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5、空の色

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放課後になって荷物をまとめていたら、

八千代に背中をつつかれた。


「もしかして、アレは千里を待っとるのか?」


教室の後ドアの所に

矢沢先輩が立っている。

クラスの人たちが、

先輩を避けて前のドアから出ていく。


慌てて矢沢先輩の所に行く。


「よう」


昨日、急に逃げ出した事は、

怒っていないようだった。

矢沢先輩は優しく微笑んでいる。


「今日は部活に行くの?」


「あ、はい。行こうと思っています」


「俺も今から人と会う約束があるから、

五時に駅前のマックで待ち合わせしよう」


矢沢先輩と話していたら、

春樹が近づいてきて、


「先に暗室に行ってるぞ」


と言って、後ろのドアから出て行った。


「何、あいつ」


矢沢先輩が、

ちょっと怖い顔になる。


「いとこなんです。部活も同じで」


「へえ、いとこねえ……」


廊下を歩く春樹の後ろ姿を、

矢沢先輩は睨み付けるように見ていた。


 *


暗室に行くと、

春樹がネガフィルムを

乾燥機にかけている所だった。


「部長は?」


「また山にでも登ってるんじゃない?」


写真部の部長は

山岳写真ばかり撮っている人だった。

暗室には、遅い時間にしか

顔を出さないことが多い。


他の部員たちは

来たり来なかったり、

ゆるい感じの部活だった。


「ネガは現像したからさ、印画紙に焼いてよ」


春樹が甘えるように言う。


「だから、自分で焼きなよ」


「千里じゃないと駄目なんだよ」


手のかかる子供みたいに、

ワガママを言う。


 *


春樹が、乾いたネガフィルムを

六枚づつに切り離して、

六つ切りサイズの印画紙に並べていく。


「じゃあ、ベタ焼きまでは自分でやるから」


引き伸ばし機のタイマーをセットして、

カチリ、とスイッチを入れる。

印画紙が光に照らされる。


「俺じゃ、上手く焼けないんだ」


と、春樹は言いながら、

感光した印画紙を現像バットに入れる。

現像液の中でゆらゆらと、

春樹の撮ったいくつもの空が浮かんでくる。


ネガフィルムをそのまま並べて、

一覧にしたベタ焼き。

それぞれに写る小さな空。


「これ、この写真がいい」


春樹が指差したのは、

今朝の円盤雲の写真だった。


 *


ネガフィルムを引き伸ばし機にセットして、

慎重にピントを合わせる。


私が試し焼きをしている間、

春樹はずっと黙って後ろから見ていた。


キャビネサイズの印画紙をセットして、

引き伸ばし機のタイマースイッチを押す。

白黒の反転した空が、

印画紙の上で光の像を結ぶ。


「やっぱり、千里じゃないと駄目だ」


写真を定着液から

ピンセットで引き上げたところで、

やっと春樹が口を開いた。


「なんで千里が現像すると

“色”が出るんだろう」


春樹は暗室の電気をつけて、

濡れたままの写真を眺めている。


「モノクロ写真なのにさ、

俺が撮った時の色に見えるんだよ。

自分で焼いても、白黒にしか見えないのに」


春樹の言葉にびっくりする。


私も、同じ事を思っていた。

春樹の写真は、モノクロなのに色が見える。

青空は青に、

夕焼け空はオレンジ色に。


「めんどくさいから、

自分で焼かないのかと思ってた」


「まあ、めんどくさいんだけどね」


春樹が笑いながら、

写真を乾燥機に入れる。


春樹といとこで良かった。

もし、ただの同級生だったら、

振られてからこんな風に話せない気がする。


ただのいとことしてでも、

春樹が普通に接してくれるのが

嬉しかった。


 *


四時五十分。

駅前のマックで

ホットコーヒーを飲んでいたら

店内に矢沢先輩が入ってきた。


まだ、私には気付いていないようで、

何かを注文している。


学生服の上は脱いでいて、

ボンタンズボンに

派手な柄シャツを着ている。

やっぱりどう見てもヤンキーだ。


「もう来てたの? 早いな」


すみっこの席に座っていた私を見つけて、

先輩は急に笑顔になる。


「さっき来たばかりです。

用事は終わりましたか?」


「ああ……」


私の向かいの席に座り、

カップにストローを挿していた先輩が、

ちょっと難しい顔になる。


「うん、もう大丈夫」


矢沢先輩は「人と会う約束がある」

と言っていた。

誰と会ってきたのだろう。


私が聞きたそうな顔をしていたのか、

先輩が口を開いた。


「女と別れてきた」


と、矢沢先輩が苦笑いしながら言う。


驚いて言葉が出なくなる。

しばらくたって、やっとのことで、


「付き合っている人がいたんですか」


とだけ言えた。


「まあ、遊びだったし。相手の女も

『またフリーになったら声かけてね~』

なんて、軽いもんだったし」


頭がくらくらした。

恋人がいたのに、

どうして私に告白なんてできるんだろう。


「でもさ、ちゃんと別れてきたんだぜ。

二股かけててもバレないのに。

千里のこと、本気だから

きちんと清算してきたんだ」


テーブルの上に置かれた

私の右手を両手で握って、

矢沢先輩が言う。


「これからは千里だけだから」


うつむいた私の顔を覗き込む

矢沢先輩の笑顔はかっこ良すぎて。


やっぱり、

すごく遊んでる人なんだろうな、

と思って不安になった。