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10話 大塚アイナの試験登校

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 夏休みまであと1週間。


 自然と浮つく気持ちを抱えながら。

 僕……、じゃなくて俺、駒込トオルは保健室にいます。


「あ、駒込くん!」


 保健室の戸を開けた瞬間。


 少し跳ねた女の子の声が聞こえてきた。

 ひとつ年上の同級生、大塚アイナさんだ。

 まだ他の先輩は来ていないのか、彼女は1人。


「大塚さん、こんにちは」


「うん。こんにちは」


 軽い挨拶とともに、大塚さんはのんきな様子で手を振った。

 先月から、俺は彼女のフォローを頼まれている。

 最初は話すのもひと苦労だったんだけど。

 今ではこの通り、仲良くしてもらっている。


「今日はカオリちゃんも渋谷くんも遅れるみたい」


「そうなんですか。先に食べてます?」


「うーん。私はちょっと待ってようかな」


「じゃあ、俺もそうします」


 大塚さんは親しい人を大切にする人だ。

 今のやり取りを見ても、その様子がうかがえる。


(友達といっしょに食べたいんだろうな)


 微笑ましさを感じつつ、椅子を引き寄せる。

 すると、大塚さんがそっと立ち上がり……。


「隣、座っていい?」


「え?」


「カオリちゃんたちが来るまで、お話ししよ?」


 花のような笑顔を咲かせて、彼女は椅子を寄せてきた。


「えっと、近くないですか?」


「そうかなぁ?」


 予想よりもサッカーボールひとつ分くらい近く。

 手が触れ合うような距離に大塚さんは座った。


(勉強会の時から、ずいぶん気に入ってもらえたな)


 大塚さんは猫みたいな人だ。

 最初はすごく警戒するけれど。

 1度心を許すと、無邪気に寄ってくる。


「上野先輩が心配するのも納得だな」


「え? カオリちゃんがどうしたの?」


「なんでもないです……あっ」


 噂をすれば影、という感じ。

 ちょうどそのとき、保健室の戸がノックされた。


「アイナ、おまたせ~」


「カオリちゃん!」


 顔を出した上野先輩に、大塚さんが駆け寄っていく。

 俺は少しホッとしつつ、廊下の方に視線を向けた。


「おす、トオル」


「渋谷先輩!!」


 憧れの先輩を見つけて、思わず立ち上がる。

 そして、駆け寄っていくと……。


「お前ら、2人揃って犬みたいだな」


「「え?」」


 渋谷先輩の言葉に、俺と大塚さんが首を傾げる。

 その隣で、上野先輩がクスクスと笑っていた。




 全員集合して、お昼ご飯を食べたあと。

 まったりとした空間に、2人の先輩の声が重なった。


「「試験登校?」」


 開いていたサッカー雑誌から顔を上げる。

 そこに、神田先生と大塚さんが立っていた。


「なんの話ですか?」


「今週、大塚さんを1度、通常クラスに出席させるの」


 訊ねると、神田先生は事情を話してくれた。

 どうやら、大塚さんを通常クラスに復帰させるらしい。

 期間は夏休み前の3日間だけ。


「大塚さん。前よりだいぶ落ち着いてきたでしょ?」


 長い休みを挟む今なら、失敗しても挽回できる。

 だから、9月にいきなり戻すよりも。

 今から慣らしておいた方がいいだろう……というのが、今回の狙いだという。


(たしかに、大塚さんにとっても安心できる条件だ)


 考えつつ、俺は大塚さんに目を向けた。

 彼女は目を伏せて、じっと立っている。


(やっぱり、急に戻るのは怖いよな)


「私は――」


 大塚さんがチラリ、とこちらに視線をやる。


「駒込くんもいるし、がんばりたいな……って」


(そっか。大塚さんって、俺のクラスだっけ)


