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4話 初デート(ごっこ)

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 土曜日の午前11時。

 喫茶店の窓際の席でぼんやりと外を眺めていた。

 6月の空気は湿っていて、ため息は少し濡れている。


(あ……)


 テラスに目を向けると、見慣れた金髪があった。

 同時に、携帯電話から通知音。


「えっと、見えてるよ……っと」


 メッセージアプリに文字を打ち込む。

 すると、すぐに彼――渋谷くんと目が合った。

 私は携帯電話をしまって、彼に手を振る。


「待たせたか……な?」


「ううん。早く来すぎちゃったんだ」


「そっか」


 とぼけた声で、渋谷くんが呟く。

 私たちの間には、奇妙な緊張感が漂っていた。


(デート……か)










 昨日の放課後。

 私たちは恒例になった作戦会議をしていた。

 すっかり占領した保健室のカウンセリングルーム。



 そこに、小南先生が入ってくる。


「大塚先生! デートプラン、できました!」


「はい、見せてもらいますね」


 今日もテンションが高い小南先生がプリントを机に置く。

 アイナは静かに笑って、プリントに目を落とした。


「……まず、ランチが2回あるのはバツですね」


「えっ!? 1回で足りる?」


「これもボツです。駅から2キロも歩くじゃないですか」


 赤ペンでデートプランの半分を消していく。

 項目が消えるたびに、小南先生は表情を曇らせていった。


「そんなに削っちゃうのか?」


「先生はまず“非常識”ですし、プランも詰め込みすぎなんです」


「ひどい……」


(確かに先生に向かってその言い方……)


「このプラン、女の子は疲れちゃいますよ?」


 肩を落とした小南先生に、アイナが笑いかける。


「少しずつ、相手との時間を楽しむのが大事なんですよ」


「そういうもんか」


「時間に余裕がないと、ゆっくりお話しできないですよね?」


「なるほどなぁ……」


「はい、ちょっと手を加えてみました」


 告げて、アイナは赤ペンで修正したリストを机に置いた。

 小南先生はじっくりとプランを見直して、眉を上げる。


「うまく想像できないな……これで大丈夫なのか?」


「文字だけだとわかりづらいですかね……そうだ!」


 アイナはポンと手を叩き、私と渋谷くんを振り返る。




(あ、嫌な予感)




「カオリちゃんと渋谷くんに試してもらおうかな!」


「は? 俺!?」


(やっぱり……)


 驚愕する渋谷くんの隣で、私は肩をすくめた。


「いや、私は――」


「なるほど、その手があったか!!」


「「えっ?」」


 アイナの面白半分の提案に、小南先生が指を鳴らす。


「2人とも、よろしく頼むぞ!」


 結局、応援すると言ったからには断ることもできず。

 私と渋谷くんのデート“ごっこ”が決まったのだ。




 そして、今日。

 私は実感が沸かないまま、渋谷くんとデートをする。

 決して甘い雰囲気ではない、戸惑いがちな空気で。


「なんで店の中で待ち合わせなんだろうな……」


 対面の席に付いた渋谷くんが、天井を仰ぎつつぼやく。


「すぐ出発すればいいのにな。大人は金持ってるから?」


「……6月は雨がよく降るでしょう?」


「うん」


「女の子を外で立たせておくよりいいんだってさ」


「へぇ……デートってそこまで考えないといけないのか」


「スマートだとは思うけどね」


「あらためて、大塚ってすげぇな」


「本当にね」


 関心半分、呆れ半分で答える。


(まったく、どこでこんなことを覚えるんだろ……)


「じゃ、ここで少し話したら、次は映画館ね」


「了解。とりあえず何か注文すっか……上野は?」


「私はさっき頼んだから」


「そか」


 渋谷くんはメニューを取り上げて、店員さんを呼び出す。


(さて……)


 デートプランが印刷された紙に目を通す。

 そこにはアイナが書き込んだアドバイスがあった。


1、喫茶店で待ち合わせです!

  先に着いてもリラックスできるし、

  雨に濡れることもないのでオススメ♪

  相手が先に着いたら「待たせたから」と奢ること!


☆ 女の子には急な体調不良があります。

  その時は店内で今日の予定を相談すること!


