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5話 カイの秘密

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仕事が終わってマンションの前に着いた時、部屋の電気が点いていないことに気がついた。


「出掛けてるのかな・・・」


小さなひとり言をつぶやいてしまう。


お弁当のお礼を言うつもりで意気込んで帰ってきたのに、少し気が抜ける。



鍵を開けて入った部屋は、当然のことながら暗くて人気もなく、がらんとして見えた。


パチンと電気を点けてみても。

ここは間違いなく、いつもと変わらない自分の部屋なのに。

しん、と静まり返った室内は、いつもと違う場所のように感じられた。


室内を満たす空気が冷たい。


たった数日一緒に過ごしただけなのに、ここにカイの姿がないことに違和感を覚えてしまうのは、なぜだろう。


「そっか、出て行っちゃったんだ」


綺麗に片づいている部屋を見て、そう思う。


元々荷物なんて持っていなかったから、この部屋にカイが居た痕跡こんせきは残ってない。

カイの気配を感じられない部屋を見て、少し寂しい、なんて思った私はどうかしている。


挨拶もなしに消えてしまったカイを薄情とは思わない。

けれど、せめてさよなら位は言わせて欲しかった。


お弁当のお礼だって、言いたかったのに。


そんな風に、ちょっと拗ねてみたくなる。


それでも、カイが自分の居場所に帰れる位元気になったのなら、それでいい。


とりあえず、スーパーに寄って買ってきた食材を冷蔵庫にしまうことにした。



今日は夕食位私が作ろうかな、なんて考えて食材を買って帰ったけれど。

カイが居ないと分かれば、二人分作る必要もない。

夕食は手抜きにして、簡単に済ませた。


今日はお湯に浸かるのもやめて、シャワーだけにしよう。

全て手抜きになってしまった自分に苦笑いする。


洗面台の前で自分の髪を乾かしていると、そういえばカイは自分の頭を乾かせるようになったのだろうか、なんて、そんなどうでもいいことが頭をよぎった。


洗面台には、自分のものではない歯ブラシ。

カイが残したものは、この歯ブラシだけだ。


なんとなく捨てる気になれず、洗面台に残してリビングに戻り、ソファに座った。


テレビを目で追っても意識はそこになく、内容が全く頭に入ってこない。



ふと気づくと、テーブルに置いたままのスマホがメールの受信を告げていた。


一瞬、カイの顔が頭をよぎった。

けれど、そんな訳はないと瞬時にその考えを打ち消す。

あり得ないことを考えてしまった自分に、自嘲的な笑みがもれる。



カイのはずないんだ。



だって、カイは私のメールアドレスを知らない。

私の名刺を持っていたとしても、仕事用のアドレスしか載っていないのだから。


それに、私もカイの連絡先を知らない。


カイが居なくなってしまえば、私たちは簡単に赤の他人になれてしまう。



手にしたスマホの画面には、その名前はあるはずもなく。



佐伯さえきさん、か」



メールは佐伯さんからだった。


内容は、日曜日の待ち合わせの時間と場所を確認するもの。乗り気ではないけれど、了解の返事を打つ。


今回は行くしかないと腹を括ったものの。

それでも一気に憂鬱な気分が押し寄せてきて、ふう、と大きく息を吐いた。



疲れたな。



カイが居なくなって、この数日張り詰めていた気持ちが緩んだのか、なにもする気になれない。



こんなんじゃダメだ。


明日からまた、いつもの自分を取り戻そう。


気持ちを落ち着けるためにソファに深く身を沈め、瞳を閉じた。




◇◇◇




「・・・あ、れ?」


目を開けると、身体がソファの上に横たわっていて。

自分があのまま眠ってしまったのだと気がついた。


小さな明かりが、室内を淡く照らしている。


いつの間に電気を消したのだろう。


眠るまで、テレビも電気も点けていたはずだ。


それなのに今は、テレビはもちろん電気も消えていて、室内は静まり返っている。