 今さらのように思い出して。

 俺は大塚さんを見つめ返した。


「どうかしら。駒込くんにも手伝ってほしいんだけど」


「それは、もちろんです!」


 神田先生の言葉に、慌てて返答する。

 すると、上野先輩と渋谷先輩が寄ってきて。


「お願いね。駒込くん」


「しっかりやれよ、トオル!」


「――はいっ!!」


 大好きな先輩に任されて。

 がんばらない訳にはいかない。

 何より――。


「ありがとう。迷惑かけちゃうね」


「そんなの気にしないでください」



 大塚さんだって、もう親しい友人だ。



「いっしょにがんばりましょう!」




 翌週、俺はいつもより早い時間に家を出た。

 時刻は午前7時。

 サッカー部の朝練より、少し早い。


「お母様、行ってまいります」


 丁寧な言葉遣いで、家族に呼びかける。

 実は、これが俺の「素」だ。

 父親はホテル向けのサービス業をマネジメントする社長。

 その影響で、息子の俺は言葉づかいを徹底的に教育された。


 ついでに、俺の家庭はけっこう裕福だ。

 社交界にも顔を出す機会があったりするし。

 家の敷地も、近所じゃ一番大きいと思う。


「よっしゃ、今日は気合入れていくか!!」


 家を出たら、喋り方を変える。

 渋谷先輩の前では、彼に習った強気な口調。

 上野先輩たちの前では、少し崩した口調。

 いつの間にか身についた、奇妙な習慣だ。


「この辺だったよな」


 俺は家の中より軽くなった足取りで歩く。

 学校とは反対の方向……大塚さんの家だ。


「え? 駒込くん!?」


 ふと、向かい側から大塚さんの声が聞こえてきた。

 隣には上野先輩の姿もある。

 俺は軽く手をあげて、彼女たちに呼びかけた。


「おはようございます」


「なんで、駒込くんがこっちに?」


「迎えに来ました。今日から通常クラスですよね」


 俺は大塚さんといっしょに歩き出す。


「駒込くんはよく気が回るよねぇ」


 上野先輩が感心した様子で呟く。

 俺は苦笑して、熱のこもった頬を掻いた。


「迷惑じゃなかったですか?」


「そんな、全然! そんなことないよ!」


「よかった。なんか俺の方が張り切っちゃって」


 実は、昨晩から今日のことを意識していた。

 先輩たちに頼りにされたのがうれしかったのだ。

 そのせいで、いつもより早く起きてしまった。


(結果的に、喜んでもらえたな)


 俺は隣を歩く大塚さんに目をやり、苦笑する。

 すると、不意に彼女と目が合った。


「あ、あの」


「はい?」


「なんで、こんなによくしてくれるのかな」


「えっと……秘密です」


 俺は上野先輩を盗み見て、すぐに顔を背けた。

 彼女がいるこの場では、理由は話せない。




 渋谷先輩と上野先輩の期待に応えたいと思う理由。

 それは、小学4年生のころまで遡る。


「おい、なにいじめてんだよ」


 最初のひと言は、そんな強気な言葉だった。

 6年前の夏。

 裕福な家庭に育った俺は“たかり”を受けていた。

 相手は公園のボスグループの6年生。


「年下に奢らせて、恥ずかしくねぇのかよ」


「なんだ、てめぇ」


「5年の渋谷だよ。とにかくお前ら、気に入らねぇ」


 毎日続いていたカツアゲの現場に、彼は突然現れた。

 その結果、場は一触即発の空気。

 渋谷先輩は6年生相手に1歩も引かず。

 強い意志を瞳にこめて、ギラつかせていた。

 そこに……。


「こっちです!!」


「え……?」


 1人の女子の声が響いた。

 振り向くと、そこには上野先輩と大人の男性の姿。


「カツアゲ、されてるんです!!」


「――っ!」


 上野先輩の声に、6年生たちは一斉に逃げ出した。

 俺はポカンとしながら、その様子を眺めているだけ。

 その間に、大人の人が学校に電話して。

 気づいたら、すべての問題が解決していた。


「学校には連絡したけん、もう平気だよ」


「ありがとうございます!」


 6年生の名前を学校に伝えたあと。

 大人の人はニコリと笑って帰っていった。

 そして――。


「……上野。よけいなことすんなよ」


「渋谷くんはすぐケンカしようとするんだもん!」


「うっせぇな。格好つかねぇだろ」


 渋谷先輩と上野先輩は、仲良くケンカを始めて。

 ふと、俺の方を揃って振り返った。


「うわ、なに泣いてんだよお前」


「渋谷くんが怖がらせるから……君、大丈夫?」


 その時、俺はいつの間にか泣き出していたらしい。

 わかるだろうか。

 大塚さんほどひどい状況ではなかった。

 でも、その時の俺は小学4年生で。

 毎日、お小遣いを不条理に取り上げられてて。


(本当に、つらかったんだ)


