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2話 Get Under Way

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「それじゃあ、まずはどうしてこの子をここに連れて来たのか、説明してもらおうかな」



 清々しささえ感じさせる笑顔を浮かべて、王子と呼ばれる人物は言った。


 街で噂の双子、通称ダブルハルに連行され、現在私はとある高級マンションの一室にいる。


モノトーンでまとめられたリビングのソファーに座らされてすぐ、王子さんによる双子への尋問が始まったのだ。


テーブルを挟んで、テレビの正面に私、向かって左側に王子さんと黒髪の綺麗な男の人が座っている。

そして尋問される側の双子はと言うと、王子さん達と向き合うように床に正座させられていた。



「だからそれはー、王子だって分かってるだろ?」


「そいつの制服見て納得してたくせに、白々しいんだよ」


「へえ? たとえそうだったとしても、俺はお前達の口から聞きたいんだけど?」


「「ごめんなさい」」



 正座させられたことに不機嫌丸出しの双子は、王子さんの凍えるような眼差しで瞬時に平伏ひれふす。どのみち謝るなら初めからそうすればいいのに、と思うのは私だけだろうか。


 広々としたソファーで身を縮めてそんなことを思いながら、どうしてこんな事態になったのだろうと泣きたい気持ちになった。



「俺達、そいつがあれを探すのに役立つかもしれないと思ったんだよ」


「なんたって緊急事態だしさ。一刻も早く見つけたいだろ?」


「そうは言っても、ここに一般人を連れ込むのはどうかと思うけど」



 そこで王子さんは一度言葉を切り、私に視線を向ける。



「…かといって、このまま帰すわけにもいかないけどね。どうする、れい?」



私は恐ろしい台詞にビクリと肩を揺らした。そして玲というらしい黒髪の彼の様子をうかがうと、彼はおもむろにため息をついて言う。



「それで、こいつにはどれだけ話した?」


「まだ何も。俺達口が堅いから、ネックレスを探してることなんて簡単に言わないし」


「そうそう。そのネックレスが街の覇権はけんを左右する大事なものだなんて、きかれても教えないしな」


「………お前ら、わざとだろ」



 口が堅いと言いながらぺらぺらと喋る二人に、玲さんという人は心底呆れているようだった。


 …それにしても、ネックレスとか街の覇権とか、いったい何のことだろう。


 一人話について行けずに首をかしげると、王子さんが口を開いた。



「まったく、お前達のわがままにつき合うほど暇じゃないんだけどな。…でもこれで、ほんとにこの子を帰すわけにはいかなくなったね」


「…ああ」



王子さんの言葉にうなずく玲さん。それに顔を真っ青にするのは私だ。



「あ、あのっ、私……」



 私はいよいよ身の危険を感じて、ソファーから立ち上がろうとする。しかしそれを制するように、王子さんが先に腰を上げた。


私の思いに気づいているのかいないのか、王子さんは私を見下ろして優しげに微笑む。



「ごめんね。まずは君に数々の無礼をはたらいたことを謝るよ」


「……へ?」



 唐突に謝罪されたことに頭が追いつかない私を無視し、王子さんは相変わらず笑みを浮かべて告げる。



「俺は逢坂おうさか拓海たくみ。君を連れて来た双子が天野あまの春陽はるひ春翔はるとで、そっちにいるのが志鷹したかれいだよ。君の名前は?」


「あ、えっと……、御守みもり叶美かなみです」


「御守叶美さんだね」



―――し、しまった。名乗られたら名乗り返すいつもの癖でっ…。


ごく一般的な礼儀が仇となるとは。けれどどこか上品な空気をまとっている王子さん…いや、逢坂さんには、知らず知らずのうちに警戒心を解いてしまう不思議な魅力があった。



「よろしくね、御守さん。それで、単刀直入で悪いんだけど、今すぐ“はい”か“いいえ”の二択で答えてもらえるかな?」


「え…」


「君は、俺達に協力してくれる?」


「協力って、何のですか…?」


「それは君がうんと頷くまでは言えないな。俺達の弱みを晒すことになっちゃうからね。まあ、さっきの会話を聞いてた時点で、既に君は俺達の秘密を一つ知っちゃったことになるんだけど」



