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6話 約束

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 梅雨入りしたある日のこと。

 私たちはいつも通り、保健室でお昼ご飯を食べていた。


「そういえば、渋谷くんは?」


 隣に座ったアイナが小さなお弁当箱を開ける。

 私はパンの袋を開けつつ、足を組み替えた。


「知らなーい」


「今日は声かけなかったの?」


「別に。いつも誘ったりはしてないよ?」


 今日は、気づいたら教室にいなかったのだ。

 小南先生の恋の応援をしてからずっと、渋谷くんは私たちとお昼をいっしょにとるようになっていた。

 だから、アイナも不思議に思ったんだろう。


「なんだ? ケンカでもしたのか?」


「そんなことないですよー」


 アイナの隣に座った小南先生が首を傾げる。

 この人も、気づけばいつものメンバーだ。


「今日はサッカー部で食べてるんじゃないですか?」


「ふぅん。予選敗退の反省会でもしてるのかな」


(そっか、サッカー部……負けちゃったんだっけ)


 先日、渋谷くんたちは、インターハイの予選に敗れた。

 相手は毎年、県大会のベスト4に入る強豪。

 総合力で負けたサッカー部は3点差で初戦敗退となった。

 いくら小南先生がコーチになったとはいっても。

 就任から1週間ではどうしようもなかったみたいだ。


(もしかして、落ち込んでたりするのかな)


「コーチなのに、ここでご飯食べてて良いんですか?」


「いいのいいの。反省会は生徒だけでやった方が」


「そういうものですか?」


「それに、先生だってお昼くらいは癒されたいからな!」


 小南先生はちらりと、少し離れたデスクに目を向ける。

 そこには神田先生がいた。


(神田先生が目当てだってのはわかってるけど)


「また逃げられちゃっても知りませんよ?」


「う……」


 パンをひと口かじる。


(っていうか、なんで渋谷くんのことを私に聞くんだ)


 そんなことを思ってると、不意にノックの音が響いた。


「どうぞ」


 神田先生が箸を置いて答える。

 すると、戸が開いて、2人の男子が顔を見せた。


「こんにちは」


「あら、渋谷くん?」


 渋谷くんは部屋の中を見渡して、私に目を留める。

 その後ろには……。


「失礼します」


(駒込くん!?)


「怪我かしら?」


「いえ、ちょっと上野と大塚に用があって」


 渋谷くんが答える。

 すると、神田先生は小さくため息を吐いた。


「……保健室も、ずいぶん賑やかになったわね」


「す、すみません」


 責めるような視線に、思わず謝ってしまう。

 ここ最近、私たちはずっと保健室を占領している。


「はぁ……1年生の彼もここで食べるの?」


「いいですか?」


「どうぞ。椅子が足りないけど」


 言いかけて、神田先生は小南先生を見た。


「小南先生には食堂に行ってもらいましょう」


「え?」


 急に話を振られて、小南先生が目を丸くする。


「ほら、生徒に席を譲ってあげてください」


「そ、そんな……。おい、渋谷っ!」


「いや、俺にあたらないでくださいよ」


 小南先生が恨めしそうに渋谷くんを睨む。

 すると、神田先生は苦笑して、お弁当箱をたたんだ。


「私も、今日は食堂に行こうかな」


「え?」


「大塚さんのための話し合いでしょ。大人は席を外すわ」


「神田先生……ありがとうございます」


「いえいえ。ほら小南先生、早く行きますよ」


「は、はい!!」


 バタバタと弁当を閉じて、小南先生が立ち上がる。

 そして、部屋を出ようとした神田先生の後を追いつつ、小南先生はにっこりと笑った。


「渋谷! ナイスアシスト!」


(現金な先生だ)


「こなんコーチって、あんなカンジなんですね」


 ふと、今まで黙っていた駒込くんが呟いた。


(そうだ、駒込くん!)


