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9話 保健室の外の交流会

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 7月に入って、カラッとした天気が続くようになった。

 衣替えもとっくに済ませたんだけど……。


(暑い!!)


 駒込くんをランチのメンバーに加えて、私たちは今日も保健室にいる。

 しかし、具合の悪い子がいないから冷房はなし。

 私は頬に汗を流し、ポタリ、と手元に雫を落した。


「やべぇ、わかんねぇ」


「…………」


 プリントから顔を上げて、渋谷くんに視線を向ける。

 ばっちり目があっちゃった。

 彼の泣きそうな顔がよく見える。


「おい上野。この問題わかる?」


「わ、私に聞かないで」


「くっそ、なんでテストなんてあるんだ……」


「ホントにねぇ……」


 2人分のため息が重なる。

 私たちは、絶賛テスト勉強中。

 渋谷くんも私もあんまり成績がよくないみたいで。

 お昼ご飯の後、授業のプリントとにらめっこしてた。


(あっちは平和そうだなぁ)


 ちらりと横に目を向ける。

 どんよりと曇った私たちから少し離れた場所。

 そこで、駒込くんとアイナが向かい合っていた。


「その……」


「ゆっくりで平気ですよ」


「あり、がと……えっと、今日もいいお天気で……」


 慣れてきたのか、アイナから駒込くんに声をかけていた。


(でも、天気の話ってどうなのよ)


「テストがあるけど、駒込くんは勉強しなくて平気?」


「はい。サッカー部の練習に備えて、前々から時間を見つけて復習してましたから。大塚さんは?」


「私も、去年のうちに1年生の範囲、終わってるから」


「そうなんですか?」


「うん。でも、よかった」


「よかったって?」


「駒込くんの勉強の邪魔してたら、申し訳なかったから」


「あはは、そんなこと気にしないでくださいよ」


「えへへ……ありがと、ね?」


(あぁ……なんか2人して癒し系のオーラ出してるよ)


 今すぐにあそこへ混ざりたい気持ちを抑える。


(このプリントさえ終われば……うぅ)


「お、やってるな」


「小南先生、こんにちは」


 私たちの前に、小南先生がひょっこりと顔を出してきた。

 その後ろには、ちょっとバテ気味の神田先生が続く。


「みんなでテスト勉強?」


「私と渋谷くんはちょっとやばいので……」


 何度目かのため息と共に、隣の渋谷くんに目を向ける。


「こなん先生、これ教えてくださいよ」


「は? 俺は体育教師だぞ?」


「いや、先生もちょっと前まで大学生だったんだしさ」


「数学は担当外でーす。聞くなら保健体育にしろ」


「いや、今回保健のテストねーし……もしかして、先生もわからないの?」


「……渋谷、いいことを教えてやる」


 先生は(暑苦しい)キメ顔をつくって、告げる。


「人間、3つ以上のことをやると、だいたい失敗するんだ」


「はぁ……」


「俺はサッカーに教員試験問題、卒業論文に集中した」


「……で?」


「だから、数学のことは忘れることにした。講義もなかったしな」


「頼りにならねぇ~!!」


 両手を投げ出して、渋谷くんが唸る。

 神田先生は苦笑しながら、私の肩を軽く叩いた。


「ああなりたくなかったら、がんばらないとね」


「……はい」


「小南先生。麦茶あげますから、生徒の邪魔をしないでください」


「はい!」


 神田先生が呼びかける。

 すると、小南先生はウキウキとしながら離れていった。


(なんか、すっかり手玉に取られてるよね)


 小南先生のアプローチは相変わらず続いている。

 でも、最近は神田先生がそれをあしらうのが上手くなっていた。


(春もとっくに終わったしね……)


 前途多難な先生の恋に黙祷を奉げて、プリントとの戦いを再開する。


(とにかく、今は勉強に集中しなきゃ)


「カオリちゃん」


「うん?」


 音もなく寄ってきたアイナを振り返る。


「どこかわからないの?」


「んー、ここ」


 プリントの問題を指さして見せる。

 範囲が違うからわからないと思うけど……。


「あ、私が教えようか?」


「アイナが? え? わかるの?」


「うん」


「なんで!?」


「英語とか数学はもう2年生のところをやってるから」


「嘘でしょ……」


 アイナの言葉に衝撃が走る。


(もしかして私、アイナより勉強遅れてる?)


