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7話 ディナーの行き先は・・・

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「ねぇ、カイ。この格好おかしくない?」


姿見の前に立って自分の服装を確認しながら、カイに声を掛ける。



「別におかしくはないだろ」


「もう、カイったら、ちゃんと見てから言ってよ」



今日は、一応デートという名目があるから、せっかくお洒落してみたのに。

カイは興味ないとばかりに、こちらに視線すら寄越さない。


しかも、今日はなぜか朝から不機嫌。


いや、正確には昨日から、カイの態度がなんだかよそよそしくて。

話し掛けづらい雰囲気のせいで、結局まともに会話をしていない。


私も私で、例の話をどうやって切り出すべきか悩んでしまって。

具体的な話を出来ないでいた。


多分私は、カイの口から真実を聞くのが怖いのだと思う。

はっきりとそれを聞いて。

冷静な判断が出来るのか分からない。


カイと話をしようと、あんなに決めていたはずなのに。

話を聞いた後どうすればいいのか、心の準備が出来ていなくて。


カイと向き合うのを避けているのは、他でもない私自身だ。



「私、夕食食べて帰ると思うから、カイは適当に済ませてね」



だからこうして、他愛もない話をして誤魔化してしまう。



「俺も出掛けるから、帰り遅くなる」


「そう、なんだ」



もしかしたら、あの店にピアノを弾きに行くのかもしれない、と思ったけれど。

それを口にすることは出来なくて。


二人の間に、微妙な空気が流れる。



ああ、もう。


なんでこんなにもやもやするんだろう。


奥歯にものが挟まったような感覚がして、すっきりしない。



こんな中途半端な状態、私らしくない。


こうなったらいっそ、もうこの場ではっきりさせてしまおうか。


そんな考えが浮かんで、思い切ってカイに視線を向けた時。

テーブルに置いていたスマホが高らかに着信を告げた。


はぁ、と大きなため息がもれる。


こうやってずるずると、大切なことが後回しになっていく。



「早く出れば? 迎えに来たんじゃねぇの?」



カイが冷めた視線を向けるから、そうだね、と答えてスマホを手にした。


スマホの画面で着信を知らせている名前は、やはり佐伯さえきさんだった。

画面に指を滑らせ、電話を受けた。



「もしもし」


『もしもし、新條しんじょうさん? 今、マンションの前に着いたよ』


「はい、すぐに降ります」


『うん、待ってる』



通話を切って手元から視線を上げると、不意にカイと視線が合った。


それなのに。

カイはすっと、視線を逸らせてしまった。

私は表情のないカイの横顔を見つめることしか出来ない。



「じゃあ、行ってきます」



カイに向けた言葉にも、返事はなかった。



エレベーターが来るのを待ちながら。


はぁ、と。


また、大きなため息がもれた。



なんでこんなに、ぎくしゃくした雰囲気になってしまったんだろう。


こんなつもりじゃなかったのに。


私の心の迷いが、カイに伝わってしまっているのだろうか。


そんなことを考えながらマンションのエントランスを出ると。

停められていた車に寄り掛かるように、佐伯さんが立っていた。


カジュアルなジャケットを羽織っている彼は、いつもよりスタイリッシュだ。


センスのいいお洒落な私服は、佐伯さんのスペックを更に上げているように見えた。



「私服、可愛いね。俺のためにお洒落してくれたんだ?」


「そんなんじゃありません」



可愛くない答えしか返せない私に気を悪くする様子もなく、佐伯さんはスマートに助手席のドアを開けた。



「こちらへどうぞ」


「・・・ありがとう、ございます」



促されるまま助手席に座ると、レザーの座席が心地よく身体に馴染む。

国産の高級車は、車内も広くて居心地がよい。


清潔で爽やかな香りは、まるで佐伯さんの性格を表しているようだった。



「じゃあ、行こうか」



佐伯さんの運転で走り出した車は滑らかで、乗り心地も抜群によかった。



「どうして車だったんですか?」



今日の行き先は、大型ショッピングセンター内の映画館。

駅と直結しているから現地集合にしようと言った私に、車で迎えに行くと言い張ったのは佐伯さんだ。



「だって、記念すべき初デートなんだから。送り迎えしたかったんだよ」


「初デートって・・・。でも私の家、佐伯さんの家とは離れてるし、迎えに来たら逆に遠回りになっちゃうじゃないですか」



通り道なら、迎えに来て貰ってもそこまで気が引けないけれど。

佐伯さんと私の家は、目的地を挟むようにして逆方向にある。


一旦目的地を通り過ぎて私を迎えに来ているのだから、はっきり言って非合理的だ。



「だから、だよ」


「え?」


「電車だったら、帰りに送らせて貰えないだろ?」


「当然ですよ。わざわざ遠回りなんてさせられません」



即答した私に、手強いな、と佐伯さんがつぶやいた。



