恋愛小説が
全部無料で読み放題!
小説投稿もできる!
今すぐダウンロード!

6、口実

閉じる

最近良いお天気が続いていて、

冬用の制服だと少し暑い。


矢沢先輩と付き合いだして

半月が過ぎようとしていた。


私の不安をよそに、

矢沢先輩はとても優しかったし、

春樹とは何事も無かったかのように、

仲良くできていた。


このまま全てがうまくいくような、

そんな予感がしていた。



部活が終わって、優にいちゃんのいる、

美術部の部室に顔を出す。

美術室を覗き込んでいると、

女の人が近づいてきた。


「何か用?」


「あの、吉野優一先輩を……」


キレイな人だった。

前髪が長めのショートカットから、

切れ長の目が覗いている。

油絵の具で汚れた、

白いエプロンをつけている。

私のことを品定めするように見ている。


 *


「分かった、あんた吉野千里でしょ」


「あ、はい」


名前を言い当てられて驚いていると、


「私、あんたみたいなタイプ嫌い。

真面目ぶって、

何も知らないみたいな顔して、

そういう女子が一番遊んでるんだよね。

『男が勝手に寄ってくるの』とかとぼけて」


何がなんだか分からない。

突然罵られて、怖いとか、腹が立つとか、

そんな感情も起こらずに

ただ、口を半開きにして

その人を眺めていた。


「千里ちゃん?」


美術室の奥から、

パレットを持った優にいちゃんが出てくる。


「あ、あの、

今日は矢沢先輩と約束していないから、

一緒に帰ろうかと思って。

春樹も下で待ってるから……」


「そうなんだ。じゃあすぐに片付ける」


優にいちゃんは、笑顔でそう言ったあと、


「天草、千里ちゃんに何か言った?」


と、ちょっと怖い顔で言った。

いつもの大人っぽい優にいちゃんと違う、

普通の男子みたいな表情。


「何も。挨拶してただけ」


天草、と呼ばれた女の人は、

つまらなさそうな顔をして

部室の奥へ入っていた。


 *


デザイン棟の前で、

春樹が写真を撮りながら待っていた。


「優、遅いよ」


「ごめん、絵筆を洗ってた」


最近日が長くなってきて、

夕方なのに昼みたいに明るい。


私の右に優にいちゃんが、

左に春樹がいて、

三人で並んで歩く。

他の生徒から、

私はどう見えているのだろう。


「私、遊んでいるように見える?」


駅まで歩きながら、

春樹に聞いてみる。

ちょっと眉をひそめたあと、

馬鹿にしたような笑みを浮かべて


「遊んでるの?」


と、逆に聞かれた。


矢沢先輩とは、

時々お茶を飲みに行ったりするけれど、

まだ一回しかキスしたことは無いし。

「遊んでる」ってどういう状況だろう。


首をかしげて考えていたら、


「天草が何か言ったんだろ」


優にいちゃんがあきれたように口を開いた。


「天草……先輩?

は、どうして私のことを知ってるの?」


優にいちゃんは空を見上げて

少し考えた後、


「ごめん、千里ちゃん!」


と、突然手を合わせて謝った。


 *


電車の先頭車両の、

運転席のそばに三人で立って、

優にいちゃんの話を聞いた。


「ちょっと前のことだけど……」


言葉を捜しながら、優にいちゃんが

小さな声で言う。


「天草に告白されて……」


「マジで!?」


春樹が興味深そうに、話に食いついてくる。

優にいちゃんがちょっと迷惑そうな顔をする。


「天草はすごくいい絵を描くし、

人として嫌いではないんだけど、

女性として付き合うにはどうかなあ、とか」


「いちいち、遠まわしな言い方すんなよ」


「その、断る口実で

『好きな人がいる』って言ってしまって」


どこかで聞いたことが

あるような話だ。


「まさか、好きな人って千里のこと?」


「いや、口実だから!

本当にただの口実だよ。

天草があんまりしつこく問い詰めるから

つい、千里ちゃんの名前を」


優にいちゃんが、

私の方を向いて言い訳をする。

顔が少し赤くなっている。


「天草先輩、すごく美人だったよ。

優にいちゃんとお似合いだと思うけど」


私の言葉に優にいちゃんは


「あいつ、怖いんだよ。

平気で部員の絵をけなしたりするし。

俺の手には負えそうもない」


と、ため息をつきながら言った。


 *


昼休み、混雑している売店で

ラスト一個のチョコデニッシュを

手に取ろうとしたら、

横からにゅっと手が出てきた。


「あ、吉野千里」


チョコデニッシュを手にしたのは

天草先輩だった。


「こ、こんにちは」


「これ食べたかったの?

譲ってやろうか?」


意外な優しい言葉にびっくりする。

天草先輩は口が悪いだけで、

根はいい人なのかも知れない。


「いえ、クリームデニッシュか、

どちらにしようか迷っていたので」


私がクリームデニッシュを手に取ると、

天草先輩は憮然とした顔になって、


「あんた、本気で何かを欲しいって

思ったことないだろ」


と、パンのお金を払いながら言った。


 *


「なんでも、誰かが与えてくれるのを

待ってるみたいに見えるよ。

矢沢と付き合ってるんだって?

どうせ、自分を好きになってくれる

男なら誰でも良かったんでしょ」


「どうしてパン一個でそこまで

言われないといけないんですか」


私の手にあるクリームデニッシュは

つぶれそうになっていた。


天草先輩は、驚いたように

私の顔を見ている。


「言い返してくるとは思わなかった。

ごめん。私、思ったことが

すぐ口に出ちゃうんだ」


少し申し訳なさそうな顔をして、

天草先輩は売店の外に出て行った。


 *


「千里、おい千里」


売店の入口で待っていた八千代が、

お弁当箱を持って近付いてくる。


「今の、天草様じゃないか?」


「あまくささま……?

うん、天草先輩だけど」


「知り合い? いいなー。

今度紹介してくれ」


どうして天草先輩を知っているのか、

八千代に尋ねると、

先輩の描く絵のファンなのだという。


そう言えば、優にいちゃんも

天草先輩の絵を誉めていた。


中庭でお弁当を食べながら、

八千代が天草先輩について

熱く語ってくれた。


一年生の時に、市美展、県展、二科展、

全部に入選したこと、

校長室と職員室前に

天草先輩の絵が飾ってあること。

学校始まって以来の

奇才だと言われていること。


つぶれたクリームデニッシュを食べながら、

天草先輩の言葉を反芻していた。

「本気で何かを欲しいと思ったことないだろ」

という言葉は、的を射ているような気がして

胸に突き刺さったままだった。