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3話 Lost Glory

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 春のかぐわしい香りを乗せた風が、駐車場の入り口で向かい合っている私と逢坂おうさかさんの髪を揺らす。


 事の始まりは、例によって放課後にマンションを訪れた私を、逢坂さんが「少しいいかな?」と外に連れ出したことだった。


 エレベーターの前で待っていた彼は、私の返事を聞く前にエレベーターに乗り込んで来た。そして詳細を告げることなく、そのまま人気のない駐車場へと私を連れて来たのだ。



「あの…、どういうご用件でしょうか?」



 否応なしに緊張が高まる中で、私はそう切り出す。逢坂さんは近くの柱に寄りかかると、彼の代名詞とも言える綺麗な微笑みを浮かべて言った。



「緊張しなくていいよ。昨日言ったように、君に俺達のことを少し話しておこうと思っただけだから。ほら、ハル達がいると落ち着いて話もできないからさ」


「は、はい」



 そう言われても緊張せずにはいられないのだが、私はうなずいて話をうながす。



「それで、王子さ…、逢坂さん達の話って…」


「そういえば昨日も王子って言ってたね。呼びにくいなら“王子”でもかまわないよ」


「…すみません」



 そうなのだ。別に名前が覚えにくいわけではないのだが、双子が“王子、王子”と呼ぶものだからそちらの印象が強くて、油断しているとついそう呼んでしまいそうになる。あだ名が逢坂さんに似合いすぎているのも、一つの要因だろう。



「それで、君は“Freyフレイ”という名前を聞いたことがあるかな?」


「フレイ…ですか?」



 私は聞き覚えのない言葉に首を傾げる。



「まあ、知らなくて当然だけど。秀麗館しゅうれいかんに通うような子には縁がないものだからね。Frey、通称“エフ”。この街一帯を統治してる、ガーディアン的なチームのことだよ」



 街一帯を統治? チーム? ダメだ。何を言っているのかまったく分からない。



「ちんぷんかんぷんって顔してる」



 思っていたことが顔に出ていたらしい。逢坂さんは私を見つめてクスリと笑う。



「一種の不良チームだと思っていいよ。ハル達やひじりみたいな奴が集まって形成されてる組織、って言ったら分かりやすいかな」



 あの双子や潤賀うるがさんのような人が集まってできた組織…。



「それは、凄く怖そうですね…」



 個性が強すぎる双子と見知らぬ人に突然殴りかかった潤賀さんの姿を思い浮かべ、私はそんなものがあるのかと身体を震わせた。想像しただけで怖過ぎる。



「Fは街の平和を守るためにしか動かない穏健派だから、一般人が怖がる必要はまったくないけどね」



 一般人…。そういえば、昨日もその言葉を使っていた。


 チーム、なんて突然言われても、正直そんなものが存在するという実感がわかない。だけど逢坂さんの話を信じるのならば、一般人というのはチームに入っていない、私のような普通の人々を指すのだろうか。


 そして、これまでの話の流れから推測すると……。



「…逢坂さん達は、そのFというチームに入ってるんですか?」


「いいや。俺達はFじゃない。つい最近、新興チームを立ち上げたばかりなんだ」


「えっと…、チームって、そんなにいくつもあるものなんでしょうか」


「この街だけでざっと五つくらいはあるかな」


「そんなに…」


「そう。で、所詮は不良集団だから、それらのチームの全てがいいチームじゃないってことは想像できるよね」



 その問いかけに、私はコクリと頷く。むしろ不良集団にいいものなどあるのか、疑問に思う。



「そういう街の平和を乱す悪いチームを取り締まるのが、Fなんだ。Fは絶対的な力を持つ街のガーディアン。Fの圧力があったから、今までこの街は平穏を保っていたと言っても過言じゃない。―――だけど一か月ほど前、そのFで大事件が起こった」



 逢坂さんの声色が低くなる。その目は剣呑けんのんに細められ、表情からは笑みが消えた。



「Fの現リーダーの象徴として知られていたネックレスが、他チームとの抗争中に紛失したんだ。そしてその情報はまたたく間に街中に広まった。…Fが堂々と顔をさらして活動しているチームだったなら、何の問題もなかったんだろうね。

