恋愛小説が
全部無料で読み放題!
小説投稿もできる!
今すぐダウンロード!

4話 The Gale

閉じる

「あ、あのっ…!」


「あ? ……は? え、誰だお前」



 ドクドクとうるさい鼓動を抑え込みながら声をかけると、テーブルを囲んでトランプをしていた派手な髪色の男達が顔を上げる。


 彼らが私を見て一様に驚いた表情をしていることになど気づく余裕もなく、私は背後からの双子の視線に耐えるように声を絞り出した。



「―――この方を、ご存じないでしょうか!」




 さかのぼること、数十分前。


 連日マンションへ足を運んでいた私は、その心労を週末の休暇で癒そうとしていた。


 自宅のリビングでくつろぎながら、昨日志鷹したかさんから聞いた話を思い出す。しかし、考えれば考えるほど途方もない要求だとしか思えず、私はソファーのクッションに顔を埋めた。


 突然チームだのネックレス探しだのと言われて戸惑っているのに、その上あの双子の欠陥をどうにかしてほしいなんて。そもそも彼らの欠陥というのは何なのか。


 私がもっと冷静に物事を見極められる人間だったらよかったのだろうか。残念ながら賢くなく、機転が利くわけでもない私には、この非日常的な展開をどう捉えればいいのか分からない。


 どうすればいいの、と小さく唸っていた私は、「どうしたの? 姉さん」という声にクッションから顔を離した。



奏汰かなた…」


「今日はどこにも出かけないんだね」



 素っ気ないほどクールに尋ね、奏汰は私の隣に腰かける。ニュースを見ながらコーヒーを飲む姿は、到底中学生には見えなかった。



「うん。今日と明日は家の中でゆっくり過ごそうかなって思って」



 というのも、昨夜遅くに逢坂さんから『土日は来なくていいよ』というメールが携帯に来ていたのだ。


 初日に念のためと言われアドレス交換をしていたものの、まさか連絡が来るとは思っていなかった。因みに本名での登録は避けるように、ということだったので、“王子さん”と登録している。


 何にせよ、マンションに行かなくていいという言葉は、私に大きな安堵をもたらした。


 これからどうなるのかは分からないが、少なくともこの二日間は彼らに会わずに済むのだ。



「平日は帰りが遅くなるから、友達と遊ぶなら土日にすればいいのに」



 私の方を見ずに告げる奏汰に、冷や汗が流れる。



「ご、ごめんね。夜ご飯の当番代わってもらって。…えっと、もしかしたらこれから何日かはこんな感じになるかもしれないから、その間は私が朝ご飯つくるね!」



 私達は姉弟二人暮らしのため、家事は当番制で行っている。昼は学校の食堂で食べ、朝と夜は毎日交互につくるようにしていたのだが、マンションに呼ばれるようになったせいで、夜ご飯をつくる時間がなくなってしまったのだ。


 「別にいいけど」と奏汰は言う。しかし私は嘘をついていることもあり、罪悪感が募った。


 一刻も早くこの状況をどうにかしなければ、と思った矢先、テーブルに置いていた私の携帯が鳴る。


 表示された知らない番号を見て、私は誰だろうと思いながらも電話に出た。



『もしもーし! 御守みもり叶美かなみの携帯であってるか?』


「っ…!?」



 大音量で聞こえた声の主に驚き、危うく携帯を落としそうになる。


 いぶかしげな顔で見てきた奏汰から逃れるようにリビングを出て、一度深呼吸をしてから再度携帯を耳に当てた。



「も、もしもし?」


『お、やっと返事したな。遅せーよ。俺達には時間がないんだからな』



 わざと尖った口調をつくっている、電話越しの相手。



「どうして私の番号知ってるの? 春…、えっと……」


春陽はるひ



 声を聞いてすぐに双子だと分かったが、彼らは容姿だけでなく声まで同じだ。どちらなのか、判断がつかなかった。春陽くんは続ける。



『お前、今から出て来れる? てか来い』


「え、どういうこと? それに、どうして私の番号知って…」


『いいからさっさと準備して来いよ。場所は駅南口の時計の前な。時間は今から二十分後。一秒でも遅れたら、お前の個人情報を一切合切ネットにばらまくから』


「ちょ、待っ…!」



 春陽くんは、私の言葉を完全に無視して通話を切る。私は放心して画面を見つめた。


 最後に告げられた脅迫まがいの台詞を、頭の中で何度もリピートする。意味を理解した瞬間、サアッと血の気が引いていった。



「奏汰! ごめん、ちょっと行ってくる!」



 二階の自室に駆け上がって外着に着替え、バッグに携帯と財布だけ入れて玄関に走る。


 奏汰がリビングから顔をのぞかせるより早く、私は玄関を飛び出した。




 二十分後、息を弾ませる私の前には、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべる二人の悪魔が立っていた。



