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1話 夜の拾いもの

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どうしよう、これ・・・。

 

 

目の前の塊を目にして、つい足が止まった。

 

これから通る道をさえぎるように、建物の壁にもたれて路上に長い足を投げ出している一人の男。

 

 

会社の飲み会帰りで、近道のために繁華街の細い路地を通り抜けようとしてこの状況を目にした。

 

 

いや、こんな所にいるのだから、ただの酔っ払いだ。

 

 

ちらりとそんな考えが頭をよぎったけれど。

 

ボタンがはじけ飛んでいる汚れたシャツ。

痛々しい傷が残る顔。

口角が切れて血がにじんだ唇。

 

明らかに暴行を受けたように見える外見に、“ただの酔っ払い説”を瞬時に打ち消した。

 

 

自分が完全に酔っ払っていたら通り過ぎてしまうような、危ない雰囲気の漂う状況でも。

 

中途半端に酔いつつ、自我が残っている状態で。

この状況を黙って見過ごせるほど、周囲に無関心な人間じゃなかった。

 

 

「大丈夫、ですか?」

 

 

声を掛けるのもためらわれたけれど。

 

こんな細い路地で、段ボールの山に埋もれている状況で。

他の誰かに見つけて貰えるには、時間が掛かってしまうだろう。

 

そう考えて思い切って掛けた声に、相手は応えることはなかった。

 

 

「どうしよう」

 

 

小さくつぶやいて、その人に近づき膝を折って顔をのぞき込んだ。

 

 

固く閉じられた瞳。

 

荒い息が口からもれている所を見ると、どうやら生きてはいるようだ。

 

 

それでも、今、季節は冬で。

口からもれる息は、白く舞って周囲に霧散むさんする。

 

手袋をしていなければ、無防備な両手はすぐにかじかんでしまうような気温だ。

 

 

それなのに。

 

目の前の彼は、シャツの上に薄い上着を羽織っただけの状態で、当然この寒空の下で長時間耐えられるような状況ではない。

 

見ているこちらの方が寒く感じる位だというのに、こんな状態でここに居続けたら簡単に体温が下がってしまうだろう。

 

例え、今大丈夫なのだとしても、このまま放置していたらこの先どうなってしまうかは分からない。

 

 

そこまで考えたら、今自分がすべきことは―――。

 

 

「救急車・・・」

 

 

そう思いついて、コートのポケットに入っていたスマホを取り出した。

 

発信の画面を表示させるためにロックを外した瞬間、手首が冷たい感触で覆われて、驚きでスマホを落としてしまった。

 

私の腕をつかんでいる手は、間違いなく目の前の男のものだった。

 

 

「ちょ、なにす、」

 

「放っとけよ」

 

「なに言って、」

 

「あんたに関係ねぇだろ」

 

 

冷たく言い放たれて、咄嗟とっさに息を飲む。

 

さっきまで固く閉じられていた瞳がうっすら開いて、その奥に光る瞳が眼光鋭くこちらに向けられていた。

 

拒絶の色を隠そうともしないその瞳に軽くひるみはしても、このまま放置するなんて今更出来る訳がなかった。

 

確かに男の言う通り、私に関係ないことなんて百も承知の上だ。

 

 

「そうだけど、でも、どう見たって平気そうには見えないよ」

 

 

落ちたスマホを拾って、もう一度画面のロックを解除する。

 

 

「救急車を呼んだら、お節介な女は消えるから。だから、」

 

「分かんねぇヤツだな」

 

 

目の前の男が、長い腕を伸ばして私の手からすんなりスマホを取り上げる。

 

 

「痛って」

 

 

動いた瞬間身体に痛みが走ったのか、その男は苦痛に顔を歪めた。

 

 

「ほら、言わんこっちゃない」

 

 

彼の手からなんなくスマホを取り戻すと、男は右の肋骨を抑えながら苦しそうに咳をした。

 

口端に血の滲む口からは、小さなうめき声がもれる。

 

 

「もしかして、肋骨折れてるんじゃない?」

 

「・・・多分」

 

「多分、って」

 

 

そんな状態だと分かっているにもかかわらず、なぜ救急車を呼ぶなと言うのだろうか。

 

 

「じゃあ、タクシー呼ぼうか? それなら病院行く?」

 