 口調とは裏腹に、その声色は温かみのあるものではなく、私は一瞬忘れていた緊張が戻って来るのを感じた。



「それで、どうするのかな?」



 返答を迫られ、私は膝の上に置いた両手でスカートを握り締める。


こんな、何が起こっているのかも全く分からない状況で協力しろなんて言われても困る。いっそのこと無理を承知で逃げ出そうかと思った時、それまで黙って私達のやり取りを見ていた彼が口を開いた。



「…拓海、あんまり脅すなよ」


「玲?」


「お前も、必要以上に怖がるな。断ったって、じゃあ今すぐここでどうにかしようってわけじゃねえ。ただ、俺達の話を聞いた奴を、このまま野放しにするわけにはいかねーから、こっちもそれなりの対応をさせてもらうって言ってるだけだ」



 玲さ…志鷹さんは私と目を合わせて落ち着かせるように言うと、それでいいなという風に逢坂さんの顔を見る。


「玲がそう言うんじゃあ、仕方ないよね」と、逢坂さんは拍子抜けした様子で志鷹さんの隣に腰を下ろした。そこで間髪入れずに口を挟むのが双子だ。



「えー? じゃあそいつが嫌だって言ったら、このまま帰すってこと?」


「せっかく俺達が捕まえて来たのに?」


「お前らが勝手に連れて来たんだろ」


「やだよ! 久々に遊べそうなやつ見つけたのにさ」


「そうだよ! 絶対ただじゃ帰さないんだからな」



 二人揃ってやだやだと駄々をこね始めた双子に、志鷹さんは再度ため息をつき、逢坂さんはうるさそうに眉間に手を当てていた。


でも忘れないでほしい。今一番この場から立ち去りたいと思っているのは、私だということを。


 双子のうるささに業を煮やしたのか、逢坂さんは部屋中に響き渡る大きな声で「うるさい!」と一喝した。それに飛び上がる私と双子。静まり返った部屋の中、最初に口を開いたのは、志鷹さんだった。



「…数日間、猶予ゆうよをやる」



それは私に向けられた言葉で、思わず背筋を伸ばす。



「お前も即決できねえだろ。だから猶予期間を与える。これはお前にも俺達にも必要な時間だ。お前は返答が決まるまで毎日ここに来て、どうするかを考える。俺達はその間、お前が断った場合に備えてお前のことを調べることにする。お前が俺達の秘密を誰かに話さないよう、お前の弱みを握っておくためだ」


「秘密、って…?」


「俺達が、この街の覇権を得るために、あるネックレスを探していることだ」



 つまり私は、先ほど双子が勝手に話した内容を聞いてしまったせいで、決断を迫られているということか。


正直双子を恨まずにはいられない心境だが、ここで二人に文句を言っても事態は進展しない。息が詰まりそうなこの部屋から抜け出すには、彼らの条件をのむ他ないのだ。



「どうする?」



 志鷹さんの問いに、私はゆっくりと顔を上げる。


―――ああ、本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。


 そんな思いを振り払い、私は震える声を絞り出す。



「……分かり、ました」



一刻も早くこの状況から抜け出したい、その一心だった。




 その後、私が無事にマンションを出ることができたのは、午後七時を過ぎた頃だった。


 危害を加えられなかったことを幸いと思っていいのか、あんな約束をさせられたことを嘆けばいいのか。心身ともにすっかり疲れきった私は、明日またここに来なければならないと思うと涙が出そうだった。


 家に帰れば案の定、奏汰に遅くなった理由を尋ねられた。けれど口外するなと脅されている以上、真実は話せない。友達と遊んでいたらこんな時間になってしまっていたと、咄嗟とっさに嘘をついた。




 翌日、私は寝不足ぎみの頭で、放課後に待ち受ける試練について考えていた。おかげで二日連続で授業に集中できなかったが、昨日と今日ではその原因が違い過ぎる。


目に見えて様子がおかしい私に、エリナちゃんと優里ゆりちゃんはいろいろと声をかけてくれた。

でも、あんなに危なそうな人達と二人を関わらせたくなくて、口外禁止を順守している。


 そしてやって来た放課後。教室で二人と別れ、私は一人で下駄箱に向かう。


途中、急いでいたせいで廊下の角で人とぶつかりそうになった。慌てて「すみません!」と頭を下げると、その拍子に手に持っていた鞄がドサリと落ちる。我ながらなんとも鈍臭い。



