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7話 15歳の傷

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 それは中学3年生の秋のことだった。


 高校受験で、みんながピリピリしてるころ。

 私とアイナがいた部活、吹奏楽部は10月までコンクールがあったんだ。


「ソロパート、アイナに決まったんだね。おめでとう!」


「ありがとう、カオリちゃん」


 アイナは、今よりもっと明るく笑う子だったんだ。

 小南先生と話してる時が近いかな。あんな感じね。


「勉強の方はどう?」


「いくらやっても不安だよ~」


 そのころ、私は受験勉強で忙しくてね。

 少し前から部活は引退気味だったの。

 アイナはさっと推薦が通って、部活を頑張ってた。


 あの子は何でもできたんだ。

 漫画のヒロインみたいだった。


 ……話がそれちゃったね。

 最初に異変を感じたのは……そう。

 コンクールの練習が始まった日だった。


「アイナ?」


「……あ、カオリちゃん」


 放課後の教室で、アイナは座り込んでた。

 何もないところを見つめ続けてたみたい。

 私が話しかけるまで、ずっと。


「今日から練習でしょ?」


「うん……あはは、緊張しちゃってるのかなぁ」


「アイナが緊張なんて、雨でも降るんじゃない?」


「ふふ、ひどいなぁカオリちゃんは」


 その時は、なんとも思わなかったんだ。

 でも、ほんとはずっと前から。


 ……アイナへのいじめは始まってたんだ。


 渋谷くんたちは男子だから、わからないかもね。


 原因は嫉妬だったんだよ。


 部活って、自然とグループができるじゃない?

 女の子って、それがすごく強いんだ。

 で、ボスっていうか、リーダーが1人か2人できる。

 顔が綺麗、勉強が得意、ファッションセンスがある。

 あとは、お金持ち……とかね。

 そのコミュニティで重視される要素を持つ子。

 そういう人が、トップに君臨するんだ。


 吹奏楽部の場合は、演奏の腕と会場で映える容姿だった。


 話は戻るけど、アイナは何でもできた。


 ソロパートを任されるくらい演奏が上手。

 それに、見ての通り可愛いでしょ?

 でも、グループのリーダーに興味がなかった。

 私にべったりだったし。

 狭く深い付き合いをしたがる子だったからね。

 グループとか気にせず、ただ部活を楽しんでた。


 そうなると、今のグループのリーダー。

 ……Aさんって呼ぼうか。

 その子は気が気じゃなかった。らしい。

 自分より上の子が気に入らないタイプだったみたい。


 だから、アイナを排斥しようとしたんだ。


 部員に根回しをして、アイナを悪者に仕立てる。

 そうして、自分の地位を守ろうとした。

 そんなくだらないことが、いじめのきっかけだった。


「今日さ、練習見に行っていい?」


「え?」


「アイナのソロパート、1回聞いとかないとね」


「……うん」


 コンクールの練習がはじまって少し経った頃。

 私は勉強の気分転換に、練習を見に行くことにした。

 今まで、アイナはずっと私に話しかけてたから。

 部活のメンバーと仲良くできてるか心配だったしね。


 ま、遅すぎたんだけど。


「では、最初に通しで演奏してみましょう」


 顧問の先生の号令で、演奏がはじまった。

 アイナのフルートは、やっぱり音色が綺麗だった。

 彼女が立つだけで場が華やかに見えた。


 文句つけられないくらい。

 アイナの演奏は完ぺきだったんだよ。


「素敵だったわ。特に大塚さん!」


(わ、アイナが褒められてる)


「ソロパートを任せてよかったわ」


「……ありがとうございます」


(すごいな、さすがアイナだよ)


 アイナが褒められて、すごく嬉しかった。

 でも、その幸せはすぐになくなっちゃった。


「先生、あとはいつも通り、自主練で大丈夫ですか?」


 Aさんが告げると、顧問の先生は満足そうに笑った。

 そして、先生が音楽室を出たあと。

 それからが最悪だった。


「じゃ、もう一回通しで演奏するよ」


「はーい」


 部員たちがニヤニヤ笑って、私の方を見る。

 その瞬間、ゾクリと背中が震えた。


(え……なに?)