 

私が言うと、彼は呆れたようにため息をこぼした。

 

 

「こんな状態で病院行けるかっつの。警察でも呼ばれたらどうすんだ」

 

「だけど、診察はしてもらわないと」

 

「だから、それが困るっつってんの。手を出しちゃいけない女に手を出してボコられた。相手のことは言えないから、病院には行けない」

 

「そんな」

 

 

なんでそんな事に、と唖然とした。

 

一体どんな相手に手を出したんだ、と驚きはしたけれど。

私には分かり得ない事情も、きっと世の中にはいくつもあるのだろう。

 

 

「どうせ肋骨なんて、放っときゃくっつく」

 

 

投げやりに言われて少し考え込んだ。

 

確かに、肋骨骨折なら手術はしないでバンドで固定するだけだろう。

 

それでもヒビだけで済んでいるのか、とか。

折れているのだとしたらどういう折れ方なのか、何本折れているのか、とか気になったりしないのだろうか。

 

 

もう話は終わりとばかりに再び目を閉じた彼。

 

少なくとも、今日のような寒い日の夜に。

決して清潔にも見えないこんな環境の悪い場所で放置していていいはずがない。

 

怪我をしていなかったとしても、このままここで過ごすつもりなのだとしたら自殺行為にも等しい。

 

 

私は考えをめぐらせてから、ふっと息を吐いた。

 

 

「あなた、立てる?」

 

 

気だるげに瞳を開いた彼は、なに言っているんだとばかりに感情のない視線を寄越した。

 

 

「病院がダメなら、行ける所に連れて行ってあげる」

 

「・・・あんた、なに言ってんの?」

 

 

彼がいぶかしげな声を出すのも当然だと思う。

 

私も自分で言っておいて、なに言ってるんだとどこかで冷静に考える自分もいる。

 

本当にそこに連れて行って大丈夫なのかと、いまだに思ってもいる。

 

 

だけど、お酒が入っているせいなのかなんなのか。

 

どうしてもこの人を、このまま放って置くことが出来なかった。

 

 

少しでも楽にしてあげられるすべを知っているのに、このまま見ない振りをしていることがどうしても出来ない。

 

 

今だけ。

 

今日だけだから。

 

 

心の中で自分に言い聞かせてから、もう一度決意を固めた。

 

 

「いいから、ついてきて。じゃないと強制的に病院連れて行くよ?」

 

 

彼はぱちりと一つ瞬きをして。

 

じっとこちらの瞳を見つめ返してきた。

 

 

初めてまともにかち合った瞳に、不規則に鼓動が跳ねた。

 

 

まるでその奥に潜む感情まで見透かすかのように真っ直ぐに向けられた瞳は、思いのほか澄んだ光を宿していた。

 

 

息の詰まるような張りつめた空気を共有したのは、きっと僅かな時間だった。

 

 

彼は視線を逸らすとすぐに立ち上がろうと身動きをしたから、私は立ち上がって手を差し出した。

 

ちらりとこちらを上目遣いに見上げた彼は。

 

きゅっと眉を寄せてから、不本意さを全面に出しつつも、渋々といった風に私の手に触れた。

 

 

今、素肌に吹きつけている風よりも、遥かに冷たく感じる指だった。

 

 

よろめきながら立ち上がる彼を支えるように手を貸した。

 

 

「あんた、お人よしって言われるだろ」

 

「まぁ、よく言われる」

 

 

彼はふっと表情を緩めて、直後に痛みのせいか顔を歪めた。

 

 

「大丈夫?」

 

「・・・ああ」

 

 

見下ろされる瞳からは、心なしか先程まで見えていた警戒の色が消えているように思えた。

 

 

うわ、背高いんだ。

 

 

しっかり立ち上がった彼を見て、今更ながらそう思う。

 

肩を貸そうと思ったけれど、身長差があり過ぎて逆に苦痛かもしれない。

 

 

「掴まる?」

 

 

自分の左手で、右肩に触れながら聞いてみると。

彼は自分の姿を確認するかのように視線を落としてから、すぐに首を振る。

 

 

「いや、汚れるから」

 

「いいよ。汚れなんて洗えば落ちるし」

 

「・・・あんたって、やっぱ」

 