 それを、2人のヒーローが助けてくれた。


(そう、ヒーローに見えたんだ)


 それから、渋谷先輩がサッカーを教えてくれた。

 上野先輩が、遊び相手になってくれた。


(それが、すごく嬉しかった)


 子どものころ、俺はよく小遣いを友達のために使っていた。

 見方を変えれば、お金で友達をつくっていたのだ。

 でも、先輩たちは……。


(あの人たちは、俺の事情を知っても態度を変えなかった)


 変に媚びることはなく。

 それでいて、優しかった。

 俺に本当の友達の意味を教えてくれた。


 本当に、大切な人たちなんだ。


 そんな経験から、大塚さんには親近感がある。

 彼女にとっても、上野先輩はヒーローなんだ。

 だから、今日から始まる大塚さんのクラス復帰。

 それを全力でサポートしたいと思っている。


(恥ずかしくて、絶対に言えないけど)




 上野先輩たちと登校した後。

 俺は教室で、ホームルームが始まるのを待っていた。


「みんな、おはよう」


 担任の小南先生が教室に入ってくる。

 その瞬間、クラスの全員が息を呑んだ。

 大塚さんが、先生の後ろで恥ずかしげに立っていた。


「今日からクラスに復帰する大塚だ」


 小南先生が淡々と、保健室登校の説明をする。

 そして、彼は大塚さんの肩を叩くと、大きく笑った。


「あとは駒込に任せた!」


「うん?」


「細かい事情は、駒込を窓口にして聞くように」


「ちょ――っ!?」


 先生の言葉に、クラスメイトの視線が集まる。

 特に、女子がキラキラした目で俺を見つめていた。


「じゃ、授業の前にパパっと席替えするか」


 小南先生は笑いながら、クッキーの缶を教卓に置く。


「くじ引きな。大塚が先に引いて、駒込はその隣」


「こ、こなん先生!?」


 確かに、大塚さんは俺の隣がいいと思う。

 でも、あんまりにも露骨すぎだ。


(うわぁ、女子の視線が鋭くなった!)


 小南先生のいくらでも邪推できる言葉。

 それが、女子の好奇心に火を点けたらしい。


「……これは、質問攻めだな」


 その予想は的中して。

 俺は次の授業が始まるまでの間。

 女子生徒に囲まれる羽目になったのだった。




 お昼休み。

 俺はいつものように保健室にいた。


 女子の質問攻めから解放されたあと。

 俺はぐったりとして、椅子に背を預けている。


「狙い通りだな」


「小南先生……なんですか、狙いって」


 したり顔で胸を張る小南先生。

 その隣には、呆れ顔の神田先生が立っていた。


「朝の件は神田先生の提案でな」


「実は……」


 神田先生の説明によると。

 朝のあからさまな発言には、ちゃんと意味があったらしい。

 少しだけ俺と大塚さんの関係を匂わせて。

 質問タイムを2人セットで乗り切れるようにする。

 言われてみれば、納得できる内容だ。


「だからって、やり過ぎじゃないですか?」


「あんなに露骨にするとは思わなかったの。ごめんなさい」


「うまくいってよかったな!」


 申し訳なさそうに謝る神田先生。

 その隣で、豪快に笑う小南先生。

 2人は俺の肩を軽く叩いて、足早に離れていった。


「よっ、王子様」


「渋谷先輩……なんスか、それ」


「大塚から聞いた。ちゃんと守ってやったんだって?」


「……代わりに質問を受けただけっスよ」


 答えると、渋谷先輩は満足そうに笑った。


「お前は自慢の後輩だ」


「え……?」


「ありがとな、トオル」


 告げて、渋谷先輩がニッと歯を見せて笑う。

 それだけで、疲れなんて吹き飛んでしまった。


(我がことながら、簡単だな)