「ぎりぎりセーフだな」


「ま、ちゃんと来たから許してやるよ」



 悪魔改め双子は、Tシャツにパーカー、ジーンズという格好だ。パーカーの色はピアスと同様紫と青の色違いだが、それ以外はスニーカーまで全ておそろいだった。


 家から駅まで徒歩十五分。途中で三度信号に引っかかるタイムロスがあったのに間に合ったのは、駆け足でここまで来たからだ。


 これが双子でなく他の人物ならば、あんな脅しは嘘だと思えただろう。しかしこの二人は、一秒でも遅れれば本当に実行するという確信があった。



「そ、それで、いったい何の用?」



 ようやく落ち着いてきた呼吸を整え尋ねると、双子は答えるより先に私の両腕をつかんで歩き出す。



「喜べ叶美。今日は俺達直々にスパイ活動の基本を叩き込んでやる」


「俺達に教えてもらえるとか光栄だろ。せいぜい感謝しろよ」


「スパイって…、ええ!?」



 スパイというと、映画やドラマに出てくるあれだよね。それを、私に?


 だめだ。どういう経緯でそうなったのか、まったく話が理解できない。


 展開についていけない私を、容赦なく引っ張って進む二人。二人の嬉々とした表情を見せつけられ、私はつい最近同じことがあったなと、潔く抵抗を諦めた。


 双子の足が止まったのは、白壁がおしゃれな雰囲気を漂わせている、とある店の前だった。


 賑やかな繁華街から一本脇道にそれると、それだけで別の街に来たような静けさが広がっている。店は、そんな人通りの少ない場所にひっそりと佇んでいた。



「ここは?」



 看板がないので、一見しただけでは何の店なのか判断できない。味のある木製のドアには、凝った模様が彫られており、同じ模様が壁の装飾品にも描かれている。


 通りに面した窓も数個あるが、スモークガラスになっているため外から店内を覗くことは不可能だった。



「ただの喫茶店だよ」


「不良行きつけの、な」


「ほら、行くぞ」



 不良行きつけという言葉に硬直する私を押して、二人は一ミリの躊躇ちゅうちょも見せず、ドアを開ける。


 なぜか最初に押し込まれた私は、店内を見渡す暇さえなく、カウンターにいるがっしりとした体格の男性と目が合った。



「こんにちは…」



 咄嗟とっさに笑顔であいさつをする。しかし、シャツがめくり上げられた男性の腕に、見てはならないものを見つけてしまい、ピシリと固まった。


 ―――あれって、い、刺青…!?


 完全に頭が真っ白になっていた私は、その男性が自分と同じように目を見開いていることになど気づくはずもなく、さらには後ろにいる双子が楽しそうに笑っていることなど尚更知るよしもない。


