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2話 始まりの朝

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まぶたに感じた光が、自然と意識を浮き上がらせた。


うっすらと目を開けると、中途半端に閉じていたカーテンの隙間から光が差し込んでいた。



「ん・・・、なに、これ」



自分の掛け布団とは明らかに違う重みが身体に巻きついていて、無意識に手を這わせた。


指先に伝わって来た感触に、ぼんやりした意識の中で違和感を覚えた。


その瞬間。


一気に意識がはっきりして、ベッドから飛び起きた。


自分に巻きついていたものの正体が、生身の人間の腕だと分かった。

正体を確かめるために、視線を向けると―――。



「う、そ・・・」



絶句、とはこういうことだ。


目の前の人物を視界に捉えた途端、昨夜の出来ごとが鮮やかに蘇る。


気のせいなんかじゃない。


昨日確かに、この人を拾った。


それは覚えているけれど。



ベッドの上では、昨夜カイと名乗った男が気持ちよさそうに寝息を立てている。


いや、でも、夜寝る時はあっちのソファで寝ていたはずなのに、どうして・・・。


差し込む朝日の中で見る彼は、昨日からは考えられない位に無防備で。


ついその寝顔に魅入ってしまう。



昨晩は、顔と身体についた傷ばかりに目がいっていたけど、こうして眺めてみると彼の顔の美しさに気づく。


閉じたまぶたには長いまつ毛が影を落として。

高い鼻梁びりょうと形のよい唇は、表情の分からない寝顔でさえ、彼を魅力的に見せていた。



一体、いくつなんだろう。



彼と深く関わるつもりなんてなかったのに、やはり気になってしまう。


昨日の夜は、「未成年」だなんて聞いて、慌てたけれど。

「マジで信じたの? 冗談に決まってんじゃん」と、カイは真に受けた私を見て笑っていた。


しかも、「渚は悪い男に騙されそうだから、気をつけた方がいい」なんて、自分のことを棚に上げて言い放つ始末。


完全に、からかわれているような気がしてならない。


やけに色気のある表情を見せる彼は、もの凄く年上にも見える反面。

無防備な寝顔ときめ細かい肌は、自分より年下なんじゃないかとも思えてしまう。



まさか、ね。



ちらりと頭によぎった考えを打ち消そうとした時、ピクリと動いたまつ毛がゆっくり持ち上がり。


彼の魅力を引き立てる魅惑的な瞳が現れた。



「・・・俺、視姦しかんされる趣味ねぇんだけど」


「なっ、私だってないわっ」



カイの言葉ではっと我に返った瞬間、今の自分の状況を思い出した。



「あなた、なんでここに居るのよっ」


「・・・はぁ? なぎさが言ったんだろ。怪我が治るまでなら居てもいいって」


「それはカイが、行くところがないって言ったから・・・じゃなくてっ」



本当に、自分のこの性格を呪いたい。


結局昨晩、傷だらけの彼を放って置くことなんてできなくて。


どこにも行くところがない、なんて言い出した彼に言われるがまま。


なぜか、怪我が治るまでならここに居てもいい、なんて流れになってしまった。


冷静に考えると、彼の話術に上手く丸め込まれてしまった気がするけれど。


彼のことが心配で関わったのは自分だし、その行動に責任を持てと言われてしまったら、追い出すことなんて出来なかった。


だけど・・・。



「なんでベッドで寝てるのかって聞いてんのっ。カイはリビングのソファって言ったでしょ」


「あー・・・、だって、あのソファ、寝てると肋骨が痛くなる」


「だからって、ベッドに入って来ないでよっ」


「別に、色気のない女になにもしねぇよ」


「ちょっ、失礼な。ったく、そういうことじゃないのっ。早く出なさいよ、もう」


ベッドから追い出そうと思い切り身体を押し出すと、途端にカイが苦痛に顔を歪めるのが見えた。



「痛ててて・・・」