 あと2日間。

 俺が大塚さんにできることを全部やっていこう。




 その後は特に大きな問題もなく。

 大塚さんの試験登校は最終日を迎えた。


 クラスメイトとのやり取りは俺が同席したし。

 なにより、大塚さんはひとつ年上。

 彼女をからかうような奴は1人もいなかった。


 女子グループの反応は、同情が強いのを除けば問題なし。

 男子の方も……まぁ、簡単だった。


「こなんコーチを説得してくれたのって、大塚さんだったのか!」


「あ、その……」


「そうだよ。だから、サッカー部は大塚さんに頭上がらないぞ」


「「おぉ……」」


 大塚さんがやってきたことがプラスに働いた。

 サッカー部の男子はもちろん。

 多くのクラスメイトが彼女の行動に好意を示す。


「困ったことがあったら、俺たちも頼ってくれな」


「うん。ありがとう」


 大塚さんは言葉少なだった。

 でも、仲良くしようとする人には必ず微笑みを返す。

 そんな人柄もあって、順調にクラスに溶け込んでいった。


(心配いらなかったかもな)


 この様子なら、9月からも問題なく過ごせるだろう。

 俺は確信して、ホッと息を吐いた。




 お昼休み。

 俺は3日間の大塚さんの様子を先輩に報告していた。


「それじゃ、うまくいったんだな」


「はい。俺なんて、隣にいるくらいしかできなくて」


「でも、駒込くんがいてくれて、アイナは安心できたと思うよ」


「そうですか?」


「そ、そうだよ! 駒込くん!」


「は、はい」


「全部、駒込くんがいてくれたおかげ……だよ」


「……なら、よかったです」


 大塚さんと先輩たちから手放しでほめられる。


(なんか、くすぐったいな)