「そう言われると思って車にした。初デートで、女の子を一人で帰らせるなんて出来ないよ。だから今日は、俺のしたいようにさせてね」


「でも・・・」


「折角のチャンスだしね。俺を知って貰うためにも、一緒にいる時間は長い方がいい」


「・・・・・・」



そう言われてしまうと、これ以上断ることが出来なくて。

どうせなら今日は、最後までとことん佐伯さんにつき合おう。


今日一日一緒に過ごしたら、もの好きな佐伯さんも満足するだろう。


もう誘われなくなるなら、今日一日を佐伯さんに費やす位、たいしたことじゃない。



そう思いながら渋々つき合った、佐伯さん風に言う“初デート”、というモノは。


率直に言うと。


本当に不本意ながら。


かなり悔しいけれど。



結果的に。


・・・結構楽しい時間だった。





映画好き、と言っていた佐伯さんのセレクトは。

社会派で実話を元にしたストーリーが話題の、笑いあり、涙ありの映画だった。


ストーリーに集中してしまい、隣に佐伯さんが居ることも忘れ号泣してしまった。



「気に入ってくれたようでよかった」



映画の余韻で目が潤んでいる私を見て、佐伯さんが言う。



「この映画、見てよかったです」


「うん、面白かったね。前に予告を見てから、ずっと見たいと思ってたんだ。俺も新條さんと見られてよかった」



咄嗟とっさに言葉に詰まってしまう。


今日数時間過ごして分かったことだけれど。

佐伯さんはこうして時々、人を困らせるような台詞をさらりと言う。


そういうところに、プレイボーイの片鱗へんりんが現れる。



だけど、そうした発言に嫌悪感を抱かないのは、佐伯さんの人柄のせいなのだろう。


私の意見を尊重しながら、自分の考えをしっかり持っていて。

強引さを感じさせずに、スマートにエスコートしてくれる。


一緒に居ても、ほどよい距離感で会話を楽しませてくれる。


流石、仕事が出来る男は違うな、と感じてしまった。



だから、佐伯さんと過ごす時間は、文句なく楽しめたと言える。



どうやら少し、佐伯さんのことを勘違いしていたのかもしれない。



「お腹空いてきた?」



映画の後、佐伯さんにつき合って買いものをして。

車に戻ってから、佐伯さんに聞かれた。



「そうですね。ちょっと空いてきました」



映画が始まるまでの間、佐伯さんが買って来てくれたサイドメニューのフードを少し摘まんだけれど。

日が暮れ、もう夕食時になっていた。


丁度空腹を感じる時間帯だ。



「よかった。今からなら、予約の時間にぴったりだ」


「予約してくれてたんですか?」


「もちろん。連れて行きたいお店があったからね」



流石だ、と思った。


こういうソツのないところが、仕事の成績のよさにも現れているんだろうな。


慣れない相手と食事をする時、“行きたいところでいいよ”と丸投げされるとかなり困る。

相手の好みも知らないし、近くに知っているお店がある訳でもない。


だから、こんな風に行き先を示してくれると本当に助かる。



「好き嫌いって、ほとんどなかったよね?」


「はい、ないです」



以前、飲み会の席で好き嫌いの話になった時、そういう会話をしたことがあった。


そんなことまで覚えているなんて、と彼の抜け目のなさに驚いてしまう。


再び車に乗って。

すっかり陽が落ちた中、通りを走り抜ける車内は、日中よりも空気の密度が濃くなったような気がする。


それでも、二人で居ることに息苦しさを感じなかった。

数時間一緒に過ごして打ち解けた空気感と、なによりも佐伯さんの人柄のおかげだ。


ここまで来て、私の警戒心もかなり和らいでいた。




あれ・・・?


なんだか、この通りに見覚えがある。


そう思った直後、はっきりと見覚えのある場所で車が停まった。



まさか、と背筋に緊張が走る。


車が私の知っている道を通らなかったせいで、直前まで気づけなかった。

だけど。


ここは、間違いなく、あの場所だ。



「着いたよ」



佐伯さんが車を駐車場に止めて、エンジンを切った時。

私は絶望感にも似た気持ちを抱いた。


こんな偶然ってあるんだ、と愕然とした。


だって・・・。



「どうかした?」



佐伯さんが、押し黙った私を心配するように、顔を覗き込んでくる  。



「・・・いいえ。あの、佐伯さんが予約してくれたお店って、ここですか?」


「うん、そう。最近評判のフレンチレストランで、前から来てみたかったんだよね。なかなか予約が取れないみたいだけど、運よく予約出来たんだ。フレンチ、大丈夫?」


「大丈夫、です・・・」



と、言うか。


私も、以前からここの料理を食べてみたいと思っていた。


前回来た時は、食事が出来なかったから尚更・・・とは言えないけれど。



「時間だし、行こうか」


「・・・はい」



車を降りて、向かった場所は。


La vie enヴィアン musiqueミュージック


という看板が掲げられたお店。



そこは間違いなく、あのフレンチレストラン。


カイがピアノを弾いている、あのお店だった。