 はたから見れば、きっとかなりおかしな表情で見つめ合っていた私と男性。その沈黙を破るように、双子が私の前に出る。



「おっ久ー。暫く見ないうちにまたごつくなったね、マスター」


「水に浮かばなくなる前に筋トレやめた方がいいんじゃねー? あ、俺達コーラね」



 そう親しげに言いつつカウンター席に座り、呑気のんきに注文まで済ませてしまった。



「…お前ら、またよからぬこと考えてんのか」


「えー、何それ。俺達がいつよからぬことを考えたっていうんだよ」


「そうそう。俺達みたいな善良な市民が考えることなんて、いつだって正義のことに決まってんだろー」



 あっけらかんと答える二人に閉口する男性。左右が刈り込まれた短い黒髪で、大柄な上に筋肉質。熊みたいだと思った。


 じっと見ていたせいか、男性の視線が私に向く。怖そうな見た目とは反対に、穏やかな声が発せられた。



「あー、そこのお嬢さん。ここは物騒なやつらも出入りしてる店だが、基本的にクズは来ないから安心してくれ。…って、俺が言っても説得力はないだろうが」


「あ、そんなこと、ないです。あの、お気遣いありがとうございます」


「ああ、いや、こちらこそ」


「何この会話」


「あれだろ。お人よしどうしだから」



 互いに頭を下げ合う私達を見てそう言うと、双子は「そんなことより」と私を無理やり二人の間のいすに座らせた。



「ここに来た目的、覚えてるよな」


「ほら、向こう見ろよ。気づかれないようにだぞ」



 左側にいた紫のピアスをしている方、春陽くんに頭を掴まれ、ぐるりと背後に回される。  


 うっ、ゴギッて、ゴギッて変な音したよ今。



「あっちのテーブルにいるやつら。あれ、この街ではわりと穏健なチームのメンバーだからさ、今からこれ持って質問して来いよ」



 右側の春翔はるとくんから一枚の紙を差し出され、それに目を落とす。



「……えっと、これは?」


「見て分かるだろ。似顔絵だよ」



 似顔絵、ということは人間!? てっきり怪獣か何かだと…。


 お世辞でも上手いとは言えない絵に頬が引きつるも、当然指摘することはできず押し黙る。



「こいつは今俺達が探してるチームのリーダー…らしいんだけど、名前までは分かってない。だからとりあえずお前は“この人知りませんかー?”ってきいてくればいいだけだから」


「私が!?」


「お前の他に誰がいるんだよ」



 いやいや、自分達で行けばいいじゃないか。


 渋る私を「さっさとしろよ」と急かす双子。最終的に“個人情報流出”という言葉に負けた私は、恐る恐る奥のテーブルに向かって歩き始めた。


 そんな私達を見てマスターさんは、「あんな純情そうな子をいじめてやるなよ…」とため息をついていたそうなのだが、緊張でガチガチになっていた私の耳には届かなかった。




 そして、冒頭に戻る。



「…な、何でここに女がいるんだ?」


「てかこの絵、半端なく下手だな。宇宙人かよ?」


「っ!? ば、バカ! あれ見ろあれ!」


「あ? …っ、ダブルハル!?」



 ぎゅっと目をつむって紙を突き出している私は、男達のそんな会話も聞こえないほどに“赤、青、緑、何でそんな変な髪色? 野菜にでもなりたいの?”と、混乱した頭で考え続けていた。