 中学のころから、アイナは勉強ができた。

 自習もがんばってることは知ってるけど。

 まさか、2年生の範囲までやってるとは思わなかった。

 私は唾を飲み込んで、アイナの顔を見つめる。


「……お願い、します」


「はーい」


 恥を忍んで頭を下げる。

 アイナは嬉しそうに笑って、椅子を寄せてきた。

 その様子を見て、駒込くんもやって来る。


「大塚さん、すごいな」


「これでも、駒込くんよりお姉さんだからね」


「あはは。渋谷先輩、俺たちも教えてもらった方がいいかもしれないっスね」


 駒込くんは軽い口調で渋谷くんに声をかける。

 でも、返事はなかった。


「……先輩?」


「マジで、そうした方がいいかも」


「え?」


「赤点、あり得るわ」


 渋谷くんは鞄に手を突っ込むと、1枚の紙を取り出した。

 それは数学の小テスト。

 赤い文字で“2点”と書かれている。


「……先輩、マジっすか?」


 駒込くんが頬を引きつらせて笑う。

 そこへ、小南先生の呑気な声が届いた。


「赤点とったら夏休み中の練習試合、全部出れないぞー?」


 その瞬間、駒込くんの表情が消えた。


「……大塚さん。いや、大塚先輩。いや大塚大先生!」


「え、なぁに?」


「お願いします!」


 バッ、と駒込くんが頭を下げる。

 その勢いに、アイナの身体がビクリと跳ねた。


「渋谷先輩の勉強、見てやってください!!」


「え、あのっ」


「渋谷先輩が練習に出れないとヤバイんです!! お願いします!!」


「わ、わかった! わかったからそんなに頭を下げ――待って!? 土下座はしないで!!」


 床に膝をつけた駒込くんに、アイナが駆け寄っていく。


(これは、大変なことになったなぁ)


 ともかく。


「アイナ、その前にこの問題だけ教えてくれない?」


「カオリちゃんも駒込くんを止めてよぉ!!」




 その日の放課後。

 アイナは思いもよらないことを言い出した。


「勉強会、家に誘ってみようと思うの」


 茜色に染まる下校路。

 アイナはマスクを外して、弱々しく呟いた。


「……アイナがそうしたいなら」


 私は彼女に目を向け、その様子をうかがう。

 本当は、心配だった。

 でも、せっかくの決意を無駄にしたくない。


「いっしょにいるから、がんばろうか」


「ありがとう。カオリちゃん」


「それにしても、ずいぶん駒込くんと仲良くなったね」


 少なくとも、家に招待できるなんて余程だ。


「駒込くんね、私が話すとき、いつも待ってくれるんだ」


「へぇ」


「目がね、優しいの。カオリちゃんみたいで、安心する」


 アイナがポツポツと、駒込くんのことを話す。


「私とカオリちゃんと話すときは、言葉も優しいし……」


「そういえば、そうだね」


「いい人、だよね……」


 言葉が尻すぼみになって消えていく。

 気づくと、その頬は夕焼けよりも赤くなっていた。


(……ん?)


「なんか、だいぶお気に入りだね」


「え?」


「好きになっちゃった?」


「ええっ!?」


 いじわるしてみると、大きな声が返ってきた。


「あれ、もしかして本当に?」


「ち、違うよ! 優しいねって話をしただけ!」


「え~?」


「本当にそんなんじゃないからね!?」


 アイナにしては珍しく、大きな声で否定する。

 私から顔を背けて、怒ってるみたいに振る舞う。


(これは……)


「もう、変なこと言わないでよぉ」


「アイナだって、渋谷くんのこと言ってくるじゃん」


「うぅ……」


「でも、そんな反応するなんて……怪しいなぁ」


 ニヤリと笑って、アイナの先を歩く。

 後ろから不満そうな声が届くけど、知らないふり。


(とりあえず、人を家に呼べるようになったのかぁ……)