「お人よしって言うんでしょ。分かったから、ほら、掴まって」

 

 

私がキャメルのコートを着ているから、汚れが目立つと思ったのだろう。

 

はっきり言ってそんなこと、どうだっていいのに。

 

 

私は、乾いた血や泥がついた手を掴み取って、そのまま自分の肩に置いた。

 

 

「悪い」

 

「別にいいって」

 

 

足も引きずっている彼に歩調を合わせるようにして、ゆっくり歩きながら通りを抜けて。

 

大通りまで出てから、何とかタクシーを捕まえて乗り込んだ。

 


 

◇◇◇


 

 

「おい、ここって」

 

 

タクシーに乗っている間ずっと無言だった彼が、タクシーを降りて目的の場所が見えたところで声を発した。

 

それまで素直についてきていた彼の足が、ピタリと止まる。

 

 

「なに? どうしたの?」

 

「どうしたの、じゃねぇだろ」

 

 

不機嫌そうにそう言われて、きょとんと首をかしげた。

 

 

「あんた、馬鹿?」

 

「なによ、失礼な」

 

「いや、マジで馬鹿だろ。だって、ここ・・・」

 

「私のマンションだけど、それがなにか?」

 

 

当然のように答えた私に、今度は呆れたようにため息をつく。

 

 

「あのさ、大体普通は、初対面の素性も分からない男を、簡単に自分の部屋に招いたりしないだろ」

 

「あー、まぁ、普通はね」

 

 

私だって、それはどうかと思う。

 

流石に私も、普段は親しくもない男の人を家の中に入れたりはしない。

 

 

だけど・・・。

 

 

「今のあなたに、なにが出来るって訳でもないでしょ? それに、盗まれて困るものだって別にないし。私だってあなたをどうこうしようなんて思ってないよ」

 

「そういう問題じゃない」

 

「今は、あなたをなんとかする方が最優先。それに・・・」

 

「なんだよ」

 

「そんなこと気にしているあなたが、なにかするとも思えないしね」

 

 

にこりと微笑んで彼の方を見ると。

 

彼はまたもや呆れたようにため息をついて、ぎゅっと眉を寄せた。

 

 

「ほら、行くよ」

 

 

その後はもう抗う事なく、彼は素直に足を進めた。

 

 

「ねぇ、大丈夫ならシャワー浴びる? 傷を消毒するにも、砂とかついちゃってるし、ちゃんと洗い流した方がいいよ」

 

 

部屋に入って来たものの、所在無げに立ち尽している彼にそう言うと、彼は驚いたように目を見張った。

 

 

「・・・いいのかよ?」

 

 

彼の言葉に頷いて、バスタオルを渡した。

 

だって、このままだとちゃんと消毒することもできない。

 

もしかしたら熱は上がってしまうかもしれないけれど、傷を悪化させないためにはその方がいいだろう。

 

 

「こっちがバスルーム。トイレはあっち。痛いと思うけど、ぬるめのお湯でよく流して来てね。一応着替えはあるから、後で置いておく。脱いだものは洗っておくから、ここに入れておいて」

 

 

一気に説明して、分かった? と顔を覗き込むと、彼は勢いに圧倒されたように頷いたから、そのまま彼をバスルームに押し込んで扉を閉めた。

 

ここには弟がよく泊まりに来るから、弟の着替えが置いてあるはずだ。

 

クローゼットを開けて、弟の使っているチェストの引き出しの中からスウェットとTシャツを取り出して。

その中に、まだタグがついたままのボクサーパンツも見つけて、一緒に引っ張り出した。どうせ弟は覚えていないだろうから、別にいいだろう。

 

 

スウェットも下着も、弟より身長の高い彼の身体に合うかは分からないけど、洗濯物が乾くまでは我慢して貰うしかない。

 

 

バスルームまで戻って、シャワーの音がするのを一応確認してから扉を開けた。

 

 

ランドリーボックスに入れられている服を洗濯機に放り込んで、乾燥まで設定してボタンを押した。

 

 

そして、着替えを置いてバスルームを出る。

 

 

 

「これ、彼氏のじゃねぇの? 俺が着て大丈夫?」

 

 

数分後、バスルームから出て来た男の声に振り向くと。

 

そこに、上半身裸のままスウェットの上着を肩に引っ掛けた状態で男が立っていた。

 

