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1-2 逃亡

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 段ボールやら使わない資材やらが押し込められている、屋上手前の階段の一角。


 私は大きな段ボールの影で体を小さくしていた。


 さっきから同じことばかり考えてる。


 どうしてこんなことに。


 スマホをぎゅっと握りしめ、乾いた手の甲で唇を拭う。


 ホントに、どうして、こんなことに。


「――あぁ、いたいた!」


 その声にビクリとしつつも、私はおそるおそる段ボールの陰から顔を出した。声の主がすぐにわかってホッとする。


 段ボールを避けつつ、階段を上ってくるのは大貫拓哉おおぬきたくやことタクだった。私がさっき、メッセを送って助けを求めたまさにその人である。すらっと手足が長くて、いつも背筋が伸びてるイメージも相まって実際の身長以上に背が高く見える。縁なしのメガネの奥に覗く柔和な瞳に、ずっと張り詰めてた私の心はようやく落ち着きを取り戻す。


「ほんとに隠れてるなんて思わなかった」


 なんて言うタクの言葉はどこか楽しげだ。実際問題、なんだかニコニコしてる。こっちはホントに困ってたっていうのに!


「……そんな嘘つく必要ないし」


 例のものは? と訊こうとした瞬間だった。


「マリナ!」


 タクの後ろから、ふわふわしたボブヘアに、赤いクラスTシャツ姿の小柄な女子生徒がやっくる。岬萌美みさきもえみ、私と同じクラス。そして、私とタクと萌美の三人は同じ吹奏楽部のメンバーでもある。


「タクがマリナのこと探してるっていうから、ついてきちゃった」


 てへっと笑って、萌美はタクの腕に掴まった。タクはそんな萌美に困ったような視線を向けはしたものの、払うようなことはしなかった。


 はいこれ、と萌美は手にしていたものを私に差し出す。


「ご希望のもの」


 正確には、私がタクに希望したものだったけど。細かいことは言わずにそれを受け取った。


 濃い緑色の、ウロコみたいな凹凸がある表面。小さな目に口には鋭い牙。中途半端にリアリティのある質感の、頭をすっぽり覆える謎の怪獣のマスク。


 受け取ったそれをついついじぃっと見つめてしまった。


「……気に入らなかった?」


 萌美の言葉にハッとして、私は首を振った。


「ううん、ありがと」


 助かる、と答えつつ、私はマスクをすごすごとかぶる。ゴム製で通気性が悪い。すぐに汗ばみそう。牙のある口が開いてるのがせめてもの救いだけど。長い髪をマスクの下から引っ張って整える。


 せっかくの文化祭だってのに、どうしてこんなものをかぶってるんだ、私は。


「いきなりメッセきて、顔を隠せるものを持ってきて、だもんな」


 苦笑するタクに何も言えない。正確には、何も言いたくなかった。


 一方で、途端にニマニマしだしたのは萌美だ。


「実は、私、聞いちゃったんだ」


 何を? とタクは萌美に訊き返す。


「マリナ、今追われてるんだよ」


 怪獣マスク越しにタクと目が合った気がして、つっと逸らした。密かに唇を噛みしめる。


「何それ。どっかのクラスのイベント?」


「そうじゃないけどー」


 萌美はタクを焦らしている。ハタからはいちゃついてるようにしか見えないそんな光景だったけど、萌美がタクにすぐにそれを言わなかったことを私は感謝した。


 体育館で悠人にキスされたこと、萌美はもう知ってるのか。


 悠人にキスされたせいで、ファンの子たちに追われてる、なんて言いたくもないし知られたくもない。ライブ観に来れば? なんて誘いに乗らなきゃよかった。


 もっとも、それがタクの耳に入るのは時間の問題だったし、何より私はそれがタクの耳に入ることを望まなきゃいけないわけだけど。


 ……私はやっぱり考える。


 どうして、こんなことに。


 ふいに、手の中にあったスマホが震えた。メッセだ。


『城崎悠人』


 表示された名前を見た瞬間、頭に血が上ってきた。怪獣マスクをしてて本当によかった。


 こんな顔、タクに見せたくない。


 メッセの本文を確認したらため息が漏れた。最初からこういう約束だったし、諦めるしかない。


 怪獣マスクを整えて、タクと萌美に向き直る。


「マスク、ありがと。ちょっと行ってくる」


 二人の間をすり抜け、私はわざとらしいくらいに軽快なステップで階段を駆け下りた。


 そんな私を追いかけるように、タクが声をかけてくる。


「吹部のステージ、三時に2音に集合だからな」


 第2音楽室、通称『2音』。吹奏楽部の部室である。


 私は階段を下り切ってから、タクを振り返った。


「わかってる!」


 再び駆けだした。視界のすみに捉えた、まだタクの腕に掴まっている萌美の姿を、頭から無理矢理追い出した。