 首の後ろがかゆくなる。

 俺は恥ずかしさに耐えかねて、話題を変えた。


「そういえば、明日から夏休みですね」


「だな。サッカー部はこなんコーチのおかげで予定みっちりだけど」


「大会でもあるの?」


「いや、インターハイは負けちまったからな」


「今は、部の立て直しに全力で取り組んでいるんです」


 渋谷先輩の言葉を引き継いで、説明する。


 今年のインターハイは予選敗退で終わった。

 でも、部員のモチベーションは下がっていない。

 小南先生のコーチ就任は、かなりの効果があったのだ。

 夏休み中はコーチのコネで強豪チームとの練習試合。

 それも、ひとつやふたつではない。

 7月中ですでに5回、練習試合の予定が組まれている。

 これで、試合勘の鈍った部員を鍛え直すのだ。


「へぇ、小南先生ってちゃんとコーチやってるんだ」


「もちろんです! あの人は本当にすごいんですよ!」


「インターハイ出場校とも話をつけてくれたんだ」


「え? まだインターハイって続いてるよね?」


「はい。なので、相手は2軍です」


「それでも並みの高校より強いんだ。練習には最高の相手ってわけ」


 ウキウキしながら、小南先生の活躍を語る。

 すると、上野先輩は怪訝そうに部屋の隅を見やった。


「神田先生! 最近、バーベキューセットを新調したんですよ!」


「あら、そうなの?」


「はい! ですからぜひ、神田先生にも――」


 神田先生の前で、小南先生が雑誌を広げている。

 どうやら、夏休み中のデートに誘っているみたいだ。


「“あの”小南先生が、ねぇ……」


「えっと……サッカーではすごいんですよ?」


 一応、フォローを入れておく。

 しかし――。


「……駄目だった……くそう」


 しょぼくれて寄ってきた姿を見て、言葉がなくなる。


「小南先生。どこに誘ったんですか?」


「近くのキャンプ場。コテージ付きで1泊できるプラン」


 小南先生が、大塚さんの前に雑誌を広げる。

 そこには夏のアウトドア特集が掲載されていた。


「いきなりお泊りデートはハードルが高いですね」


「最近バーベキューにはまっててさ……せっかくセットを買ったのになぁ」


「あらら……」


 肩を落とす小南先生に、女性2人が同情の目を向ける。

 そこに、渋谷先輩の声が響いた。


「せっかく買ったんなら、俺たちを連れてってくれよ」


「……はぁ?」


「夏休み前半は全部、練習で遊べないしさ」


「なんで俺が男と旅行しなきゃいけないんだよ」


「いーじゃん。フラれたんだろ?」


「渋谷先輩! その言い方はあんまりですよ……」


 慌てて先輩を止めに入る。

 でも、もう小南先生は打ちのめされた後だった。


(この世の終わりみたいな顔してる……)


「そうだ。上野たちはどうだ?」


「え? 私たち?」


「トオルも行きたいだろ? 大塚と仲良くなるきっかけになるし」


「なるほど……」


 大塚さんの名前が出ると、上野先輩は真剣に悩みはじめた。


「アイナは、どう?」


「行きたいけど、小南先生に迷惑じゃないかな」


「……大塚先生の頼みかぁ」


 大塚さんが視線を向けると、小南先生も考えだした。


「あの、大塚“先生”って?」


「駒込くんは知らないんだっけ。アイナは小南先生の恋愛アドバイザーなの」


「そうなんですか……?」


 いまいちピンとこなかったが、とりあえずうなずく。

 その間に、小南先生は考えをまとめたようだ。


「よし。連れて行ってやる」


「マジで!?」


「ただし、条件があるぞ」


「条件?」


「実は、練習試合のお手伝いさんを探してたんだ」


「それに協力したら、ってことですか?」


「そういうこと」


 小南先生は上野先輩と大塚さんを交互に見やる。


「2人で部員用のおにぎりを作ってもらう。どうだ?」


「なんか面白そう! アイナは?」


「その……」


 ふと、大塚さんがこちらを見つめる。

 そして、彼女はさっと視線をそらし。


「……それでお手伝いができるなら、やろうかな」


「よし! 決まりだな!」


 小南先生が手を振り上げる。

 そこに、神田先生がゆっくりと近づいてきた。


「女の子の引率。できるんですか?」


「……え?」


「男女なんですから、少なからず問題になりますよ」


「う……確かに、そうですね」


 雲行きが怪しくなってくる。

 そういえば、小南先生は1泊するって言っていた。

 高校生の男女が外泊となれば、確かに問題だ。


「やっぱり、難しいですか?」


「男の先生だけだとね」


「そんなぁ……」


 上野先輩が肩を落とす。


(男の先生だけだと……か)


「あ、それなら神田先生もいっしょだったらどうですか?」


「……そうね」


 思いつきで口にすると、神田先生は大きなため息を吐いた。


「大塚さんにとっては、またとない機会よね」


 彼女の視線は大塚さんに向き、ゆっくりと目蓋が閉じる。

 そのまま、少し考えるような時間が空いて。


「もし、上野さんたちが参加するなら。私も監督に行こうかな」


「え?」


「小南先生。よろしいですか?」


「も、もも――もちろんですっ!!」


 小南先生がバンザイして、その場で飛び上がる。


「ナイスパスだ、駒込! お前はうちのエースだな!!」


「あ、あはは……嬉しくないなぁ」


 単純すぎるその反応に、がっくりと肩を下げる。

 そこに、上野先輩が寄ってきた。


「楽しみだね、駒込くん」


「は、はいっ!」


「試合、応援しに行くからがんばってね」


「本当ですか! が、がんばります!!」


 テンションが上がって、喉が震える。

 そしてふと、自分が小南先生を笑えないことを思い出した。


(上野先輩と……旅行か……)


 俺はあらためて、保健室の中を見渡す。


 尊敬する渋谷先輩。


 憧れの上野先輩。


 シンパシーを感じている大塚さん。


 小南先生に、神田先生。


 たった1か月の間に、心地よい場所を得た。


 明日からはいよいよ夏休み。


(こんなに夏を楽しみにするなんて、はじめてだ)


 自然と浮つく気持ちを抱えながら。

 俺……駒込トオルは、今日も保健室にいます。




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