 

ポタリと濡れた髪から雫が垂れる様子がやけになまめかしく見えて、思わずごくりと息を飲んだ。

 

 

「残念ながら、彼氏のじゃない。弟のだから大丈夫」

 

「ふぅん」

 

「ねぇ、ちゃんと頭拭いた? そんなんじゃ、風邪引いちゃうじゃない」

 

「あー・・・、腕、上がんね」

 

 

都合悪そうにつぶやく男の言葉に、そうだったと納得してしまう。

 

 

そういえば、肋骨が折れている可能性もある訳で。

今の状態では、身体を動かすのさえ辛いのだろう。

 

 

「そうだよね。じゃあ、ほら、ここに座って?」

 

 

ソファの上を指さすと、彼は素直にそこに座る。

 

少し前まで敵意をむき出しにしていたはずなのに、彼の従順な様子を見て少し口元が緩んだ。

 

 

バスタオルを掴んで、男の頭を拭こうとすると。

 

 

「なにすんだよ」

 

 

頭を逸らしながら、不貞腐ふてくされたようにこちらを睨んでくる。

 

 

「いいから、黙って」

 

 

彼の態度をお構いなしに、私は動作を続けた。

 

わずかに抵抗する様子を見せた彼も、無駄だと察したのか、すぐに大人しくなった。

 

 

近くで見るとよく分かる、きめ細やかで張りのある肌は、怪我をして傷がついているのが勿体なく思える。

 

汚れを落とした肌は、女の私よりも綺麗に見えた。

 

 

タオルで十分に水気を取って、ついでにドライヤーまで掛けると、さらさらの黒髪はすぐに乾いてしまう。

 

 

しばらくの間、滑らかな髪の手触りのよさを堪能たんのうして、ドライヤーをオフにした。

 

 

「ほら、乾いた」

 

「・・・サンキュ」

 

 

またもや不本意そうに眉を寄せる様子が、なんだか可愛らしくも見えた。

 

 

「次は、傷の手当をするからね」

 

 

準備していた救急箱を手にすると、彼は素直にうなずいた。

 

どうやらこの状況に、少し慣れてきたらしい。

 

 

「痛かったら言ってね」

 

「分かった」

 

 

まだ乾いていない傷を消毒するのは痛いはずだと分かっているけれど、外で汚れた状況を見ているから、ここは我慢してもらうしかない。

 

 

生傷を見ているだけで、消毒をしているこちらまで痛々しさで顔を歪める位だったのに、消毒薬を浸した綿棒を当てても、彼はぎゅっと眉をしかめるだけでうめき声すらもらさなかった。

 

 

「あんた、なにも聞いたりしないんだな」

 

「聞くって、なにを?」

 

「名前とか、身元とか、いろいろあんだろ」

 

「ああ、そういうことね」

 

 

そんなことかと思って答えた私に、呆れたような視線を向けてきた男は、変わった女、とつぶやいた。

 

 

「私は、ただあなたのことが心配だっただけだし、言いたくないことを聞くつもりもないよ」

 

「言いたくないことなんて、別にない」

 

「変わった女のお節介で拾われて、あなただってこれ以上深く関わりたいだなんて思わないでしょ?」

 

「・・・・・・」

 

 

消毒し終えた傷に軟膏を塗ってから、大きな傷にはガーゼを当てて、小さな傷には絆創膏。

 

打撲のあとが残るところは湿布を貼って。

 

 

「ほら、終わったよ」

 

 

うん、もうこれで大丈夫だろう。

 

一通り傷を眺めて自己満足。

 

 

「毎日交換したら、これ位の傷ならすぐ治るよ」

 

「・・・分かった」

 

「あ、そうだ。あとは肋骨ね。ちょうどいい物があるの。ちょっとTシャツ着てて」

 

 

男にそう言ってから、もう一度寝室に戻った。

 

クローゼットの中から目当ての物を引っ張りだしてリビングに戻ると、彼は痛む身体を動かしてなんとかTシャツを着ているところだった。

 

 

「これ巻いておいて。ちょっとは楽になるはず」

 

 

渡した物を受け取って、彼は首を傾げた。

 

 

「これは?」

 