だけどFは、リーダーはもちろん幹部以下のメンバーでさえ、正体不明の異例なチーム。誰もメンバーを知らないということは、言い換えれば、誰でもなり済ませるということだ。ここ一か月で、街の様子が随分変わったことに気づかなかった?」



 問いかけられ、私はハッとする。


 逢坂さん達と初めて会った一昨日、エリナちゃんと優里ゆりちゃんが街の空気が変わったと言っていた。あれは、気のせいなどではなかったのか。



「これまでFの圧力に屈して大人しくしていたチームが、皆こぞってネックレスを探し始めた。ネックレスさえ手に入れることができれば、街の覇権を握ることができるからね」


「じゃあ、もしかして逢坂さん達が探しているネックレスっていうのも…」


「それのことだよ」



 それは、つまり―――



「俺達はFの象徴であるネックレスを探し出し、この街を手に入れる」



 強い意思が込められた眼差しに、私は何も言えずに逢坂さんを見つめる。



「君って、動揺が分かりやすく顔に出るよね」



 今までの張り詰めた空気がなかったかのように笑って、逢坂さんは柱にもたれていた身体を起こした。



「昨日は君に、協力を強要するような言い方をしてしまったけど、それは無茶な要求だって分かってたんだよ。俺達がネックレスを探している理由を知れば、君はきっと嫌だって言うと思ってたから」



 逢坂さんは私の隣まで来て体を屈めると、耳元でそっとささやく。



「それで、君は俺の予想通り嫌になったかな?」



 ゾクリと背筋が凍えたのは、その声があまりにも冷淡な響きをしていたからだ。柔らかい口調なのに、私を突き放すような言葉だった。



「まあ、それでも君が協力してくれるって言うなら、ネックレス探しもはかどるだろうけど。俺は正直、どちらでもいいよ。―――それじゃあ、今日のところはこの辺で。俺は家に帰るよ。さっきから俺達の話を盗み聞きしてるやつらもいるみたいだしね」


「え…」



 逢坂さんがそう言うと、近くの植木の背後から双子がひょっこりと顔を出す。



「なーんだ。やっぱりばれてたのか」


「ちぇ、王子がそいつを口説いてるのかと思って見に来たのに、つまんねー話してるしさあ」


「悪いけど、お前達にかまってる暇はないからもう行くよ。その子の情報を調べたりとか、しないといけないことはたくさんあるからね」



 最後にチラリと私に視線を向け、逢坂さんは街の方に向かって歩き出した。


 その背を不安な面持ちで見つめていた私だったが、この場にはまだ双子がいることを思い出して二人に向き直る。何というか、この二人に背を向けるのは自殺行為のような気がしてならない。


 二人は私を見ると、そろってにやりと口角を上げる。サラリと風になびく金髪に、ぱっちりとした大きな目。


 黙っていれば綺麗な顔立ちをしているのだが、悪魔のような笑みを見てしまっては別の意味でドキドキしてしまう。



「なあ叶美、お前、随分王子に牽制けんせいされてたな」



 ずいっと近づいて来たのは左耳に青いピアスをしている方で、確か弟の春翔はるとくんだ。


 当然のように名前を呼び捨てにされて驚きながら、私は一歩後ろに下がる。思い返しても、同学年の男子にこれほど馴れ馴れしく名前を呼ばれたことはない。



「ああいう時の王子って怖いじゃん? だから俺達もちょっと苦手」


「けど王子のあれは仕方ないしな。俺達がやらないことを、あいつが代わりにやってるんだし」


「そうだけどさー。俺達がこいつで遊びたいの知ってて、わざと嫌味な言い方したんだぜ? あいつ」



 嫌味な言い方…。確かに少し怖かったけれど、逢坂さんの言ったことは正しかった。


 私にはチームがどうとかいう話は全く分からない。だけど、逢坂さんや双子がネックレスを探している理由は理解できた。


 この人達は、ネックレスを利用してこの街を手に入れようとしている。なぜそんなことを目論んでいるのかは想像もつかない。でも、誰かから奪ってまでその地位を得たいなんて、私には到底理解できることではない。