「あ、ごめんっ」



そう言えば、怪我人だってことが、頭から抜け落ちてた。


ぱっと手を離すと、カイが上目遣いに見上げてきた。



「渚は、怪我人が硬いソファで寝てても平気なんだ」


「別に、そう言う訳じゃ、」


「ふーん、そうだよな。俺が痛くて眠れなくても、渚には関係ないもんな」


「・・・・・・」


「早く怪我治さなきゃ渚に迷惑掛けるって思ってたけど。でもそっか。元々俺がどうなろうが、渚には関係ないか」



その目・・・。


まるで捨て犬みたいに、すがるような瞳。


そんな瞳を向けられたら、私・・・。



思わずベッドの上にぐったりと両腕をついて、脱力してしまう。



「もうっ、分かったからっ。本当に治るまでだからねっ」



完全敗北宣言。



「やった、前言撤回はなしだからな」



にやり、黒い笑みを浮かべた彼を見て、またもや自分の性格を呪いたくなった。



「なぁ、渚?」


「なによっ」


「落ち込んでるとこ悪いけど」


「だから、なにっ」


「今8時過ぎてるけど、時間大丈夫?」


「・・・は? 今、なんて?」


「だから、8時過ぎだって」



ほら、とカイが見せたスマホの画面を見て、すっと頭の芯が冷えた。



「ちょっと、馬鹿っ! なんでもっと早く教えてくれないのっ」


「なんでって、渚だってなにも言わなかったろ」



ヤバい、完全に遅刻だ。


呑気のんきに横たわるカイをまたいで、慌ててベッドから飛び出した。



「どうしよう、もう間に合わないっ」



平日の今日は普段通り仕事があって、始業開始は9時。


このマンションは、職場から離れたところにある。

駅まで歩く距離も合わせたら、通勤時間は軽く1時間をこえる。



「ああ、お弁当も作れなかったっ」



今はそれどころじゃないのにパニックになって、そんなことも叫んでしまう。


お弁当以前に、メイクだってしてる時間がない。


急いで顔を洗って、歯磨きをして。

クローゼットから着替えを取り出して。


パジャマのボタンを外そうとして我に返った。



いやいや、ここではダメだ。



案の定、ちらりと視線を向けた先に、片肘をつきながら楽しげな表情でこちらを見ている男がいた。



「俺のことは気にせず、続きをどーぞ」


「する訳ないでしょっ」



手につかんだシャツをバサッと投げつけて寝室を出ると、背後からくすくす笑う声が追い掛けて来た。




「行ってくるから、カイは大人しくしてて。もし出掛けるなら、ここに鍵、置いておくから使って」


「分かった、さんきゅ」


行ってらっしゃい、というカイの声を背中で聞いて、部屋を飛び出した。



駅までの道のりで、上司に平謝りで遅刻の連絡をして。

海沿いにある道を足早に駆け抜けた。



潮騒しおさいが耳に心地よく届いて、遅刻の動揺で高ぶっていた心をしずめてくれる。


立ち並ぶ家の隙間から見える海の水面は、朝日を浴びてキラキラと光っていた。



海のそばに住みたくて選んだこの場所は、お気に入りの土地だけど。


流石にこんな時、通勤時間の長さは致命的。



会社に遅刻なんて、今まで一度もなかったのに。


いつもと違う朝というだけで調子が狂ってしまった。



まるでこれから先の波乱を予感しているような気がして、振り切るように首を横に振った。



大丈夫。


なにも知らない相手だけど、悪い人ではないだろう。


・・・多分。


なんの根拠もないただの勘だけど。


それでも、もしなにかが起きても、それは彼のせいじゃない。


それこそ、無条件に彼を信じた自分のせいだ。




大丈夫。


あの程度の怪我なんて、すぐに治るはず。


なんの関係もない男女が同じ屋根の下にいるなんて、普通ではないかもしれないけれど。


二人の間になにかが起こるなんてことも、あるはずがない。


これは、ただの人助け。


怪我が治ったら、これ以上関わることもないだろう。




そう思うのに。


なぜか、奴の笑顔が脳裏に焼きついたままだった。