(細かいなぁ……)


「それ、大塚が書いたやつ?」


「うん。結構いろいろ書いてあるよ」


「ふーん」


「見るのは恋愛映画みたいだけど、平気?」


「俺は何でもいいよ」


 言って、渋谷くんは届いたコーヒーに口をつけた。

 そのまま、落ち着いた吐息を溢して、私を見つめる。


「ほかに気になる映画があるなら、そっちでもいいけど」


「私が決めていいの?」


「映画の感想はデートの内容に関係ないだろ?」


「そうかな……。まぁ、そうだね!」


 デートという言葉が、なんだかくすっぐたい。

 変に意識しないように、私は卓上のグラスに目を落とした。


(でも、デートって意識しないと、テストにならないかな?)


「どうした?」


「別に。どんな話をすればいいのかなって思っただけ」


 私は話題を変える。

 渋谷くんは気にした様子もなく、椅子に背を倒した。


「相手のことを聞くんだよな……」


 渋谷くんはアゴに手をやって、天井を仰いだ。

 そのまま、視線だけをこちらに向けてくる。


「上野は、なにが好きなんだ?」


「え?」


「話、するんだろ?」


「ああ……そうだなぁ、結構映画とか見るよ」


「なんだ、じゃあ今日のコースはぴったりじゃん」


 渋谷くんは笑顔を浮かべて、机に身を乗り出してくる。


(って、近い近い!!)


「せっかくだし、今やってる映画調べようぜ」


 渋谷くんはタブレットを取り出す。


「好きなジャンルは?」


「アクション……」


「ほいほい、っと」


「渋谷くんは? なにが好きなの?」


「今日は上野の好きなやつでいいよ」


「2人で行くんだから、いっしょに決めようよ」


「……そっか」


(あれ? 変なこと言ったかな?)


 ふと、渋谷くんが黙り込む。

 コーヒーを一口。

 何故か、妙な間ができてしまった。


「デートって、こんな感じなのかな」


「急になに言ってんの?」


「いや、2人で決めるってのがいいのかも……ってな」


(なるほど……確かに、それっぽいかなぁ)


 渋谷くんの言葉に納得して、頬に熱が籠る。


(だから、意識させるなっての!)


 動揺して、無意識の内に毛先を弄り出していた。

 ばれない様に深呼吸して、心を落ち着ける。


「これなんかどうだ?」


「どれ? ハリウッドっぽい感じかな?」


「だな。ちょっと気になる」


「いいかもね」


「よし、じゃあこれにしよう」


 渋谷くんはタブレットをしまって、椅子を引いた。

 私はほっとして、アイスコーヒーのストローを咥える。


(頭、冷やさなきゃ)


「上映時間には余裕ありそうだ」


「じゃあ、ちょっと休んだら行こうか」


 空になったグラスから氷の崩れる音が立つ。

 それを合図にして、私たちは同時に席を立った。

 その瞬間、渋谷くんが伝票をさっと取り上げる。


「あ……」


「払って来るから、待ってろ」


「え? 待って待って!」


 背を向けた渋谷くんを引き留める。


「お金……えっと」


 慌ててお財布を取り出そうとする。

 すると、渋谷くんはこちらに手のひらを向けた。


「待たせたし、コーヒーだけだから出させろよ」


(あぁ、アイナのアドバイス)


 デートプランの注意書きを思い出して、納得。

 男子が女の子より後に着いたら、奢ってあげるんだっけ。


「なんだ、渋谷くんもちゃんと予習してきたんだね」


「ん?」


「はい、これ私の分ね」


 500円を渋谷くんに差し出す。

 でも、何故か受け取ってもらえない。


「いや、だから出させろって」


「え? これって練習でしょ?」


「俺が頼んだことだし、今日の分は持つよ」


「でも……」


 そんな風にお金を出されるのは納得いかなかった。

 私はかたくなに渋谷くんにお金を押しつける。

 でも、それはひょいと躱されてしまった。


「だから、いいってば」


「こういうのはちゃんとしたいの!」


「はぁ……じゃあ、後で全部小南先生に出させる」


 渋谷くんは1歩引いて、私を見下ろした。

 困っているのか、眉間にちょっとしわが寄っていた。


「それならいいだろ?」


「……わかった」


 渋谷くんの言葉に、私はしぶしぶお財布を閉じる。

 それを見届けて、彼は明らかにホッとした様子を見せた。


「別に、これくらい出してもいいのに」


「男が出すって言って、それを覆されたらたまんねぇよ」


「そういうもの? 私は、やだなぁ男だからっていうの」


「……上野って結構ガンコなのな」


「渋谷くんもでしょ?」




 お店を出て、私たちは歩き出す。

 それからは、調子が狂いっぱなしだった。


(なんか、カップルの会話みたいだったな)


