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1、失恋

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がたんごとんと電車が揺れる。

次の停車駅のアナウンスを

春樹は神妙な顔で聞いている。


「俺、もうお前のこと好きでいるの疲れた」


電車のドアが音を立てて開いた。


春樹が何を言ったのか、

しばらく理解できなかった。

優にいちゃんも驚いた顔をして春樹を見ている。


ふらり、と

春樹は電車を降りた。

私たちの降りる駅までまだ三つもあった。


優にいちゃんは

私と春樹を見比べて二秒くらい迷った後で


「千里ちゃん、先に学校に行ってて」


と言って、走って春樹を追いかけた。


ドアが閉まり、電車が動き出した。


ああ、これって

振られたのかなあ。

春樹は私のことが好きだったのか。

でも、もう疲れたって。

なんだかよく分からないけど。


よく分からないけど。


涙が出てきて止まらなかった。


 *


春樹は私のいとこだ。


優にいちゃんは、

春樹の一歳年上のお兄さんで、

もちろん私のいとこでもある。


今年の春から、

優にいちゃんの通っていた高校に

私も春樹も通うようになった。


自宅から電車で一時間もかかる

市外の高校。


わざわざこんな遠くの高校に通うのは、

その学校にデザイン科があったから。


私も春樹も、

中学校では浮いていた。

どこにも居場所の無い校舎。

居心地の悪い教室。

話しかけることも

話かけられることも無いクラスメイト。


春樹とも、

家ではたくさん喋ったけど、

学校でお互いに話すことは無かった。


だけど、優にいちゃんの通う高校は違った。

変な人がたくさんいて、

みんな個性的で、

誰も誰かを排除しようとしない学校。


どこかで浮いていた誰かが

たくさん集まっている

そんな空間。


 *


「ち~さ~と~、マイハニ~♪」


教室に入ると急に

八千代に抱きつかれそうになった。

いつものことなので

ひらりと身をかわす。


彼女は残念そうに

舌打ちをしている。


八千草八千代という

変わった名前に引けをとらず、

本当に変人な私の親友。


18番、八千草八千代

19番、吉野千里


出席番号が一番違いという、

ありふれた理由で

友達になった私たち。


 *


入学式の時、

前の席で取れかけのソバージュみたいな

派手な茶髪の頭がゆらゆらしていた。

それが八千代だった。


生徒指導の先生が

「おい君、その髪……」

と言いかけた瞬間、


「天然です!!」

と、ギロリと先生を睨み付けた。

その形相がまるで般若のようだったので、

厳しそうな先生も

慌ててて引き下がってしまった。


「好きでこんな頭じゃないっつーの、ねえ」

と彼女は振り向いて

「あら~、ステキな“おぐし”ね」

と、急に笑顔になって私のおさげ髪を触った。


おぐし?

髪の毛のこと?

てゆうか、

なんで女なのに

オカマキャラ?



そんな感じで、

いつの間にか八千代は

私の一番目の友達になっていた。


 *


「元気がないじゃないか、千里よ」


八千代が芝居がかった口調で言う。


「そ、そう?」


「泣きはらしたみたいな目をしているわ」


ちゃんと顔は洗ってきたけど、

わかってしまうのだろうか。


さっき春樹に振られて、

学校に着くまでずっと

電車の中で泣いていた。


春樹はまだ

教室に来ていないみたいだった。

優にいちゃんも一緒にいるのかな。

二人でどこに行ってしまったのだろう。


「まあ、おはぎでもお食べ」


「おはぎ? 朝から?」


「千里に食べさせてやろうと思って

たんとこしらえてきたのさ。

さあ、お食べ。」


八千代が黒い漆塗りの重箱を開くと、

そこには

つぶあんと

きなこと

黒ゴマの

美味しそうなおはぎが

三つずつ並んでいた。


「おはぎを作ったの?」


「作るともさ、おはぎくらい」


中学校の頃、

クッキーを焼いてきたりするのが

クラスで流行したけれど、

おはぎを作ってくる女子高校生は

あんまりいないんじゃないかと思う。


本当に八千代は変わっている。

そしていつも

謎の自信に満ちている。


「おいしい!」


八千代の作ったおはぎは

本当においしかった。

あんこの甘さがひかえめで

お店で買うのよりずっとおいしい。


「そうだろう、元気が出るだろう、

たんとお食べ」


何のモノマネなのかもよく分からない、

時代劇みたいな

八千代のセリフを聞いていたら、

なんだか可笑しくなって

つい、笑いながら涙が出てきた。


 *


電車の中での会話を思い出してみる。


春樹の表情が急に変わったのは、

矢沢先輩から

告白された話をしていた時だった。


私は、高校に入学して一ヶ月の間に、

立て続けに六人の男子に

交際を申し込まれた。


私が取り立てて美人なわけでもない。

どちらかといえば、

眼鏡で

おさげ髪で

ダサい方だ。


私たちの通う高校は

男子校の普通科と

男女共学のデザイン科に分かれていて、

全校生徒の男女比は8:2くらいだった。


だから入学早々、

普通科の男子は

早いもの勝ちで

フリーの女子を獲得するために。

デザイン科の校舎に

女子を物色しに来るのだ。


その六人目の男子が

矢沢先輩だった。


五人目までは一年生だったけど、

何故か二年生の先輩に呼び出されて驚いた。


学生服のズボンは膨らんだボンタンで、

髪型はリーゼントに近いオールバックで、

少しソリコミも入れていて、

どう見てもヤンキーだった。


 *


「で、どうしたの」


と、優にいちゃんは

電車のつり革を持ち替えながら聞いてきた。


「他の人と同じ」


ちらっと、春樹の顔を見る。

つり革にぶら下がって、

聞いているのか、いないのか

わからない表情をしている。


「好きな人がいますって、断ったよ」


私がそう言った瞬間、

外の景色を見ていた春樹が

私の顔を見た。


「好きな人?」


「う、うん……」


 *


頬が赤くなっていく気がした。

春樹は、私の気持ちに

ずっと前から気付いていたはずだった。


「他の奴らにも、そうやって断ったの?」


「うん」


「好きな人、って俺のこと?」


「……うん」


顔が熱い。


優にいちゃんの方を見る。

聞いていないようなフリをして

車内広告を見ている。


がたんごとんと電車が揺れる。

次の停車駅のアナウンスを

春樹は神妙な顔で聞いている。


「俺、もうお前のこと好きでいるの疲れた」


唐突に春樹はそう言った。

なんだか怒っているような

あきれているような表情だった。


そして、電車を降りた。

優にいちゃんも。


私一人が、電車の中に残った。