「もしかして、王子が言うように断ろうとか思ってんの?」



 目の前に影が落ち顔を上げると、いつの間にか右耳に紫のピアスをした方、兄の春陽はるひくんもすぐそばまでやって来ていた。



「もしそうなら、それは無駄だよ」


「え?」


「だって俺達はもう、次のターゲットはお前に決めちゃったから」


「ターゲットって?」


「そのまんまの意味だよ。それとも、お前は俺達と遊ぶのが嫌なわけ?」


「まっさかー。そんなわけないだろ。だってこいつには俺達に助けられた恩があるんだし」



 まただ。この二人は自分達だけで結論づけて、強引に話の主導権をつかんでいく。


 割り込む勇気のない私も悪いのだろうが、今回も双子は私に口を挟ませる隙なく会話を終了させてしまった。



「てことで、お前が俺達に協力することは決定事項なんだよ」


「分かったら今すぐ上に行って、れいにそう伝えて来いよ」


「っ…、ちょ、ちょっと待って!」



 慌てて抵抗を試みるも、双子は私の背中を押して、あっという間にエレベーターの中に押し込んだ。ご丁寧に最上階のボタンを押している。



「じゃ、俺達はお前が最上階で降りたのを確認したら帰るから」


「玲に顔見せとかねーと、お前が約束破ったって思うかもな」


「あ、あの…!」


「お前にいいこと教えといてやるよ」


「俺達のチームで怒らせちゃいけないやつは二人。玲と王子だ。ここで生きていきたいなら、絶対あいつらの気に障ることをしないようにするんだな」



 再度双子があの悪魔の笑みを浮かべたのを見た瞬間、ドアが完全に閉まった。そして感じる浮遊感に、私はドアに手を伸ばしたまま固まる他なかった。




「…どうしよう」



 部屋の前でそうつぶやき、私はドアを穴が開くほど見つめている。


 双子が言っていた通り、私がここに来たということは志鷹さんにも伝えておくべきだろう。しかし逢坂さんも双子も帰ってしまった今、私一人で中に入るにはなかなかの勇気が必要だった。



「顔を見せたら、すぐに帰ろう」



 一度深呼吸をし、怖気づく自分を叱咤しながらインターホンを鳴らす。そういえば、高級マンションだけあってエントランスには警備員らしき人もいるのだが、双子は先日も今日も顔パスだった。それほど何度もここに来ているのだろうか。


 インターホンに対する反応がない。もう一度押してもやはり沈黙が続くだけだったので、私は恐る恐るドアノブに手を伸ばした。……開いてる。


 そろそろと開いたドアから中をのぞき込み、私は「すみません…」と声を出す。といっても緊張から尻すぼみになってしまったので、声は奥まで届いていないだろう。


 意を決して、私は部屋に上がることにした。玄関には一組の靴しかない。それを確認して廊下を進み、一昨日連れて来られたばかりのリビングのドアを開けた。



「…こん、にちは。志鷹したかさん? いらっしゃいますか…?」



 明かりはついているものの、志鷹さんの姿は見当たらない。奥に行ってみるか迷っていると、突然背後から声をかけられた。



「おい」


「っ…!?」



 ビクリと飛び上がって壁に背中を張りつけた私に、志鷹さんは少しだけ苦い笑みをこぼす。



「悪い。今まで防音がきいた部屋にいたから、お前が来たのに気がつかなかった」


「い。いえ! こちらこそ、勝手に上がり込んでしまって申し訳ありません!」


「いや。いつ来るか分からないやつらがいるからな。玄関の鍵は寝る時以外開けてる」



 それは防犯上どうなんだろうと思ったが、昼夜関係なしに押しかけてきそうな双子の姿を思い出し、口をつぐんだ。



「少し話がある。いいか?」


「あ、はい」



 志鷹さんの後についてリビングに入り、適当に座るよう促されて一昨日と同じソファーに腰かける。対面式キッチンの方へ行った志鷹さんを目で追うと、二人分のお茶をついでいるようだったので慌てて声をかけた。



