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10話 Mild Days

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「遊園地、ですか?」



 マンションを訪れた私は、挨拶もそこそこにソファーへ腰を下ろした。


 隣に座ってくる双子の存在も、今ではもうあまり気にならない。



「そうそう。お前も行きたいだろ?」


「えっと…」


「はい! 行きたいって、れい



 まだ何も言っていないのだが。そう思って玲さんに目を向けると、うんざりした表情で双子を見ていた。



「……分かったからもう黙れ」


「イエーイ!」


「ヒュー! 玲最高! イケメン!」


「…黙れって言っただろ」



 歓声を上げながらリビングを走り回る双子に、玲さんの眉間のしわが深くなる。


 そろそろ下の階から苦情がきそうだ。そう思ったところで、双子は「それじゃ!」と、そろって帰って行った。


 私をからかいもせずに帰るなんて珍しい。



「あいつら、拓海たくみが来る前に逃げたな」


「どういうことですか?」


「チームの出費はだいたい拓海持ちだからな。直接頼む勇気がねえから、俺に丸投げして帰ったんだろ」


「だ、大丈夫なんですか? それ…」


「最悪俺が工面するから、心配ない」



 それはそれで問題ありだ。もし誘われたらお金は自分でどうにかしようと決め、私は出された紅茶に口をつける。


 最近来る度に違う飲みものを出されるのだが、もしかして私に気を遣ってくれているのだろうか。そうだとしたら申しわけない。


 じっと見ていると、雑誌から顔を上げた玲さんと目が合った。


 この“週間CITY”という雑誌は、玲さんの先輩が書いているものらしい。たまに逢坂さんも読んでいる。



「どうかしたか?」


「いえ。遊園地に行くなんて、やっぱり皆さん仲がいいんだなと思って」


「…まあ、言うほどじゃないけどな」


「え、そうなんですか? でも、玲さんと王子さんは凄く仲がいいですよね」


「……中学からの腐れ縁だ」



 歯切れの悪さが気になったが、あまり踏み込まれたくなさそうだったので、口を閉じる。


 ちょうどそのタイミングで逢坂さんがやって来て、私達を見るなり「何話してたの?」と首をかしげた。



「…ハル達が遊園地に行きたいそうだ」


「は? 何それ」



 玲さんの言葉に、逢坂さんはスッと目を細める。さっさと逃げた双子は正解だったようだ。逢坂さんから放たれるオーラが黒い。


 大方の話を聞くと、逢坂さんは少し黙った後、「まあ、いいんじゃない?」と告げた。



「え…」


「いいのか?」



 思わず声を発した私と、意外そうに言う玲さん。てっきり怒ると思ったのに、あっさりした返答に拍子抜けする。



「この前の潜入捜査で仕掛けた盗聴器、まだ成果が上がらないんだよね。向こうのリーダーがよほど警戒しているのか、最近幹部とさえまともに接触してないようだから。リーダーの情報がつかめない限り、俺達は次の行動を起こせないし、息抜きするのもいいかもね」



 クラブに潜入してから数週間。確かに敵リーダーに動きがあったとは聞いていない。


 私は逢坂さんの機嫌を損ねなかったことにほっと胸を撫で下ろしたのだが…。



「にしても、あいつらには一度きっちり上下関係を叩きこまないとね。最近調子に乗り過ぎ」



 普段より低い声で言う逢坂さんに、私は苦笑するしかなかった。




 翌日、私は学校の食堂で昼ご飯を食べていた。エリナちゃんと優里ゆりちゃんも一緒だ。



「そういえば今度、成宝せいほうで文化祭あるらしいけど、行く?」



 エリナちゃんにきかれ、私は顔を上げる。



「あ、そっか。成宝高校の文化祭って春だったね」



 私立成宝高等学校。私達の通う秀麗館しゅうれいかんほどではないが、育ちのいい学生が多く入学する名門校だ。秀麗館と距離も近いため、街に行くと成宝高校の制服をよく目にする。



