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6話 My Decision

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 静寂が満ちた部屋の中、自分の心音がやけに大きく聞こえる。


 “それなりの覚悟をしてもらう”という言葉にも屈せず追いかけた私を、志鷹したかさんは呆れた様子で見たものの、黙って部屋に入れてくれた。


 そして現在、私はソファーに座る志鷹さんの手当てをしている。


 消毒液を含ませたガーゼを傷口に当て、私は眉をひそめる。志鷹さんは病院には行かないと言うが、やはり行くべきではないだろうか。傷はそれほど深くないとはいえ、炎症でも起こしたら大変だ。


 私の表情から何か読み取ったのか、志鷹さんはおもむろに口を開いた。



「平気だって言っただろ」


「でも…」


「いいからそこに座れ。話がある」



 有無を言わさぬ口調で言われ、促されるまま隣のソファーに腰かける。


 志鷹さんは驚くほど手際よく自分の腕に包帯を巻くと、一度別の部屋に行き新しいシャツに着替えて戻って来た。



「それで、あれだけ脅したのに何でついて来たんだよ」


「志鷹さんの怪我が、心配で…」


「俺達に深入りしすぎると、お前の身が危険に晒されるかもしれない。…さっきのことで、もう十分分かっただろ。俺はお前に協力を頼んだが、俺達のごたごたに巻き込んで危ない目にあわせたくはない」


「…分かってます。だから猶予ゆうよ期間をくれたし、無理強いはしないって言ってくれたんですよね」



 そうなのだ。志鷹さんは優しいから私に選択肢を与えてくれるし、心配してくれる。だからこうして怒っているのだ。


 志鷹さんにとっては、私を大人しく従わせる方がよほど楽で効率的なはずなのに。



「……私、本当は今日、断るつもりでいたんです」



 そう告げると、志鷹さんはわずかに瞠目どうもくする。



「…じゃあ、尚更帰るべきだったんじゃないのか」


「はい。私も、きっとそうするべきだったんだと思います」



 私は視線をテーブルに落とし、正直な気持ちを口にした。



「志鷹さん達と私は、普通に生活していれば絶対に関わり合うことなんてなかったと思うんです。私は月に数回しか街に行かないし、チームなんてものが存在することすら知りませんでした。もし春陽はるひくん達に出会わなかったらって、想像したこともあります。でも…」



 私は苦笑気味に頬を緩め、下を向いたまま言う。



「出会ってしまったんですよね。もしものことを考えても、どうしようもないんだって、どこかで気づいてました。今のこの状況が現実だから、志鷹さん達から逃げるだけじゃ何も変えることなんてできない。だけど、どうすればいいのか分かりませんでした。

…だから私、遠ざかって行く志鷹さんの姿を見た時、今の自分の気持ちを大切にしようと思ったんです」



 私は顔を上げ、黙って話を聞いている志鷹さんに向き直った。ギュッと手に力を入れ、それを告げる。



「―――私、ネックレス探しに協力します」


「…ついて来たからそうするしかないと思ってるなら、」


「そうじゃありません。さっき、志鷹さんは私を助けてくれました。私が泣き止むまで、そばにいてくれました。私はそのお礼をしたい。ネックレス探しを手伝う理由は、それだけで十分なんです」