「あの、お気遣いなく…!」


「一応俺の家だからな。客にお茶くらい出す」



 素っ気なく言われた“俺の家”という言葉にギクリとする。薄々そうだろうと思っていたものの、やはりここは志鷹さんの家だったのか。


 よく考えれば男性の家に二人きりという状況に、否応なしに意識せざるを得ない。再度、早く帰ろうと決意を固めたところで、志鷹さんが隣のソファーに腰を下ろした。


 テーブルに置かれたお茶に「ありがとうございます」とお礼を言う。



「それで、あの、お話というのは」



 どもりながらもなんとか尋ねると、志鷹さんは漆黒の瞳を私に向けた。


 最初に見た時も思ったけれど、とても綺麗な人だ。身構えていなければ、その瞳に吸い込まれてしまいそうだ。



「…この前、無理な要求をして悪かった。あの場を収めるにはああ言うのが一番早かったんだ。拓海たくみやハル達に何か言われたか?」


「あ、えっと…。さっき逢坂さんは協力してもしなくてもどちらでもいいって。春陽くんと春翔くんには、協力しろって言われました」


「そうか。……俺は、お前が嫌なら協力を無理強いするつもりはない。拓海から俺達が何のためにネックレスを探しているかは聞いたんだろ?」


「はい」


「お前はそれを聞いてどう思った?」



 街を支配しているFというチーム。彼らから街の覇権を奪うために、志鷹さん達はネックレスを探している。



「…私は、志鷹さん達がどうしてそんなことをしたいのか、分かりません」



 志鷹さんは真っ直ぐに私を見ている。その瞳に負けないように、私も思い切って顔を上げた。



「人のものを奪ってまで、どうしてその座につきたいんですか?」


「…その答えは、今は言えない。ただ、そこまでする理由が俺にはあるんだ」



 志鷹さんは一瞬胸元に伸ばしかけた手をソファーに戻し、改めて口を開いた。



「お前の答えを聞く前に、一つだけ頼みたいことがある。もちろん、これも嫌なら断っていい」


「何ですか…?」


「ネックレス探しとは別で、お前に俺達と一緒にいて欲しいんだ」



 ―――ネックレス探しとは別? いったいどういう意味だろう。



「ハル達は、お前を気に入ってる。お前にとっては迷惑以外の何ものでもないだろうが、よほど嫌なことをされない限り、あいつらにつき合ってやってくれないか? ……ハル達には欠陥がある。俺は、それを治してやりたい」


「欠陥…」



 あの二人にそんなものがあっただろうか。少なくとも、私は何も感じなかった。



「どうして、それを私に?」


「一つは、ハル達がお前に興味を持ってるからだ。あいつらは今のお前のように、時々“ターゲット”という対象をつくる。単なる気まぐれだと皆思っているが、俺はそれがあいつらなりのSOSに思えてならない。これまで俺なりに手を差し伸べて来たつもりなんだがな。残念ながらあいつらは、俺をその“ターゲット”にしようとはしなかった」



 コップの中で、溶けた氷がカランと音を立てる。



「もう一つの理由は、時間がないからだ。俺や拓海、聖は来年にはこのチームを抜ける。そういう決まりなんだ。そうなれば必然的にハル達との関わりも薄くなって、きっとあいつらを救ってやることはできない。お前を逃せば、ハル達が次にターゲットを決めるのもいつになるか分からない」


「でも、私には何も…」



 会ったばかりで、志鷹さんが言う二人の欠陥になんて気づいてもいなかったのに。


 それにもし気づいたとしても、志鷹さんができなかったことを私ができるとは思えなかった。ネックレス探しに協力するより、ずっと難しいことだ。


 よく考えてみるまでもなく、断るという選択が頭を占めている。


 しかしそんな私の思考を読んだかのように、志鷹さんは告げる。



「それでも、俺はその可能性にかけてみたい。ネックレス探しのことも含めて、もう一度じっくりと考えてみてほしい」



 その瞳には真剣な思いが宿っていて、私は何も言えずに小さくうなずいた。




 その夜自室で、私は机の引き出しにしまってある小さな箱を取り出した。


 そこに収まっている銀色の指輪は、十年前にあの婚約者候補の男の子からもらったものだ。


 その指輪を見つめ、そっと息をつく。


 部屋を出る前、志鷹さんとした会話が頭をよぎった。



『…あの、志鷹さん達が所属しているチームは、街を統治していた“F”というチームではないと聞いたんですけど、何ていう名前なんですか?』



 志鷹さんは閉めようとしていたドアから手を離し、一拍おいてそれを告げる。



『―――ロスト・グローリー』



 “Lost Glory”――失われた、栄光。

 彼らは何を思って、その名前をつけたのだろう。


 その名前を告げた時の、何かをこらえるような志鷹さんの表情を思い出し、胸の奥がぎゅっと痛くなった。