 街で時々見かける、恋人のお財布の出し合い。

 思い出してみると、さっきの私たちそのままだ。


(まさか、あんなことする日が来るなんてね)


 そんなことが頭の中に浮かんで、落ち着かない。

 “ごっこ”とはいっても、初めてのデートだから。

 不思議と、意識してしまっていた。


(相手は渋谷くんなのに)


「…………」


「ん? どうしたの?」


 ふと、渋谷くんの視線に気づいた。

 目が合うと、彼はちょっと目をそらす。

 そして、独り言みたいなトーンで呟いた。


「歩くの、このくらいで平気?」


「あ……」


 言われて思い出す。

 たしか、アイナのデートプランその2だったかな。


2、映画館に移動です!

  女の子と歩くときは、歩幅とスピードに注意♪

  特にカカトがある靴なら要チェックですよ!

  なるべく言葉に出さないで。

  気づかってあげてくださいね。


(そっか。うん……これはちょっと嬉しいかも)


「普段やらないからさ……よくわかんねぇ」


「平気だよ。ありがと」


(言葉に出さないで、っていうのは難しかったみたいね)


 クスリと笑って、私は渋谷くんを仰ぎ見る。

 ちょっとした気遣いで、不思議と足取りが軽くなった。


(アイナのアドバイス、馬鹿にできないかもね)




 映画館につくと、人の多さに驚かされた。

 土曜日だからか大勢のお客さんが並んでいる。


「チケット買ってくるから、ベンチで待ってろよ」


「待って待って、デートプラン!」


「あ?」


「いっしょに並ぶの。それで、映画の好みとか話すんだって」


 プランを取り出し、渋谷くんを引き留める。


3、チケットは割り勘です。

  神田先生はそういうのしっかりしたいみたい。

  並んでいる間に、少しでもお話ししましょう。


「また“お話”か……」


「ほら、いっしょに行こう?」


「はぐれるなよ?」


 渋谷くんは前に立って、私を先導していく。

 身体が大きいから、先に歩いてくれると安心する。


(なんだ、結構気づかいできるじゃん……)


「そういや、私服はそんなカンジなんだな」


「え? あぁ……お話、か」


 待機列に並んだところで、渋谷くんが振り返る。

 今日は軽めのコーディネートにしたんだけど……。


「ちょっとラフすぎたかな?」


「いや、似合ってていいんじゃね?」


「……ありがと」


(渋谷くんのくせに、服を褒めてくれるとは思わなかった)


 感心して、ふと気づく。

 そういえば、今のはアイナのアドバイスにはなかった。


(読み飛ばしちゃってたかな……)


 気になって、私はプランが書かれた紙を取り出す。

 すると、ちょっと擦れた声が耳に届いた。


「今のは、大塚のアドバイスじゃねぇよ」


「え?」


「アドリブ……になるのかな? けっこう可愛くて、いいなって思ったから」


「……え!?」


 慌てて、渋谷くんの方を振り仰ぐ。

 彼は、わかりやすいくらい頬を赤くしていた。


「なんだよ」


 ぶっきらぼうに言いながら、渋谷くんが顔を背ける。


(耳が赤い……)


 相手が照れてると、こっちにまで恥ずかしくなってくる。

 こんな、色っぽいイベントなんて……いらないのに。


(……ばか)




 渋谷くんのアドリブの後、私たちは黙ってチケットを買った。


(いつの間にか私の分も出されてた!)


 映画館の中の席に座って。


(なんか飲み物も買われてた!?)