 私はちらりと渋谷くんを見上げて、笑みを浮かべる。


「渋谷くん、ちゃんと約束覚えてたんだね」


「大会もひと段落したからな。待たせたけど、手伝うよ」


 渋谷くんはニヤリと笑ってサムズアップ。

 そのまま、肩ごしに駒込くんを振り返った。


「おいトオル、突っ立ってないでこっち来い!」


 渋谷くんが呼ぶと、駒込くんはゆっくりと歩いてきた。


「こいつは上野。そっちが大塚な」


「駒込くん、よろしくね」


 紹介を受けて、私は軽く手を振る。

 そしてアイナは――。


「……っ!」


「ちょっと、アイナ?」


 いつの間にか、私の後ろに隠れてしまっていた。


「ほら、前に話してた駒込くんだよ」


「う、うん」


「怖い人じゃないから、ちゃんと挨拶して」


「……なんかお前、おふくろみたいだな」


「渋谷くん、茶々入れない!」


 からかってくる渋谷くんをひと睨み。

 そして、背後に隠れたアイナの肩を叩く。


「はじめまして……大塚、アイナ……です」


「こちらこそ、はじめまして。1年の駒込トオルっていいます」


 駒込くんはゆったりとお辞儀をする。

 相変わらず、礼儀正しい後輩だ。


「渋谷先輩と同じサッカー部です」


「そうなんだ……よろしく、ね」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 2人は頭を下げ合って、そのまま沈黙する。


「えっと……梅雨に入ってからというもの、落ち着かない天気が続いていますね」


「え? あっ、そうですね。今から梅雨明けが待ち遠しいです」


「「…………」」


 私はその様子を見守りながら、額に手をやった。


(……お見合いか!)


「トオル、お前には大塚のフォローを頼むわ」


「うす」


「とりあえず、今日から昼飯はここに集合な」


「わかりました」


 駒込くんは少しも戸惑う素振りを見せず、コクコクとうなずいた。

 本当に、渋谷くんの言うことなら何でも聞くみたい。


「あの、急に呼び出しちゃったみたいでごめんね?」

「い、いえ!」


 声をかけると、駒込くんは大げさに背筋を正した。


「上野先輩からのご相談とうかがっていましたので!」


「あれ? 私のこと、覚えててくれた?」


「もちろんです!」


 やけに張り切った声で、駒込くんが答える。

 急激な変化に、視界の端でアイナが震えていた。


「上野先輩、昔はよく僕たちと遊んでくれましたよね」


「あはは、懐かしいなぁ」


 駒込くんとは、小学生の時に会ったきりだ。

 渋谷くんといっしょに近所の公園で遊んでいて。

 私も時々、いっしょになることがあった。

 彼は中学生に上がる時に学区外に引っ越したから。

 同じ学校にいるって気づいたのも、つい最近。


(ちゃんと覚えてくれたのは、少し嬉しいな)


「……なぁ」


 感動していると、渋谷くんが話に加わってきた。

 彼はきょとんとした顔で、駒込くんを見下ろしている。


「トオル、お前なんか変じゃね?」


「え? そうですか?」


「喋り方、変わってんぞ」


「あ……」


 渋谷くんが指摘する。

 すると、駒込くんはハッとして、耳の後ろを掻いた。

 言われてみると、彼の話し方は少し丁寧過ぎる。


「そういえば、前はもっとラフだったよね」


「……そんなことねぇっスよ」


「言い直さなくていいと思うけど……」


「……すんません」


「さっきの優しいカンジ、私は好きだよ」


「そ、そうですか……? じゃあ、こっちで」


 笑いかけると、駒込くんは軽くはにかんだ。

 その隣で、渋谷くんは相変わらず目を丸くしている。


「とりあえず今日は大塚と話してみろよ」


「わかりました……大塚さん、大丈夫ですか?」


 渋谷くんが促すと、駒込くんはアイナに顔を向けた。

 その瞬間、アイナの身体がビクリと跳ねる。


「えっと、緊張しないで平気ですよ」


「は、はい!」


「……すぐには難しそうですね」


 駒込くんは距離を保ったまま苦笑する。

 2人の会話は、前途多難なカンジだった。


(ちょっと心配だけど……駒込くんなら大丈夫だよね?)




