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8、力ずく

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春樹と優にいちゃんの家は、

私の家からバス停二つ分遠くにある。


今日は春樹に

カメラのクリーニングキットを

借りることになっていたので、

数ヶ月ぶりに春樹の家に来た。


「この部屋に入るの久しぶり」


「あれ?

ここに置いたと思ったんだけど。

父さんの部屋かな」


春樹が、散らかった学習机の上をあさる。

マンガやカメラ雑誌が山積みになっている。

隣にある優にいちゃんの机は

きちんと片付けられている。


クリーニングキットを探しに

春樹は部屋を出ていく。


部屋は、男の子の匂いがした。

壁に春樹の撮った写真や

優にいちゃんの描いた絵が

無造作に飾ってある。


 *


机のそばのコルクボードには

中三の夏、三人で海に行った時の

写真が数枚貼ってある。


春樹がカメラを持っていたので、

ほとんどは私と優にいちゃんの

水着姿の写真。

一枚だけセルフタイマーで撮影した

三人一緒の写真がある。

海をバックにして、

春樹と優にいちゃんに挟まれている私。


この時は、こんな夏が

永遠に続くのだと思っていた。


二段ベッドの下の段に座る。

下段は春樹のベッドのはずだ。


「あれ?」


紺色のシーツの隙間に、

定期入れが挟んであるのを見つける。

春樹がいつも使っている

茶色い合皮のものとは違う、

青いビニールの定期入れ。


なんとなく拾い上げると、

中に私の写真が入っていた。

水着姿の私が膝まで海に入っている。

後ろ姿で、顔だけ少し振り返っている。


「わあああっっ!!」


部屋に戻ってきた春樹が、

クリーニングキットを床に落とす。

私の所まで走ってきて、

定期入れを奪い取り、

自分のベッドに突っ伏す。


 *


「……見た?」


うつぶせに寝たまま春樹が尋ねる。


「ごめんね、隠していたとは思わなくて」


「……」


「どうしてその写真だけ別にしてあるの?

去年、海に行った時の写真だよね」


他の写真は部屋に飾ってあるのに、

そんななんでもない写真を

ベッドに隠している意味が分からない。


「頼むから忘れてくれ……。

見なかったことにしてくれ……」


うめくように春樹がつぶやく。


「いいけど。変なの」


遠くでさおだけ屋の音が聞こえる。

春樹が突っ伏したまま

ずっと黙っているので

私もベッドに座ってぼんやりしていた。


 *


「なあ」


春樹が半分だけ顔を上げる。


「ずっと気になってたんだけど」


茶色がかったゆるいクセ毛の隙間から

右目が覗いている。


「もしあの日

俺が千里のことを振らなかったら」


胸が、ちくりと痛む。


「矢沢先輩と付き合ってなかった?」


それは、

私自身が何度も

自問自答した言葉だった。

そして、もう答えは出ていた。


「遅かれ早かれ、

いつかは付き合っていたと思う。

私、矢沢先輩のことを本気で好きだから」


再び沈黙が訪れる。


春樹が大きくため息をついて、

上半身を起こす。


「そう言ってもらえて良かった。

これであきらめがつく」


自嘲するように笑って、

春樹が話を続ける。


 *


「あの日、思ったんだ。

いとこの俺なんかと

一緒にいるべきじゃないって。

あのままじゃ両想いになってしまうから、

それが恐かったんだ」


ずっと理由が分からなかった。

あの日の春樹の言葉。


「だから千里の前から逃げた。

でも、すげー後悔した。

振ってみて初めて

どんだけ好きだったか自覚して」


涙が出そうになる。

春樹は私のことを

ずっと想っていてくれたんだ。


「なあ、キスしていい?」


「え?」


「一回だけキスしたら、

今度こそ本当に千里のことあきらめる」


「だ、駄目だよ。

私、矢沢先輩の彼女だもん」


「じゃあ、力ずくで」


 *


どさり。

視点がひっくりかえる。

両腕を握られたと思ったら、

いつの間にかベッドに押し倒されていた。


「やだ……」


「俺のファーストキス、

最悪な思い出になったんだぜ。

やり直させてよ」


いたずらっぽく春樹が笑う。

だけど、目が笑っていない。


ベッドに押さえつけられた両腕は

どんなに力を入れても抜けない。

春樹ってこんなに力が強かったんだ。


「ん……」


春樹に唇をふさがれる。

長い

長い、

終わりの象徴みたいなキス。


 *


「泣くほどいやだった? ごめんな」


いつの間にか

涙が頬を伝っていた。

だけど、その涙は

いやだったからじゃない。


「あー、

これでやっとあきらめがついた。

俺も新しい恋に生きよう」


大きく背伸びをしながら春樹が言う。

その顔は清々しく笑っている。


「ほんとごめんってば。

もう泣かないで」


春樹がちょっと困ったように、

ティッシュで私の涙をふく。


深いところに閉じ込めておいた

私の春樹への想いは

まだ全然小さくなっていなくて、

それどころか

どんどん大きく膨らんで。


こんなに春樹のことが大好きなのに、

矢沢先輩のことも本気で好きだなんて。


私って最低な女だ。