 私はうつむきながら、映画のCMを聞き流している。


「だから、もういいだろ? 飲み物くらい……」


 渋谷くんが呆れた様子で息を吐く。

 私の膝上には、ポップコーンのカップが置かれていた。

 これも、渋谷くんの奢り。

 私は落とさないようにそれを抱えて、ちらりと彼の様子を窺う。


(渋谷くんのくせに、澄ましちゃってさ……)


「ほら、そろそろ始まるぞ」


「あ……」


 ブザーが響いて、会場に静寂が訪れる。

 言いたいことは、映画が終わるまではおあずけだ。


(なんか、いつも通りにできないなぁ……)


 スクリーンに映る俳優のセリフが頭の中に入ってこない。




(いつのまに、こんな気の利く人になったんだろう)


 隣にいるのが、知らない人のように思えてくる。

 小学生の時は、“ただのサッカーが上手な人”だったのに。


(そりゃ、少しは変わるよね……)


 結論づけて、私はスクリーンを見上げる。

 考えごとのせいで、映画のシーンは飛び飛びだ。

 今は、主人公っぽい男の子の回想シーンらしい。


(あ……なんか、デジャビュ)


 欧風の公園で遊ぶ男女。

 花壇を横切って、茂みの奥へ。

 私も、同じようなことをしたことがあった。

 たしか……。


(渋谷くんとだ)




 小学3年生だから、9歳かな。

 たしか、渋谷くんがよくサッカーをしていた公園だった。

 私はそこを塾に行くときの近道にしていて。

 彼の姿を一目見て塾に行くのが日課だった。

 そんなある日、大事なリボンを落してきてしまったのだ。


「おい、上野」


「渋谷くん……」


 彼が慌てて駆け寄ってきて、私はドキドキした。

 その時は、サッカーが上手な彼が輝いて見えたものだ。


「そっち行くなよ。立ち入り禁止だぞ」


「でも、お母さんに貰ったリボンが……」


「先生が言ってたろ? 最近、蜂が出るんだ」


「お願い、内緒にして?」


 声をかけられたのが嬉しかったのを覚えている。

 でも、その時の私は、それ以上に必死だった。


「……待てよ」


「でも」


「うっ……泣くなよ。俺もついてってやるってだけだ!」


「え?」


「女ひとりじゃ、あぶねーだろ」


 そう言って、渋谷くんは私の手を握った。

 そういえば、初恋だって分かったのはこの後だったっけ。




 ぽん、と肩を叩かれて、現実に戻る。

 いつの間にか、館内が明るくなっていた。


「あれ?」


「映画、終わったぞ。俺たちも出よう」


「あ、ごめん……」


「寝てたのか?」


「ううん、ちゃんと見てたよ」


 一応、肝心なシーンだけは頭に入っている。

 ちょっと、考えごとをしてただけだ。


「行こっか」


「おい、具合悪いんじゃねぇのか?」


「平気だよ。ありがと」


 軽く笑って、私は渋谷くんの顔を見上げた。


(変わったかなって思ってたけど、実際は違ったなぁ)


 渋谷くんは、悪ぶってるけど、意外と優しい。

 小学生の頃から、そういうところは変わらないみたいだ。


「2人で映画っていうのも、意外といいもんだね」


「……そうだな」


「デートじゃなかったら、気楽なんだけど」


「ああ、確かにな」


 初恋はとっくに消えてなくなってしまっている。


(でも、なんか……友達に戻りたいなって、思っちゃった)


 デートという言葉に、私は混乱していたのかもしれない。

 さっきまでと違って、今の気分は晴れやかだった。


「この後はどうなってるんだ?」


「食事に誘って、OKならそのまま晩御飯だって」


「ふぅん……行く?」


「まだお腹減ってないや」


 答えて、私はようやく席を立った。


「ここのモール、ゲームセンターなかったっけ?」


「プランはいいのか?」


「いいんじゃない?」


 気楽に告げて、私はアイナのアドバイスを思い出す。


4、映画が終わったら、食事に誘ってみましょう。

  断られたら深追いは厳禁!