「エリナちゃんは去年行ったんだっけ?」


「そう、他校の友達と一緒に。でもその子、今年は行けないらしくてさ。優里と叶美は行ったことないだろうから、よかったら一緒に行かない?」


「うん! 行きたい!」


「私も」



 こうして三人で行くことが決定した。


 成宝高校の文化祭は毎年本格的で凄いと聞くから、今から楽しみだ。


 二人と談笑しながら食堂を出ようとした時、前方に四人の女子生徒を見つけた。同学年では派手な三人が、ツインテールの一人を囲むように立っている。


 そしてよく見ると、ツインテールの子は以前、私が下駄箱でぶつかった子だった。


 足を止めた私に、エリナちゃんと優里ちゃんも立ち止まる。



「あの子達、またやってる…」


「隣のクラスの阿部あべさんね」



 二人がそれぞれ冷めた口調で言った。


 阿部さん、というのは私も知っている。秀麗館の中でも指折りのお嬢様で、気位が高く性格もきついことで有名だ。彼女は常に数人の取り巻きを連れ、廊下を堂々と歩いている。


 二年生の間では、彼女に逆らわないのが暗黙の了解になっていた。



「ねえ、二人とも。阿部さん達と一緒にいるツインテールの子って…?」


「え、叶美知らないの?」


「今学期の初めに転校して来た、夏川なつかわ芙美乃ふみのさん」



 転校生だったんだ。どうりで見たことがないと…。



「それにしてもよくやるわよね。転校生いじめなんて、趣味悪い」


「え! いじめ!?」


「ちょ、叶美声大きい!」



 ハッとして両手で口を押えるも、阿部さん達の視線は既にこちらを向いていた。ばっちり聞こえていたらしい。


 阿部さんと取り巻きの二人は、顔を見合わせ焦った様子で去って行く。


 夏川さんは無表情で私を一瞥いちべつし、何事もなかったかのかように自動販売機の方へ向かった。


 四人の姿が見えなくなると、私は口元から手を離す。



「び、びっくりした。でもいじめって、ほんとに?」


「はあ、突然大声出さないでよね。驚いたじゃない」


「そうね。それに、阿部さん達が集団でいじめをしてるのは、今に始まったことじゃないわ。阿部さんに目をつけられたあげく、転校した子もいるくらいだもの」


「信じられない…。だって阿部さん、一年生の頃から私に優しく話しかけてくれるのに」



 そうなのだ。同じクラスになったことはないけれど、廊下ですれ違った際には必ず挨拶してくれる。噂で聞くほど怖い人には思えなかった。その上、いじめなんて…。



「話しかけてくれるって、たとえば?」


「この前図書室で会った時には、“柴田しばたさんや皆川みながわさんとはどうやってお知り合いになったの?”とか、“今度お近づきのしるしに、私の家であるティーパーティーにお出でになりません?”とか聞かれたけど」



 そう仲よくもない私に気軽に話しかけてくれるから、いい人なんだなと思っていたのだが。


 しかし、エリナちゃんと優里ちゃんはなぜか苦笑を浮かべている。



「私、叶美のそういうところが好きなのよ」


「え?」



 優里ちゃんに微笑まれ、私は突然どうしたのだろうと首を傾げる。エリナちゃんはそんな私の背中に手を回し、パンパンと叩いた。



「まったくもう。これだから私達が目を離せないのよね。この純真乙女!」


「いたたっ。どういう意味? エリナちゃん」



 困惑する私を押して教室へ向かう二人。その表情は晴れやかで、私はより一層疑問が深まるばかりだった。




 放課後、日直だった私は、中庭の花壇に水やりをしている。


 今日はマンションに行かなくていい日なので、急ぐ必要もない。強さを増してきた日差しを浴びながら、もうすぐ夏服の季節だな、とぼんやり考えた。


 一通り水をやり終え、じょうろを近くの流し台へ戻しにいく。ちょうど流し台の下にじょうろを置いた時、少し先の方でガサリと茂みが動いた。そして、数人の足音と聞き覚えのある声がする。


 そちらに顔を向けると、昼休みと同様のメンバーがいた。阿部さんと、夏川さん。それに、阿部さんの取り巻きが数人増えている。


 阿部さん達はこちらに背を向けていて、私の存在には気づいていない。



「あなた、調子に乗ってるんじゃないの」



 そう言って、阿部さんが夏川さんを突き飛ばす。



「昼は御守みもりさんがいたから見逃してあげたけど、今度はそうはいかないわ」


「………」


「っ、何よその反抗的な目は! あなた、自分の立場が分かってるの? 私ににらまれて、この学校でやって行けるとでも?」



 ここからでは夏川さんの表情は見えない。けれど、阿部さん達の刺々しい空気は伝わって来る。


 これは、間違いない。いじめだ…!


 エリナちゃん達の話は信じられなかったけど、こうして自分の目で見たからには信じる他ない。でも、いったいどうして?