 もう嫌だ。走って逃げたい。そう思った矢先、不良の一人が私に向かって口を開く。



「何つーか、その、あんたも不憫だな」


「え?」


「まあとにかく、この絵じゃちょっと分かんねえよ」


「で、ですよね…」



 何だろう。なぜだか憐みの視線を向けられているような気がする。


「にしても、あいつらに気に入られるとか、かわいそすぎるぜ」


「でも女って珍しいよな。しかもめっちゃ可愛いし」


「どっちかの好みだったんじゃね?」


「マジかよ。それはさらに危険だな」


「ちょっとお前ら、勝手なこと言ってると潰すよ?」



 ―――と、いつの間にかすぐそばにやって来ていた双子に、男達はぎょっとして叫ぶ。



「これじゃ合格点はやれないな」



 そう言って不満そうな顔をしている二人に、私は気が気でない。


 …というか、何なんだろうこの状況。


 男達は皆身を引きながらも、双子に何やら文句を言っているし、双子も手慣れた様子でそれをあしらっている。どう見ても知り合いといった感じなのだが。



「だいたいお前ら、気が利かなすぎ。俺達が楽しめるように演技の一つでもしてみせるのが、部下の役目だろ」


「はあー? 誰が部下だとこの野郎!」


「何だよ。何か文句あるの? メ、グ、ちゃーん?」


「テメエらぶっ殺すっ!」



 バンッとテーブルに手をついて立ち上がった、緑の髪をした男。今にも双子に殴りそうなその人を見て、私は恐怖からふらりと倒れそうになる。


 双子はあからさまな敵意を向けられているにも関わらず、至極楽しそうに笑っていた。


 新しいおもちゃを与えられた子どものように無邪気で、しかし確実に相手の苛立ちを増幅させる笑みだ。


 悪魔だ。やはりこの二人を形容するのにこれほど的確な言葉はない。



「も、もうやだ…」



 乱闘が始まりそうなピリピリとした空気に、その場から後退する。いっそのことこのまま店を出ようかとも考えたところで、不意に背中に衝撃を感じて振り返った。



「あ、」


「まさかとは思ったけど、あいつらがここまで考えなしだとは…」



 そこにいたのは、眉をひそめて騒動を見つめる逢坂おうさかさんだ。



「どうしてここに?」


「それは俺の台詞だよ。土日は休みあげたのに、何でハル達と一緒にいるの?」


「それは、その、電話で呼び出されたんです。……個人情報を盾に脅されて」


「大方、俺のパソコンでも勝手に見たってところかな。あのクズども、やっぱり一回きちんとシメておくべきだね」



 逢坂さんの口から、容姿には到底似つかわしくない単語が飛び出して来た気がする。…が、ここは敢えて聞こえなかったふりをしておこう。



「幹部だからって調子乗ってんじゃねーぞっ。腕っ節の強さなら俺だって……、あっ! お、逢坂さ…」


「は? …っ、」


「いって!」



 緑の髪の男が驚いてその名を口にし、振り返った双子に逢坂さんが拳を振り下ろす。ゴッと鈍い音がして、頭を殴られた双子はずるずるとしゃがみ込んだ。



「ぐっ…、お、王子、何で」


「うっ、今日は家の用事で来れないんじゃなかったのかよ」


「予定が変わったんだよ。そんなことより、いったいどうしてあの子をここに連れて来たのか言ってもらおうか。場合によっては、このまま海に沈めてもいいんだけど」


「げっ! やばい、ハル!」


「叶美、お前も来い!」


「え!? きゃあ!」



 双子は黒いオーラをまとってにこりと微笑む逢坂さんから逃れ、私の腕を掴んで走り出す。


 「店のもの、壊すなよ」というマスターの声が聞こえたのを最後に、私の背後で店のドアが勢いよく閉まった。




「ああくっそ。まだ頭痛い」


「思いっ切り殴りやがって、王子のやつ」



 店が見えない場所まで走ると、二人はようやく足を止めた。逢坂さんは追って来ていないようだ。


 私はなぜ毎回、この双子に引っ張り回されることになるのだろうと思いながら、二人に尋ねる。



「どういうことなの? どうして逢坂さんが?」


「まあ、手っ取り早く言えば、あの店は俺達の仲間が集まる場所なんだよ」


「いわゆる、溜まり場ってやつ」


「え、じゃああのメグさんって人達も…」


「ぶっ、メグさん…! ウケる!」



 爆笑する春陽くん。わけが分からずに首をかしげると、春翔くんが軽く説明を入れた。



「あの緑頭、本名は鈴田すずた恵一けいいちっていうんだよ。恵一の恵の字を取って、あだ名がメグね。もちろん、あの場にいた全員仲間。ついでに言うと、幹部の俺達より下のやつらな」



 なるほど。でも、彼らが仲間だったということは。



「二人とも、私をだましたの!?」


「だましたとは人聞きの悪い。俺達別に仲間じゃないとは言ってないだろ?」


「な、なんて屁理屈…!」



 酷い。酷すぎる。私がどれだけ勇気を出して声をかけたと…。


 凄まじい疲労感に襲われる私をよそに、二人は悪戯成功とばかりに喜んでいる。


 改めて理解した。この双子は、台風みたいだ。望むと望まざるとに関わらず、近くにいる人間を容赦なく巻き込み、直進する。


 それを心の底から楽しんでいるから、たちが悪いことこの上ない。



「なーに疲れた顔してんだよ」


「そういやお前、全然笑わねーよな」



 全く笑えない状況に追い込まれているのに、笑っている方がおかしい。


 きっとそんなこと、この二人は少しも思わないのだろう。



「別にいいけどさ。じゃあ今日は特別に家まで送ってやるよ」


「その代わり、お前は俺達にありがとうって言うんだぞ」



 お礼まで強要されるのか。そして、それはありがた迷惑というものだ。


 住所を知っていることについては、もう何も言わない。でも、家までついて来られては困る。


 それ以前に、こうして街で有名な双子と話しているところを知り合いに見られないかと、ひやひやしているのだから。


 しかし、断ってもそこは双子。私の言うことなど無視してついて来る。結局家の近くまでやって来てしまった二人に、私は「もうここまでで大丈夫だから!」と思い切って告げた。



「送ってくれた相手にその態度はないだろ」


「ほら、俺達に言うことは?」


「……ありがとう」


「声が小さい!」


「ありがとうございました!」


「よっし、合格!」



 私はいったい何をしているのだろう。情けない気分になりつつ「それじゃあ、」と家の方を見た私は、玄関から顔を覗かせていた奏汰とばっちり目が合い、動きを止めた。


 隣でまだ何か騒いでいた二人も、私の視線を追って口を閉じる。


 どうして、という疑問よりも、まずい、という感情が先に来た。



「か、奏汰、どこか行くの? コンビニとかなら私が代わりに行くよ!」



 奏汰は焦る私から後ろの双子へと視線を移し、再び私に戻す。


 そして、どこまでも無表情のまま口を開いた。



「―――姉さん、その人達、誰?」