  OKなら、その日の気分を相手に聞いてくださいね。


5、最後に。

  もしも別の場所に行きたいと誘われたら脈ありかも♪

  絶対に反対しないで、着いて行ってくださいね♪


(残念ながら、脈は無いんだなぁ)


 こっそり笑って、私は映画館から出た。

 渋谷くんはあくびをして、踵を引きずりながら着いてくる。


「あの映画、つまらなかったなぁ」


「そうだねぇ」


 きっと、変なことを思い出したのはそのせいだろう。




 デートごっこから10日後。

 私は変わりなく、学校生活を送っている。


「ねぇ、本当はどうだったの?」


「なにが?」


「デートだよぉ……渋谷くんとの!」


「その話ばっかりだね」


「だって、何にも教えてくれないんだもん!」


 保健室でお弁当を広げて、アイナが愛らしく怒る。

 月曜日からずっとこの調子だ。


(そろそろ落ち着いてくれたら嬉しいんだけどなぁ)


 そんな風に考えていると、保健室の戸が開いた。


「おす」


「やっほ」


 渋谷くんが来て、私はほっとする。

 彼が来ると、アイナはちょっと大人しくなるのだ。


「小南先生、上手く行ったかな」


「さぁ、どうだろうね」


「なるようになる、か」


 呟きながら、渋谷くんは私の対面に座った。

 私たちがデートの報告をした次の日。

 小南先生は神田先生を誘ったらしい。


「お、集まってるな」


「小南先生!」


 噂をすれば影、という感じで、小南先生がやってきた。

 彼は今日も(ちょっとウソくさい)笑顔を浮かべて私たちの前に座る。


「大塚さん、いろいろありがとうな」


「え、もしかして!」


 小南先生の意味深な前置きに、みんなの視線が集まる。

 そして……。


「ダメだった!!」


「えーっ!?」


 晴れやかな笑顔で、失敗を告げたのだった。


「お付き合いはきっぱり断られたよ」


「そんな……」


「――今は、ってな」


 小南先生は言葉を続けた。


「え? それって、もしかして……」


「そう、もっと前に告白すれば上手くいっていたかも……」


「「違う!」」


「これから先の行いで、チャンスがあるってことですよ!」


 小南先生はキョトンとしている。


「やった!!」


 アイナが立ち上がってバンザイをする。

 変な表情の小南先生もそれに続いて、2人でハイタッチ。

 いつの間にか、すごく仲良くなってたみたいだ。


「よかったじゃん、センセ」


「お……おう、渋谷もありがとな」


「それで、コーチの件は……」


 ドキドキしながら、小南先生に尋ねる。


「――引き受けるよ」


「マジ!?」


 小南先生の返事に、渋谷くんが目を丸くする。

 失敗したと聞いて心配したけど、約束は守るみたいだ。


「神田先生、実はスポーツ系男子が好みらしいからな」


「……え?」


「コーチになれば、俺の株も上がりそうだな」


「えぇ~」


 その言葉を聞いて、私たちはがっくりとうなだれる。


「まぁ、やるからには本気でやるよ」


「それなら、いいんですけど……」


 やりきれない気持ちを抱えて、大きなため息を吐く。

 小南先生は元気よく、私たちの落胆を無視して腕を振り上げた。


「大会で成績を残して、神田先生に褒めてもらおう!!」


「あ、目指すのはそこなんですね」


「……不安だ」


 渋谷くんが渋い顔をして、ボソリと呟く。

 すると、小南先生は暑苦しい笑顔を浮かべて立ち上がった。


「さ、まずは渋谷の髪を何とかしないとな」


「え?」


「お前、サッカー部の主軸なんだってな」


「一応、そうですけど」


「エースがその髪はまずいだろう?」


「……あ」


 先生の言葉に、渋谷くんの髪へ視線が集まる。

 彼の髪は相変わらずの金色。

 今も、蛍光灯の下でギラギラ輝いている。


「職員室でバリカン貸してくれるから」


「は? バリカン!? 嘘だろ!?」


「マジでーす。つーか、普通に校則違反だっての」


「待ってくれよ! 明日、黒に染め直してくるから!!」


 渋谷くんはいつの間にか、小南先生に羽交い絞めにされていた。

 そしてそのまま、保健室の外へ連行されていく。


「おい上野! なんか、説得! 説得してくれ!!」


 必死に手を伸ばしてくる渋谷くん。

 私は先週よりも少しだけ気安い態度でそれを眺め。

 にっこりと笑ってやった。


「いいじゃん。私、ボウズも格好いいと思うよ」


「かんべんしてくれぇ!!」


 保健室にこだまする渋谷くんの叫び。


 こうして、サッカー部は晴れて再スタートを切った。


 そして来週は、渋谷くん目線で語る特別編です!!




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