「肋骨骨折した時に巻くバストバンド。折れてるか分からないけど、痛みがあるならヒビが入ってるかもしれないし、使った方が楽だと思う。ほら、こうやって巻くの」

 

 

もう一度彼の手からそれを受け取り、バンドを背中から前に回して胸の辺りで少しきつめに留める。

 

 

「どう?」

 

 

聞いてみると、彼はバンドのつけ心地を確かめるようにさすりながら頷いた。

 

 

「・・・いいかもな」

 

「でしょ?」

 

「なんでこんなん持ってんの。なんか、準備よすぎだろ」

 

 

当然の質問に、私はくすくす笑う。

 

 

「うん、私もそう思うよ。あのね、この前まで弟が肋骨折っててね。最近治ったばかりなの。さんざん面倒見させられたから、慣れてただけ」

 

 

ちょっとやんちゃな弟は、昔から傷が絶えないから必然的に私の救急箱は充実してくるし、嫌でも手際はよくなってしまう。

 

 

それに、この前なんてバイクで転んで肋骨骨折をしていたから、丁度バストバンドもあったという訳。

 

肋骨を痛がっている彼を見た時に、そのことを思い出して役に立つなら使ってもらいたいなと思っていたんだ。

 

 

「そういうこと、か」

 

 

私の答えに納得したような表情を見せる彼は、自分の身体を確かめるように動かしていた。

 

 

「俺が使っていいの?」

 

「勿論。あげるよ、それ。私が持っていてもしょうがないし」

 

「・・・ありがとう。助かった」

 

 

素直にお礼を言ってくれる彼に、少し驚いた。

 

お節介だろうとは思っていたけれど、少しでも助かったと思ってもらえるなら、それだけで嬉しかった。

 

 

「お節介ついでにさ、これも飲んだ方がいいと思うよ。今晩、痛むし熱も上がると思うから」

 

 

はい、と鎮痛剤の錠剤と水を渡す。

 

一瞬戸惑うような仕草を見せた彼は、それでも素直に受け取って薬を飲み込んだ。

 

 

よかった。

 

これで、いくらか楽になるはずだ。

 

 

「・・・あんた、名前は?」

 

「え?」

 

 

聞き返してから、自分の名前を聞かれているのだと気がついた。

 

 

別に彼のことを興味本位で聞くつもりもなかったし。

彼だって、自分に踏み込んできて欲しくないものだと思っていた。

 

それは彼の態度からも伝わってきていたのに。

 

 

少しは、打ち解けようとしてくれるのだろうか、と嬉しくなって自然と口元に笑みが浮かんでいた。

 

 

新條しんじょうなぎさ。あなたは、って聞いてもいいのよね?」

 

「・・・カイ」

 

 

短くつむがれた言葉が、彼の名前なのだと分かった。

 

 

「カイ君か。今日だけのつき合いだと思うけど、よろしく」

 

 

今更だね、と言いながら。

 

握手をするために手を差し出すと、彼は素直にそれに応じてくれた。

 

 

二度目に触れた指先は、人間らしい温もりを取り戻していて。

 

その事実に、小さく安堵の息を吐く。

 

 

 

「・・・なぁ、渚。あんた、さっき俺を拾ったって言ったよな?」

 

「え、ああ、うん。言ったけど」

 

 

確かにさっき、会話の流れでそう言ったのは覚えている。

 

 

 

握手をしたままの手は、なぜか離されることはなく。

 

 

それを疑問に思う前にぐっと手を引かれ、二人の身体が触れ合う位に近づいて。

 

 

「未成年者誘拐」

 

 

はっきりと、カイがそう言った。

 

ポカンとする私をよそに、カイは楽しそうに続ける。

 

 

「未成年者を自宅に連れ込んだら当然、そういうことになるよな」

 

「う、うん?」

 

 

私の手を離したカイは、今度はその手を私の頭にポンと乗せながら顔を寄せてきて―――

 

 

 嗅ぎ慣れたシャンプーの香りが、鼻孔をくすぐる。

 

 

彼の吐息が頬をかすめた瞬間。

 

 

 

「拾ったもんには、最後まで責任持てよ?」

 

 

必要以上に色気を含んだ声でささやいた。

 

 

 

にっこり笑うカイとは逆に、私はピシッと固まる。

 

 

―――み、未成年って、どういうこと!?