 私以外の人と、ちゃんと関わろうとしている。

 アイナがそこまで立ち直ったこと。

 同じ学年に、そういう人ができたこと。

 それが、涙が出そうなくらい嬉しかった。


「待ってよ! 本当に違うんだからね!」


「はいはい」




 そして、土曜日がきた。

 渋谷くんと駒込くんには、私から話を通して。

 12時には、アイナの家に集まることになっている。


「変じゃないかな」


「平気だって」


 アイナの部屋で、落ち着かない彼女の姿を見守る。

 私は約束より早い時間に来て、準備を進めていた。


「男の子をうちに呼ぶなんて初めてで……うぅ、なんで誘っちゃったんだろ」


「いまさら言ってもね。ほら、落ち着きなよ」


「本当に変じゃない?」


 アイナがクルリとその場でターンする。

 今日の彼女は、伊達眼鏡をかけていない。

 もちろん、マスクもだ。

 おしゃれなブラウスと、膝丈のキュロット。

 部屋着にしては、ちょっと気合が入ってる。


「気合い入り過ぎって思われないかな……」


「駒込くんもいるし、いい格好するくらいで丁度いいよ」


「もう、また……」


 少し含みのある言い方に、アイナの頬が膨れる。

 怒っても、リスみたいで全然怖くなかった。


「……そういう風に言われたら意識しちゃうよ」


「あはは。私の苦労がわかったでしょ?」


「ただでさえ、いっぱいいっぱいなんだよ?」


「はいはい」


 ほっぺを赤くするアイナをからかって、時計を見上げる。

 午前10時。約束まであと2時間だ。


「アイナ、そろそろ」


「……うん」


 アイナは机に向かって錠剤を3つ、口に含んだ。

 それを水で流し込み、長く息を吐く。


「平気?」


「うん」


 アイナは薬を隠すように、引き出しの奥へしまう。


「こっちおいで」


「……どうかな?」


 寄ってきたアイナの頬に手を当てて、瞳を覗き込む。

 瞳孔の動きを見て、逸らされないことを確認。


「不安?」


「……ちょっと」


「でも、大丈夫そうだね」


「うん」


「今日は、みんなアイナの味方だからね」


「……ん」


「私も、すぐそばにいるから」


 言葉を重ねて、アイナの頭を撫でる。


「じゃ、時間までゆっくりしてな」


「はーい」


 アイナをベッドに座らせて、その様子を見守る。

 次第に、彼女は眠たげに目を細めた。

 さっき飲んだ薬は、心を落ち着けるためのもの。

 副作用でボーっとしちゃうから、時間までは歩かせられない。


「私、ちゃんと教えられるかなぁ」


「平気だよ。プリントもあるし」


「うん……」


 渋谷くんたちが来るまで、少しでも安心させる。

 私がアイナにしてあげられるのは、そんなことしかない。


「ありがとね。カオリちゃん」


「こっちこそ、今日は勉強よろしくね」


「うん。がんばる」


 ポツポツと話しつつ、私は自習を始める。

 そうしている内に、約束の時間がやってきた。

 時間ぴったりに、スマートフォンの通知が鳴る。


「着いたみたい。階段、降りれる?」


「平気だよ。ほら、ふらふらしてない」


 アイナが立ち上がるのを見て、私は頷く。


「じゃ、行こうか」


 玄関の扉を開けると、熱気が流れ込んできた。

 日の光がまぶしくて、思わず目を細める。

 陽光の先には、2人の男子が立っていた。


「2人とも、いらっしゃい」


「大塚さん、今日はよろしくお願いします!」


「うっす。よろしくな」


 門の外から、2人がそれぞれ反応する。

 渋谷くんはジーンズに、白いTシャツとカーディガン。

 駒込くんはチノパンに、ブルーのサマーセーターだ。

 2人揃って、少し汗をかいている。


「暑かったでしょ。冷たいものを淹れてくるから、上がって」


「「お邪魔しまーす」」


「カオリちゃん、駒込くんたちを部屋まで案内してあげて?」


 アイナはこちらに目をやって、キッチンに引っ込む。

 私はあらためて男子2人に顔を向け、軽く手をあげた。


「いらっしゃい。渋谷くん、やる気なさそうね」


「やるのは勉強だしな……サッカーしてぇよ」


「サッカーするために、勉強するんでしょ」


 背中を丸めた渋谷くんの肩を叩いて招き入れる。


「駒込くんも……って、どうしたの?」


「あ、その……」


 ふと、表に立ったままの駒込くんに気づく。

 その視線が足元に向かって……。


「可愛いキュロットですね」


「ああ、これ? いいでしょ、アイナとお揃い」


 キュロットをチョンとつまんで自慢する。

 今日はアイナと色違いのコーデなのだ。


「っていうか、今日のアイナどう?」


「あー……」


 服の話題が出て、思わずテンションが上がる。

 すると、渋谷くんたちは顔を見合わせて、苦笑した。


「「おどろいた」」


「そうでしょ!」


 今日のアイナは、珍しく可愛さ全開。

 私はここぞとばかりに、親友の可愛さを自慢した。




 それから、勉強会は静かに始まった。

 渋谷くんは意外と真剣に、テスト問題を解いている。


(それだけ、夏の練習が大切なんだろうな)