 そして、放課後。


「ごめんね……カオリちゃん」


「うーん」


 結局、アイナはあの後も黙りっぱなしだった。

 ずっと私の服の裾を掴んでいて。

 駒込くんが話しかけても、視線をキョロキョロ動かすだけ。


「渋谷くんの時はあんなに緊張してなかったのに」


「……だって、渋谷くんは小学生の時に知ってたし」


「あぁ、なるほどね」


「カオリちゃんの初恋だし」


「それはもう忘れてよ……」


 ため息を吐いて、私は下校路をたどる。

 アイナは肩を落として、トボトボと後をついてきた。


「駒込くん……いい子だよね」


「でしょ」


 アイナの独白に、私はうなずいた。


(渋谷くんがアイナのことを伝えてくれてて、助かった)


 初対面で失敗しても、駒込くんは気を悪くしなかった。

 授業が始まる前には、次の約束をしてくれた。


「小学生の時から変わってないみたいでよかったよ」


「うん……私、明日はもう少し頑張るから……」


 消え入りそうな声に、私は振り返った。

 茜色に染まった道で、少し離れた位置。

 マスクと眼鏡で顔を隠したアイナが立っている。


「……急がなくていいよ。まだ6月じゃん」


「でも……」


「アイナのペースで、ゆっくりやっていこうよ」


 笑いかけて、一歩踏み出す。


「無理したっていいことないって、わかるでしょ?」


「うん」


「不安だったら、私がついてるからね」


 手を握ると、アイナは少し笑ってくれた。

 頑張ってくれるのは嬉しい。

 でも、それで彼女が辛い思いをしたら意味はない。


(アイナが少しでも楽になってくれたらって思ったんだ)


 だから私は、駒込くんにお願いした。

 それが逆に彼女を苦しめるなら、本末転倒だ。


「ありがとう、カオリちゃん」


「はいはい。あ、家ついちゃったね」


「上がっていく?」


「んーん。今日はまっすぐ帰る」


「そっか……」


 アイナの家の前で、私たちは手を振り合う。


「また明日ね」


「うん、カオリちゃんまたね……」


 アイナは家の扉を開けて、私を振り返った。

 そして、柔らかく笑ったかと思ったら。

 “大好きだよ”って可愛い言葉を私にくれる。


「じゃ、じゃあね!」


(逃げた……照れるなら言わなければいいのに)


 バタン、と音を立てて扉が閉まる。

 私は髪を指先で弄りつつ、空に視線を逃がした。


――ピコン。


(ん、メッセージ?)


 スマートフォンから通知音が鳴る。

 ロック画面に、渋谷くんの名前が浮かんでいた。

 デートごっこの時に交換してから、初めての連絡。

 私は不思議な感覚を抱きつつ、アプリを開いた。


シブヤ:いまどこ? ヒマ?

カオリ:アイナ送ったところ。なにか用事?

シブヤ:駅前のファミレス来れる?


 画面を流れるメッセージを目で追う。


(なんだろう、渋谷くんが誘うなんて珍しいな……)


カオリ:行けるけど、なんで?

シブヤ:トオルが、大塚のこと聞きたいらしい。


 少しドキドキして返信して、すぐに納得した。


(なるほど。2人とも、真剣に考えてくれてるんだなぁ)


 感謝の気持ちが胸の中に沸いてくる。

 私は丁寧に、彼らへの返信を打ち込んだ。


カオリ:わかった。15分くらいかかるよ。




 アイナの家から駅前に方向転換。

 15分かけて、私は待ち合わせ場所にやってきた。

 そのまま、安さが売りのファミレスに入る。

 すると、奥側に2人の男子が座っているのが見えた。


「おまたせ」


「おう」


「上野先輩、お疲れ様です!」


 後ろから声をかけると、渋谷くんはダルそうに。

 駒込くんは元気よく返事をする。


(なんか、対照的な2人だなぁ)


「急にお呼び出ししてしまってすみません」


 駒込くんが立ち上がるので、慌ててそれを制す。


「平気だよ。こっちこそ、待たせてごめん」


「どうせヒマだっただろ?」


「渋谷くんはうっさい。ほら、席詰めてよ」


「おい、押すなっつの!」


 ソファ側の真ん中に陣取った渋谷くんの肩を押す。

 渋谷くんは眉をひそめつつ、場所を開けてくれた。

 席について、ひと呼吸。


「さて、アイナのことだよね」


「はい。聞いていいか、迷ったんですけど」


「ううん。私から話すべきだったよね」


 眉根を下げた駒込くんに笑いかける。

 アイナには悪いけど、これからお世話になるのだ。

 駒込くんには、知ってもらうべきだろう。


「じゃあ、話そうか」


 それは、中学3年生の冬のことだった。


 思い返すたびに、私の胸は締めつけられる。




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