 演奏が始まってすぐ、異変に気づいた。

 アイナのフルートの音が、乱れはじめたの。

 さっきまであんなに綺麗だったのに、ガタガタ。

 ソロパートの時は、不自然な高音が飛び出たりね。

 その原因は……。


「ちょっと!」


「大塚さん、なんで手を抜いてるの?」


「先生の前ではちゃんとしてたのにね」


 部員たちが演奏をやめる。

 そして、一斉にアイナを責めはじめた。


(うそ……)


 私の目からはハッキリと見えた。

 アイナの隣に座った部員が、邪魔をしてたの。

 不自然に肩をぶつけたり。

 あからさまに足を踏んだり……ね。


「ごめんなさい」


 アイナは表情を消して、謝ってた。

 その瞬間、私はようやく状況を理解したんだ。


「ちょっと、あんたら何してんの――!?」


 でも、すぐに言葉が出なくなった。

 部員たちが一斉に、私の方を見たの。

 機械みたいに、冷たい目でじっと。


「受験で忙しいんでしょ。邪魔しないで」


 冷たい声が音楽室に響いて、吸い込まれてった。

 私は怖くて、なにも言えなくなって……。

 アイナの手を引いて逃げることしかできなかった。


 心臓はバクバクと音を立てて。

 汗が頭の後ろからブワって噴き出していた。

 血の気が引くっていう感覚を始めて理解した。


 貧血に似てるんだよね。

 頭の中が真っ白になっちゃうの。


「カオリちゃん……」


「なんなの、あいつら。なんで、アイナを……」


 廊下に出て、私は震えた。

 背にした音楽室が、見たこともない景色に見えた。

 壁越しに、みんなが笑っているのが聞こえた。

 アソコは、私の知ってる吹奏楽部じゃなくなってたんだ。


「……もう、カオリちゃんは部室に来ない方がいいよ」


「アイナ……なに言ってるの?」


「私はね。平気だよ」


 アイナは表情を失ったまま、静かに呟いた。


「でも、カオリちゃんが目をつけられちゃったら困る」


「そんなこと――」


「おねがい!」


 私の言葉を遮って、アイナの声が廊下に響いた。


「私1人なら、平気なの……お願いだから」


「アイナ……」


 その言葉を信じたのは、間違いだった。

 アイナがいくら強くても、駄目だった。




 アイナへのいじめは続いた。

 彼女はクラスでも笑わなくなって。

 私とも、あんまり喋らなくなった。


「カオリちゃんまで嫌なことされるのは駄目」


 それが、口癖みたいになっていた。

 そのせいで、私はその問題に関わらせてもらえない。

 もちろん、それで引き下がったわけじゃないよ。


「大塚さんとみんなが?」


「はい」


 私は顧問の先生に相談したの。

 でも、あいつらはこっちにも手を回していた。


「そういえば、大塚さんの態度が悪いって聞いたわ」


「え……?」


「上野さんもその話をしに来たの?」


 顧問の先生にはね。

 “アイナが増長している”って話が届いてたんだ。

 練習で手を抜くとか。

 グループの雰囲気を悪くするとか、ね。


(――なに、それ)


 私はちゃんと説明したよ。

 でも……。


「ケンカしてるのね。困ったわ」


 先生には、軽く受け止められちゃった。

 大人からしたら、私もあいつらも同じ“子ども”。

 私はアイナを庇っている。

 そんな風に、思われたんだね。


 その後、私は色んな先生に相談した。

 でも、すぐに解決できる問題じゃなかったんだ。

 コンクールが大きな賞だったのも良くなかった。

 10月のコンクールって、一握りの学校しか出れないの。

 だから、問題を大きくできなかったんだね。


 それで、解決しないまま時間が過ぎていった。


「私、部活辞めるよ」


 コンクールの1週間前に、アイナが言ったんだ。


 私は反対したよ。

 あんな奴らのせいで、あんな、馬鹿な奴らが……。

 アイナにコンクールを諦めさせたのが許せなかったんだ。


「ダメだよ! アイナは何も悪いことしてないじゃん!」


「でも……」


「部活辞めるなんて、あんなのに負けるなんて……」


「……」


「あんたらしくないよ」


「……うん」


「がんばろう? 絶対に解決できるから」


 “がんばって”


――アイナはもう、充分にがんばってた。


 “負けないで”


――そう言って、あの子の逃げ道を塞いだ。


 “あんたらしくない”