壁に掛けている時計の針は、すでに頂上をこえていた。


寝るつもりじゃなかったのに。


ゆっくり上半身を起こすと、レザーのソファがぎゅっと軋んだ音を立てた。


その途端、自分の身体の上から毛布が滑り落ちる。



「え・・・」



だって、自分に毛布なんて掛けていない。

そんな余裕もなく、眠りに落ちたのに。



「・・・カイ?」



カイしかいない。


確かな予感がして視線をめぐらせた先に、やはりその人が居た。


ソファのすぐ横で、カイが眠っている。


フローリングの上に敷かれたラグは、ソファより遥かに硬くて寝づらいはずなのに。

カイはそこに身体を横たえて、小さく寝息を立てていた。


帰って、きてたんだ。


勝手に居なくなった訳じゃなかった。


無邪気にも見える寝顔に、自然と笑みがこぼれた。


なんでこんなところで寝てるんだろう。


確かに昨日も、勝手にベッドに入ってくるなとは言ったけれど。

ソファで寝るのは身体が痛いから嫌だ、と言い張っていたくせに。

こんな硬いところで寝ているなんて、言っていることとやっていることがちぐはぐだ。


私がソファで寝ているのだから、一人で堂々とベッドを使えばよかったのに。



そっとソファから降りて、ソファとカイとの隙間に座り込む。


・・・可愛い寝顔。


起きている時に垣間見せる色っぽい雰囲気は影を潜めていて、寝ている今は少年のように見える。

こうして目を閉じていても、整った顔なのだとはっきり分かった。


すっかり腫れが引いた顔に、ダウンライトが絶妙に陰影を落としている。

その光が、端正な顔を更に際立たせていた。


きっとあんな出会いでなければ、自分から声を掛けることなんて絶対に出来なかっただろう。

カイを拾った日を思い出して、そんなことを思う。

こうしてそばに居ることさえ気が引ける位のイケメンなんだもの。


それなのに、時折不完全さも垣間見えるから、不思議。


カイのことはなにも知らないし。

知る必要もないと思っていたのに。


それでも、なぜか気になってしまうのは。

彼の危うさに惹きつけられているからかもしれない。



本当に、いくつなんだろう。


確かなことを知りたいような、知りたくないような微妙な感情が胸に宿る。


年下なんだろうな、とはなんとなく思っている。

カイだって、会社の受付で弟と名乗っていたし。

出会った初日に「未成年者誘拐」などと脅してきた位なのだから。


もしかして、大学生?


だから、休んでいても心配ない、なんて言ったのだろうか。

今は学生の冬休みシーズンだから、それも納得出来る。


・・・まさか、本当に未成年?


いやいや、まさか。


あの色気で、それはない。


それに、もし未成年だったら。

私が彼を家に泊めていること自体、犯罪になるのではないだろうか。


そんな不安がよぎったけれど。

「誘拐」だなんて、いつものカイの悪ふざけに決まっている。

未成年だなんて、そんな訳ない。


・・・ない、よね?



一瞬あり得ないことを考えて、慌てて首を横に振った。


その時、カイが窮屈そうに寝返りを打ち、身体に掛けていたブルゾンが横に滑り落ちた。


毛布をソファの上から取って、カイの身体に掛け直す。



そして、落ちていた彼のブルゾンを手に取って。

立ち上がってハンガーに掛けようとすると、動いた拍子でブルゾンのポケットからなにかが落ちたのが見えた。



二つ折りのカードケース。


中が開いた状態で落ちていた。



拾おうと手を伸ばした時、ぴたりと手が止まる。



・・・え?



意図せず目にしたものを頭で理解した瞬間。

驚きで声を上げそうになって、自分の口を手で覆う。



どくん、どくん、と自分の心臓が脈打っている音が聞こえた。



震える指で、それを拾う。


見間違いだと思って何度も確かめる。

けれど、見間違いじゃない。



「嘘・・・」



小さくこぼれた自分の声も、微かに震えている気がした。



そこに記されていたのは。



朝倉あさくら海里かいり』という名前。


そして。




「17歳・・・・・・」




手にしたものは紛れもなく、高校の学生証、だった。