「何か言いなさいよ!」



 先ほどより強く、阿部さんが夏川さんを押す。夏川さんはふらりとよろめき、校舎の壁にぶつかった。それを見て、私はもはや考えている暇などないと悟る。


 勇気を出して流し台の陰から飛び出すと、阿部さん達に向かって声を張り上げた。



「ス、ストーップ!」



 突然の大声に、肩を揺らし振り返る阿部さん達。誰もが驚いた顔をしている中で、夏川さんだけは冷静な瞳を私に向ける。



「み、御守さん…! ど、どうしてこんなところに…」



 阿部さんが驚きから焦燥へと表情を変え、私を見ていた。彼女の取り巻きの子達も、皆動揺した様子だ。


 私は飛び出したのはいいものの、何と言えばいいのか分からず口ごもる。


 今まで、こういう派手な女子とはほとんど話したことがない。それだけに心臓はバクバクと鳴っているが、必死で心を落ち着かせる。


 大丈夫だ。あの悪魔のごとき双子や、鋭い目つきの潤賀さん、それにメグさんのような派手な髪色の不良少年。彼らに比べれば、阿部さん達などまったく怖くはない。



「あ、阿部さん! どういう事情があるのかは分からないけど、こういうのはよくないと思う!」


「っ、」


「あの、だから…。もしよければ事情を………、あれ?」



 ギュッと目をつむっていた私は、いつの間にか阿部さん達がいなくなっていることに気づき、茫然とする。


 慌てて辺りを見回すと、走り去る彼女達の背中が校舎の窓から見えた。



「えっと…」



 これは、どういうことだろうか。よく分からないが、とりあえずこの場は治まったと思っていいのか…。


 状況が理解できずに瞬きを繰り返していると、ふと夏川さんのことを思い出して声をかけた。



「夏川さんっ、大丈夫?」



 夏川さんは相変わらずの無表情で私を見返し、わずかに眉をひそめる。


 改めて見ると、夏川さんは本当に可愛い。いや、美人と言った方が正確だろうか。少し着崩している制服姿も、彼女の凛とした雰囲気を際立たせている。



「夏川…芙美乃ちゃんだよね。阿部さん達と何があったの?」


「別に。同じクラスの男子に色目使ってるとか、勘違いも甚だしいことで恨まれてただけだけど」



 そ、それって、けっこう大変なことなんじゃ。あくまで淡々と話す夏川さんに、私は言葉を失った。



「それより、あんたこそ何者? あれだけしつこかったあいつらを追い払うなんて。大人しそうな顔して、実は大物だったりするわけ?」


「え? あ、えっと、私は御守叶美っていいます」


「御守……。へえ、あんたが」


「私のこと、知ってるの?」


「この学校にいれば、誰でも名前くらい知ってるんじゃないの? 転校したてのあたしが知ってるくらいなんだから。あんた、自分がこの学校でどのくらいの位置にいるか理解してないの?」


「位置…?」



 学校での私の位置って、いったい何のことだろう。教室は東棟の三階だけど、そういう意味ではないだろうし…。


 どう答えていいか分からず頭を悩ませる。暫く探るように私を見ていた夏川さんは、「はあ」とため息を吐いて校舎に寄りかかった。


 その姿はモデル顔負けで、私は思わず見とれてしまう。



「あいつらがすぐに逃げて行った理由が分かった。これで暫くは静かになりそうだけど」


「あ、でも、もし何かあったら言ってね。夏川さんはまだ転校したばかりだから、皆夏川さんのことを誤解してるだけだよ!」


「……お節介。けど、そういうことなら…」


「夏川さん?」



 小さな声で何か言っていた気がするけど、よく聞き取れなかった。


 きょとんとする私を、夏川さんはじっと見つめる。そして、形のいい唇を静かに動かした。



「―――芙美乃でいい」


「え?」


「私も叶美って呼ぶから」


「な、夏川さ……」



 話は終わったとばかりに立ち去ろうとする夏川さん。呼び止めようとしたが、きつい眼差しで睨まれ言い直す。



「芙美乃…ちゃん」



 それを聞くと、芙美乃ちゃんは今度こそ歩き出してしまった。一人その場に取り残された私は、もう一度「芙美乃ちゃん…」とつぶやいた。


 互いを名前で呼び合うということは、つまり。



「友達になってくれるって、ことなのかな…」



 エリナちゃんと優里ちゃん以外に特別親しい友達がいない私は、そう口に出すなり胸を高鳴らせる。あんなに可愛い子と友達になれるなんて、夢みたいだ。



「どうしよう、嬉しい。今度会った時、ちゃんと話せるかな」



 次会えるのはいつだろう。廊下ですれ違った時かな。それとも、前みたいに下駄箱でばったりとか。いや、その前に、エリナちゃんと優里ちゃんにも紹介しよう。


 友達が増えるというのは、本当に嬉しいことだ。



「そうだ。今度成宝高校の文化祭にも誘ってみよう」



 小さく笑うと、私は上機嫌で足を踏み出した。