――これが一番アイナを傷つけたと思う。


 これ、全部NGワードだったんだ。


「コンクール、見に行くよ」


「――っ」


「応援する……アイナを1人にしないから」


「……わかった」


 アイナは私の説得で部活を続けた。

 そして、コンクールの当日。

 開場のアナウンスを私は1人で聞いてた。


『間もなく開場となります』


「…………」


 アイナは来なかった。

 全部の学校の演奏が終わっても、連絡はなくて。

 アイナのソロパートは、Aさんが代理を務めた。

 一応練習してたんだって。

 ヒーロー気取りで、アイナの場所を奪ったんだ。


 悔しくて泣いたよ。

 でも、その時の後悔なんて軽いものだった。




 欠席は体調不良だってことになった。

 11月の終わりまで、アイナは学校を休んだ。

 そして、吹奏楽部の3年生が完全に引退したあと。

 彼女は私を連れて、音楽室に向かった。

 置いてきたフルートのケースを取りに来たんだ。


「……終わっちゃった」


「うん」


「なんでかなぁ……悔しいとか、寂しいとか、思わないんだ」


「……うん」


 アイナはフルートを手にして、私を振り返った。

 笑顔を作ろうとしたみたいだけど、全然できてない。

 口元はゆがんで、頬はひきつってた。


「私、大丈夫だよ」


 聞いてないのに、アイナはそう告げた。


「つらくないよ。くるしくないよ」


「アイナ……」


「でもね、あはは……なんだろうねぇ」


 アイナは瞳だけを動かし、口を閉ざした。

 目から、壊れたみたいに涙を流してた。

 悲しげにも、楽しげにも見えない笑顔で。

 アイナは……。


「しにたい、よぉ」


 ボソリ、と呟いた。

 その言葉が鼓膜を揺らした瞬間。

 私の頭の中に痺れが走った。

 窓から差し込む夕焼けが、視界を赤く染めた。


「アイ、ナ……」


「ごめんね。私、おかしいね」


「平気だから。こっち、来て」


「ごめんね」


 1歩、アイナが後ろに下がった。

 窓まで、あと1歩だった。


 虫の知らせっていうのかな。

 とにかく、嫌な予感がしたの。

 背中から腰の方に電気が流れたみたいだった。


「アイナ!!」


「――――」


 その瞬間。

 私は走り出して、アイナを抱きしめた。

 思いっきり力を込めたよ。

 でも、アイナは人形みたいに動かなかった。

 ただ、ポロポロと涙を流し続けてた。


「お願いだから、死にたいなんて言わないで!」


「…………」


「ちょっと、つらくなっちゃっただけだよ」


「…………」


「ねぇ、私が絶対に何とかするから」


「…………」


「生きててよぉ」


 泣きながら、自分の中にあるものを全部ぶつけた。

 それでも、アイナはなにも言ってくれなかった。

 なにも反応しなかった。


 遅すぎたんだね。

 今も、後悔してるよ。




「そのあと、アイナを引っ張って家まで帰った」


 ファミレスの席に沈黙が広がる。

 渋谷くんと駒込くんは揃って、長く息を吐いた。


「その後は?」


「大泣きして、アイナのお母さんに全部話したよ」


「……そっか」


「それで、あの子は次の日に病院で診断を受けた」


 アイナのお母さんの行動は早かった。

 もっと早く相談してれば、違ったのかもしれない。


「鬱だって聞いた」


 誰でもかかる可能性がある心の病気。

 まさかアイナが、なんて言えなかった。

 私が一番近くで、壊れる瞬間を見たんだもん。


「その時、私の行動が全部裏目に出てたってわかったの」


「どういうことだ?」


「頑張れ。お前らしくない」


 そういった言葉は、相手を追い詰める。

 アイナは、正常な思考ができていなかった。


「鬱になった人は、その言葉に追い詰められちゃうんだって」


「そう、なのか……」


「あの子は、どんな気持ちで私の言葉を聞いていたんだろう」


「……上野は悪くねぇだろ」


「はは……」


 渋谷くんは絞り出すみたいに、声をかけてくれた。

 表情は暗く、寂しげで。

 私のことを気遣ってくれているのがわかった。


「喉乾いたね、ちょっとジュース取ってくる」


 席を立って、私はドリンクバーに足を向けた。

 暗い話を続けていたから、休憩したかった。


(私も、ちょっと泣きそうだったしね。落ち着かないと)


 これはもう、終わった話なのだ。




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