「…別に」



不機嫌そうな声が聞こえ、視界の端で捉えた上履きから上にたどる。そこにいたのは、長い栗色の髪をした女子生徒だった。


色白な肌にぷっくりとした小さな唇。化粧をしている頬はほんのりとピンクで、つり目がちな目は気の強さを物語っていた。


彼女は私が落とした鞄を拾い上げ、ぶっきらぼうに突き出す。受け取ってお礼を言うが、その子は何も言わずに立ち去ってしまった。


彼女の後ろ姿を見つめて、本当に可愛い子だったなと思った。


しかし、あんな美少女が同学年にいただろうか。あれほど目立つ容姿だ。廊下ですれ違って気づかないことはないと思うのだが。


 しばらく考え込んでいると、校内に鳴り響いたチャイム。そうだ、今はとにかく急いであそこに向かわなければ。


 内心嫌で仕方がなかったものの、私はあのマンションに向かって重たい足を踏み出した。




繁華街をマンションの方角に向かって進み、いよいよ目的地の黒い外壁が見えてきたところで、私は足を止めた。


というのも、前方に柄の悪い男達の集団を見つけたからだ。それはまるで昨日の不良達のようで、財布を盗られそうになった恐怖が蘇る。


このまま直進することはためらわれ、少し遠回りになるが、別の道から行こうと決めた。そして右の路地に足を向けかけたところで、風に乗った彼らの会話が耳に届く。



「にしても、このネックレスをゲットするとか、ほんと運がいいよなお前」



 ―――今、ネックレスって?


 ピタリ。出しかけた足を止め、私は男達の方を向き直る。



「ああ。俺もまさか手に入るとは思ってなかったから、マジでラッキー」


「これで今まで俺らを馬鹿にしてきた奴らにもデカイ顔ができるな」



一人の男が首から下げているネックレスを他の男達がのぞき込んでいる光景を見て、昨日の志鷹さんの言葉を思い出した。


彼らが探しているという、街の覇権を握るために必要なネックレス。詳しくは知らないし、昨日の今日でこんな偶然があるのかとも思うけど…。



「まさか…」



 そう背後でつぶやく声が聞こえて、私は目を丸くして振り返る。


視界いっぱいに誰かの胸板が映り、反射的に数歩後退すると、かなり高い位置にある精悍せいかんな顔が見えた。明るい茶髪の毛先には、ところどころ赤メッシュが入っていて、切れ長の目から放たれる鋭い眼光は、真っ直ぐ男達に向けられている。


 彼は私の存在など全く気がついていない様子で歩き出し、「おい」と男達に声をかけた。その声は低くてどこか挑発的だ。



「あ? 誰だよお前」


「テメエらには関係ねーだろ。んなことより、見せろよ」


「は?」


「だから、今テメエらが言ってたネックレスを見せろっつってんだよ」



 それは一瞬だった。背の高い彼は近くにいた男の襟首をつかみ上げ、反動をつけて突き飛ばす。突然のことに対処できなかったのか、男は後ろにいた数人を押し倒す形で地面に倒れた。



「っ…!」



 なぜ彼がそんな暴挙に及んだのか理解できず、私は息を呑む。男達も私と同様、困惑した表情で倒れた仲間を見ていた。



「なっ、いきなり何すんだ!」


「うるせえよ」



 淡々と言って今度はそばにいた男を殴り飛ばす彼。気を失ったらしい男を見下ろし「つまんねえ」と声を落としたのを見て、私は今すぐここから逃げ出さなければときびすを返した。


