横にあった椅子に座り込む。



「よくないよ、姉貴。入院が必要だって。脚、手術しなきゃなんないみたい」



情けない声でそう言って、洋輝が布団に隠れていた自分の脚を見せる。

ギプスに巻かれた脚が痛々しい。


でも・・・。



「それ位で済んでよかった」



ぱたりと、ベッドに突っ伏した。



「心配掛けて、ごめん・・・」



バツの悪そうな声が聞こえて。

そっと顔を上げると、洋輝が苦笑いを浮かべていた。



「ううん。無事だったなら、それでいい。・・・脚、痛くないの?」


「めちゃくちゃ痛いよ。でも、さっき痛み止めしてもらったから、今は大丈夫」


「そっか。後は? どこか痛いところは?」


「ところどころ擦り傷とか打撲とかあるけど、それはたいしたことないよ。・・・ところでさ、姉貴、さっきから気になってるんだけど」



いきなり洋輝が小声になるから、ん? と首をかしげる。



「あの人、誰? もしかして、姉貴の彼氏?」



なんのことかと思って振り向くと、そこには立ったままのカイの姿。


「ごめんっ。カイも座って」


慌てて座るように言ったけれど、外で待ってる、とカイは病室を出て行った。



「・・・彼氏じゃないよ。友だち。ここまで連れて来てくれた人」


「なーんだ。彼氏じゃないのか」



あからさまに残念がる洋輝に、苦笑いする。

洋輝は昔から、お兄さんという存在に憧れていて。

私が彼氏を紹介するのを心待ちにしているみたいだ。


改めて洋輝にカイのことを聞かれて、なんて答えるべきなのか迷った。


もちろん彼氏ではない。


でも、友だちと呼べる関係でもない気がする。

同居人、シェアメイト・・・どの言葉もしっくりこない。


私たちの関係って、なんだろう。


やっぱり、友だち、なのだろうか。



「新條さんのご家族ですか?」


「あ、はい。そうです」


「少し、ご説明させていただきます」



ベッドサイドに白衣を着た先生が来て。

洋輝の怪我の状況と、手術の説明をしてくれた。


その後、入院病棟に案内されて。

手術や入院の準備も含めて、結局その日は自宅に帰れなかった。


初めてのことだらけで、不安も沢山あったけれど。

それでも気丈に振る舞うことが出来たのは。


ずっとそばに、カイが居てくれたからだった。