「じゃあ、テスト範囲の公式はここまで」


 4人で広めのテーブルに着き、アイナの話を聞く。


「渋谷くんとカオリちゃんは、問題を解いていってね」


「はーい」


「駒込くんは……どこかわからないところある?」


「あ、俺は渋谷先輩の付き添いですし……」


「せっかくだから、教えるよ?」


 アイナは手が空くと、駒込くんにつきっきりだった。

 それはもう、甲斐甲斐しく……。


「駒込くん、お茶のおかわりいる?」


「お手洗いの場所、案内するね。こっちだよ」


「やることなくなったら、マンガとかあるよ?」


「――駒込くんっ!」


 もう、なんていうか。


(やっぱり、好きなんじゃないの?)


 そんな風に、邪推してしまう。

 同級生の男子に慣れてないだけかもしれないけれど。

 外から見ると、恋する年上のお姉さんってカンジ。


「カオリちゃん? ちゃんとやってる?」


 そんなことを考えているのがバレたのか。

 アイナはちょっと怒ったみたいに、私を見つめた。


「渋谷くんだって真面目にやってるんだからね?」


「う……わかってるよぉ」


 アイナのお小言に耳を塞いで、視線を逸らす。

 すると、渋谷くんの姿が目についた。

 ノートにのめり込むようにしてペンを動かしている。


「渋谷くん、集中してるね」


「ん?」


「始める前は勉強嫌がってたのに」


「大塚の説明がわかりやすかったから、やる気出たかも」


 問題集に目を落としたまま、渋谷くんが答える。

 1回集中すると、それが続くタイプなのかもしれない。


「大塚。終わったから見てもらっていい?」


「あれ? もうできたの?」


「おう。大丈夫そうだったら、次は英語を頼む」


 アイナにノートを差し出して、渋谷くんが目を輝かせる。


(あれ? 私は半分も進んでないんだけど!?)


「わっ、ちゃんとできてるよ!」


「本当に? なんだ、もっと早く大塚に頼めばよかったな」


「ちゃんと授業聞かないとダメだよ?」


「次からな。上野は終わった?」


「ちょっと……待って」


 慌ててノートにペンを走らせる。


「カオリちゃん、真面目にやらないとダメだよ?」


「……ごめんなさい」




 勉強会は何事もなく終わった。

 帰り際に、駒込くんは何度も頭を下げてお礼を言ってたっけ。


(アイナったら、まっ赤になって『お姉さんだからね!』なんて言っちゃって)


 テスト明けの教室で、私はあの日のことを思い出す。

 アイナは、随分とよくなった。


(駒込くんのおかげかな)


 少なくとも、彼がきっかけだったと思う。

 本当に、感謝してもしきれない。


「上野」


「やっほ。渋谷くん、赤点はなかった?」


「まぁな」


 ふと、渋谷くんが声をかけてきた。

 その顔は、自信満々ってカンジ。


「上野はどうだった?」


「平均点ギリギリ。アイナには感謝しないと」


「あれ? そんなもんか?」


「渋谷くんはどうだったの?」


「大塚に教えてもらった教科は、90点代だな」


(……うん?)


「え? 本当に?」


「おう」


 渋谷くんが差し出した答案用紙を受け取る。

 数学95点。英語90点。

 ほかのも、同じくらいだ。


「……渋谷くん、バカじゃなかったの?」


「ケンカ売ってるのか?」


「だっておかしくない!? なんでこんなにできてるのに赤点の心配してたの!?」


 勢いのまま渋谷くんに食ってかかる。

 すると、彼はキョトンとした顔で答えた。


「大塚の教え方、うまかったじゃん。問題わかれば、このくらいできるだろ?」


「て、天才肌!?」


 同じバカチームだと思ってたのに、裏切られた。

 私は恨みを込めて渋谷くんを睨む。

 でも……。


「お前らのおかげでやる気出たからな。ありがとよ」


 渋谷くんが無邪気に笑ったのを見て、毒気が抜かれる。


「……とりあえず、問題ないならよかったね」


「さんきゅ」


「はぁ……」



 私は机に並べた渋谷くんと自分のテスト結果を見下ろした。


 そして、静かに決意を固めたのだった。


(次のテストは、真面目に勉強しよう……)




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