―――が。



「きゃっ! …え、お、王子さ……、逢坂さん?」



 いったいいつからいたのだろうか。私の後ろに立っていた逢坂さんは、少し先で起こっている騒動を見て大きなため息をついた。



「まったく。どうしてうちの奴らはどいつもこいつも。悪いけど、少しここで待っててもらえる?」



 そう言うや否や、逢坂さんは何の躊躇ちゅうちょもなく男達の方に歩いて行く。



「ねえ」


「ぁあ? テメ…」



そしてまぶしい笑顔を浮かべた逢坂さんは、振り返った赤メッシュの人を、どこまでも颯爽と―――



「ブッ…」


「っ!?」



―――殴った。


見事に吹っ飛んだ赤メッシュの人に、私は唖然と立ちすくむ。


私は今、幻覚でも見ていたのだろうか。そうでなければ、長身とはいえ王子のような風貌をした細身の逢坂さんが、自分より背の高い大柄な人物を殴り飛ばすなんてありえない。


現実から目を反らすように左右に首を振っていると、不意に両肩に重みが乗った。



「うっわー。あれは痛い。マジで容赦ねーな、王子のやつ」


「笑顔でやるから尚のこと怖いよな。不意打ちとはいえあいつをぶっ飛ばすとか、容姿で詐欺んのも大概にしろよって感じ」



見るまでもなく声だけで双子だと分かり、両隣に現れた二人を交互に見る。昨日と同様に制服を着ており、やはり全く見分けがつかない。



「あ、あの。もしかして、知り合いなんですか? 今逢坂さんが殴り飛ばした人と」


「知ってるも何も、あいつ仲間だから」


潤賀うるがひじり。一応俺達より年上だけど、馬鹿だから敬語使う必要ないよ。あ、てか俺達二年だけど、お前は?」


「えっと、私も二年生です」


「ふーん、タメか。じゃあ敬語使うなよ。暴言吐かれた方が楽しいからさ」


「た、楽しい…?」



 その時、逢坂さんと潤賀さんがこちらに歩いて来るのに気づき、顔を向ける。潤賀さんは先ほど殴られた頬がよほど痛いのか、かなり機嫌が悪そうな様子で頬に手を当てていた。


やり返す気配がないあたり、仲間というのは本当なのだろう。



「聖、何昼間っから喧嘩してるんだよ。玲に喧嘩禁止令出されたの忘れたのか?」


「ちげーよ。今のは喧嘩じゃねえ。あいつらがネックレスがどうとか抜かしやがったから、ぶん殴っただけだ」


「ただ喧嘩したかっただけだろ。どう見てもあれ一般人だし。なー、王子?」


「ああ。いつも言ってるだろ聖。誰彼かまわず喧嘩を売るな。あのネックレスがそう簡単に見つかるわけがない。一応確認したけど、普通のネックレスだった」



男達が持っていたのは、やはり志鷹さん達が探しているネックレスではなかったらしい。それにしても、いきなり見ず知らずの人を殴るなんて。


 潤賀さんのことをチラリと盗み見た私は、図らずして目が合い顔を背けた。潤賀さんは一度舌打ちをした後、もう用はないとばかりにマンションとは反対方向に歩き出す。



「聖、」


「うるせえ。もう帰る」



 逢坂さんを無視して足を進める潤賀さん。逢坂さんは引き留めるのを諦めたようで、私に向かって「君も今日はもう帰っていいよ」と告げた。



「えー! …でもまあ仕方ないか」


「せっかくそいつで遊ぼうと思ってたのにな」



 至極残念そうに言い合う双子。今、私“で”遊ぼうと言っていた気がしたのだが、聞き間違いだろうか。そう信じたい。


 何が何だか十分に理解できていないが、私は「あの人達は…」と倒れている男達を指さす。


逢坂さんはそれを冷めた視線で一瞥いちべつすると、酷く疲れた様子で答えた。



「あれは俺達でどうにかしておくから。一般人ってところが厄介だけど、こういうのには慣れてるからね」


「一般人?」


「ああ、そうだった。このあたりのことを一度君に教えておかないとね。こっちの情報がもれるのは避けたいけど、何も知らないまま協力させるのには無理があるから。君が決断するのにどれくらいの時間がかかるかは、分からないけどね」



 そう言って逢坂さんはじっと私を見つめる。何を考えているのか分からない、まったくの無表情だった。



「あの…」


「……とにかく、その話は明日にでもするよ。邪魔が入らない、静かな場所でね」


「わ、分かりました。失礼します」



 ペコリと一礼し、来た道を引き返した。私の後ろで、逢坂さんは何かを考え込むようにまだこちらを見ていて。



「王子ー? どうした?」


「あ、もしかして、玲があいつに協力してくれって言ったこと考えてんの?」


「やっぱり、お前達も気になったのか」


「まあ、玲は部外者、それも女を引き入れるなんて反対しそうだもんな」


「でもま、たまたまそういう気分だったんじゃねーの?」


「…それだけなら、いいけどね」



 ―――と、そんな会話がされていたなんて、私には知るよしもないことだった。