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7、らしくない

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放課後に暗室で写真を焼いていたら、

ドアをノックする音がした。


「どうぞー」


印画紙を箱にしまって返事をする。


ドアを開けて入ってきたのは

矢沢先輩だった。


「あれ?

今日、約束していた日でしたっけ。

すみません」


慌てて椅子からを立ち上がると、


「いや、暇だから見学に来ただけ」


と、先輩は笑顔で言った。


「一人?」


「部長と春樹は多分撮影です。

他の部員は……、よく分かりません」


「何かしてたんだろ。続けていいよ。

ここで見てるから」


矢沢先輩がそう言って

少し遠くの席に座る。


私は印画紙の箱を開けて、

写真を焼く作業に戻る。


 *


背中に矢沢先輩の視線を感じる。

首筋がじりじりするような、

くすぐったいような、変な感じがする。


感光した印画紙を、

現像液の入ったバットに浸していると、

背中からふわりと

矢沢先輩に抱きしめられた。


「先輩?」


「ごめん、邪魔しないつもりだったんだけど、

つい……」


心臓が痛いくらいにドキドキしている。

それなのに先輩は、

私をからかうように笑っている。


「好きだよ、千里」


耳元で、小さな声でささやかれる。

頭に血がのぼる。顔が熱い。

耳に、体中の血液が行ってしまう気がする。


「わ、私も……」


耐えられなくなって、

矢沢先輩の腕からすり抜ける。


ひとつ、小さな深呼吸をして、

矢沢先輩の方に向き直る。


「私も、矢沢先輩のことが好きです」


さっきまで笑顔だった先輩が、

呆然とした表情になる。

言い方を間違えたかな、と思い、

もう一度言い直す。


「私は、矢沢先輩のことが好きです」


 *


やっと言えた。

ずっと言えなかった言葉。


矢沢先輩がしゃがみ込んでしまう。

ヤンキー座りをして、

両腕に顔をうずめている。


「笑ってるんですか?

本気で言ったんですけど」


「うん、笑ってる」


矢沢先輩が小さく言う。

その声は笑っていないようだった。


「顔、見せて下さい」


私も先輩の前にしゃがみ込んで、

先輩の顔を覗き込む。


座ったまま、先輩に抱きしめられる。

一瞬見えた横顔は、

笑っているようにも

泣いているようにも見えた。


矢沢先輩が大きくため息をつく。

そして、


「ありがとう」


とだけ言った。


 *


「矢沢先輩、キスしていいですか?」


ぴくり、と

先輩の体が動いた。


「私、いつも受身だった気がします。

でも今、自分から矢沢先輩が欲しいと

本気で思いました。

キスしてもいいですか?」


「駄目」


「え?」


「今、顔見せられない。

どんな顔してるのか、

自分でもわかんねえ」


矢沢先輩が苦しそうに言う。

その声は、なんだか彼らしくなくて、

先輩の深い部分を少しだけ

覗くことができた気がして、


「矢沢先輩は、色んな女の人と遊んでて、

私とのことも遊びかも知れないって、

そんな風に思っていました」


つい、本音を言ってしまった。


「馬鹿」


先輩が、腕の位置を変えて

私の頭を自分の胸に押し付ける。


「遊びでこんな風になるかよ。

今の俺、過去最高にかっこわりいな」


学生服のボタンが、私の頬にあたる。

矢沢先輩の心臓が、

別の生き物が入っているかのように

大きく鼓動していた。


 *


コンコン、

とドアをノックする音がする。


慌ててお互いの身を離し、

飛びのくように立ち上がる。


カメラを首からぶら下げた

春樹が


「ただいまー」


と言いながら、暗室に入ってきた。


「お、おかえり。

撮影はもう終わったの?」


「終わったけど……」


春樹が私と矢沢先輩を見比べる。

先輩は、背中を向けて

引き伸ばし機を見ている。


「暗室でいちゃいちゃしないで下さーい」


春樹が冗談っぽく言う。

顔には薄ら笑いを浮かべている。


「うるせえよ。一年」


矢沢先輩は、春樹の頭を軽く叩いて、

暗室の外に出て行った。


 *


「で、これは何の写真?

てゆうか、こんなになるまで

何してたの?」


春樹があきれたように、

現像バットを指差す。

さっき入れたままの写真が、

現像されすぎて真っ黒になっている。


「闇夜かな……」


私の冗談は聞き流される。


「いい所だったのに、

春樹がジャマするから」


ピンセットで写真を拾いながら

つぶやくと、


「千里ってそんなキャラだったっけ?」


と、春樹が驚いたように言った。