 それが私の本音だった。


 首にナイフを突き立てられ、車に乗せられそうになって、凄く怖かった。


 もし志鷹さんが助けてくれなかったらと思うと、ぞっとする。あの時、優しく背中を叩いてくれた温もりがなければ、今こうして落ち着いていられたか分からない。


 恩ができたからとか、そんな理由ではなくて。ただ私自身が、志鷹さんに何かを返したいと思っているから。


 自己満足だろうと、ネックレス探しに協力することで志鷹さんの力になれるなら、私はそうしたいだけだ。


 じっと志鷹さんの反応を待つ。志鷹さんは暫く無言で私を見ていたが、やがて「…お人よし」とつぶやくようにこぼす。



「…お前みたいなやつを、俺は他にも知ってるよ」



 一瞬馬鹿にされたのではとショックを受けた私は、しかし向けられた微笑にドキリと胸を高鳴らせることになった。



「ありがとう」



 そう言って微笑む志鷹さんに、私は妙な既視感を感じ、言葉を失う。


 志鷹さんはそんな私の心中には気づかなかったらしく、再度口を開いた。



「お前が協力してくれるなら、俺達はお前に危害が加わることがないよう全力を尽くす。だが、絶対にないと言い切ることができないのも事実だ。それでも、いいのか?」


「―――はい」



 私は強張った顔で答え、「あ、でも、」と続けた。



「双子の件は、保留ということでお願いします」



 慌ててつけ加えた私に志鷹さんは苦笑し、ゆっくりと立ち上がる。



拓海たくみが下で待ってる。今日はもう帰れ」



 その横顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。




「やあ、変な顔してるね」



 それが、私と顔を合わせた逢坂おうさかさんの第一声だった。


 白い高級車の窓から顔をのぞかせ爽やかな笑顔で告げるから、一瞬聞き間違いかと耳を疑ったくらいだ。


 唖然として車の前に立っていると、逢坂さんは何食わぬ表情で「早く乗りなよ」と促す。我に返って後部座席、逢坂さんの隣のシートに座ると、車はすぐに発進した。



「あ、私の家は…」


「住所は分かってるから大丈夫だよ」



 慌てて運転手さんに声をかけようとすると、逢坂さんにさえぎられる。


 なぜ知っているのかと思ったが、以前逢坂さんが私について調べると言っていたのを思い出し、口をつぐんだ。


 そういえば双子も、私の電話番号を逢坂さんのパソコンで見たというような話をしていた。


 やはり逢坂さんは恐ろしい人だと感じつつ、送迎に対するお礼の言葉を述べる。



「これくらいはこき使われ慣れてるから、かまわないよ。そんなことより、ネックレス探し、手伝うことにしたんだってね」


「はい…。その、れ…れい……志鷹さんっに、お聞きしたんですか?」


「うん。……ごめん、それ、突っ込んだ方がいい? まあ、これで君があんな間抜けな顔をしてた理由が分かったけど。大方れいに、正式に仲間になったんだから堅苦しい名字呼びはやめろとでも言われたんでしょ。玲もデリカシーないからね。君みたいな馬鹿がつく純真無垢なお嬢様に、いきなり年上の男を名前呼びしろなんて無理な話なのに。あ、失礼。ついオブラートに包むのを忘れちゃった」



 まさに図星だった。先ほど部屋を出る前に志鷹さんにそう言われ、今度会った時に名前で呼ぶか否か迷っていたのだ。


 試しに今名前で呼んでみようとしたが、結果は言うまでもなく、やはり無理だと思い知らされただけだった。


 それにしても、若干逢坂さんの言葉に毒気が多くなったのは気のせいだろうか。そして、向けられる笑みが肌にひりひりと痛い。



「でもそうだね。そういうことなら俺のことも名前で呼んでみる?」


「え、」



 にこにこと、輝きを放ちそうなほど綺麗に微笑む逢坂さん。そんな姿はやはり…。



「―――王子様」


「……“様”はやめようか。王子はもう肯定しちゃったから別にいいけど、さすがにその呼び名は俺が言わせてると思われたら嫌だし」


「っ…! ご、ごめんなさい」



 しまった。つい口からうっかりと…!


 両手で口を塞ぐ私に、逢坂さんは気がそがれたというように窓の外に視線を向けた。


 私は気まずい空気を生み出してしまった自分自身に、心の中で罵声を浴びせた。何か場をもたせる話題がないか必死で頭を回転させる。


 しかし私が何か思いつく前に、逢坂さんが独り言のようにつぶやいた。



「早く嫌だって断っておけば、こんなことにはならなかったのに」



 鈍い私でも、それが自分に向けられた言葉だと理解できた。


 逢坂さんは私の目をじっと見つめ、はっきりと告げる。



「これで君はもう、簡単には逃げられないよ」



 冷たく脅すような響きを乗せた言葉に、いつかと同様背筋が冷えるのを感じた。何も言えなくなった私と、私から顔をそらす逢坂さん。


 それでも、沈黙に支配された車が私の家の前で止まった時には、逢坂さんは何事もなかったかのように再び綺麗な笑みを浮かべていた。


 車を降りた私が、「―――何で逃げ出してくれなかったのかな」という逢坂さんの台詞を聞かずに済んだのは、ひとえに幸運と呼ぶべきことだろう。




 もうすぐ九時を迎えようかという頃に帰って来た私に、奏汰かなたは特段心配した様子もなく声をかけてきた。



「おかえり。遅かったね」


「あ、ただいま。ちょっと、その、いろいろあって」



 まさか不良の喧嘩に巻き込まれ、人質にされた上に誘拐されかけたなど言えるはずもない。


 奏汰は私にチラリと視線を投げた。しかし、そのしぐさにどんな感情が含まれているかは分からなかった。


「ご飯は用意してるから」と告げ、リビングを出て行こうとする奏汰。私はその背中を慌てて引き止める。



「待って、奏汰。…話があるの」



 それから私は、帰りが遅くなったのは知り合いの家に行っていたからだということ、そしてその人があるネックレスを探しているということを話した。


 もちろん、その人が不良チームに属する人だということは伏せておく。



「じゃあ姉さんは、これからもネックレス探しを手伝おうと思ってるの?」


「うん。そのつもりだよ」


「土曜日に急に家を飛び出したのも、もしかしてそれと関係ある?」


「実は……」


「まさか、先週からずっと?」



 うなずくと、奏汰の目に険しい色が宿った。


 それはそうだろう。奏汰にしてみれば、今まで私に嘘をつかれていたことが判明したのだから。


 いや、正確にはまだ嘘が残っている状態なのだが。



「俺に嘘ついたのは何で?」


「心配かけると思ったから」



 重苦しい空気が漂っているが、私の胸には嘘を重ねていることへの自責の念が渦巻いている。心苦しくてまともに奏汰の顔が見られない。



「嘘つかれる方が、ずっと嫌なんだけど」


「……ごめんなさい」



 奏汰の表情にそれほど変化はないけれど、怒っているということは分かる。



「…だいたいさ、姉さんがそこまでして探してあげる理由があるの? 姉さんが頼まれたら断れない性格だって知ってて、いいように利用してるのかもしれないよ」


「そんなこと…、ないよ。強要されたとかじゃなくて、自分で決めたことだから」



 “自分で”という部分を強調して言うと、奏汰は追及を止めて小さく息をついた。



「姉さんがそうしたいなら、そうしなよ」


「え?」


「何で驚いてるの? やめろって言われるとでも思ってたとか?」


「う、うん」


「姉さんは素直過ぎるんだよ。弟の俺の言うことなんて無視することもできるのに。親もいないし、帰宅時間が少々遅くなろうと関係ないんだからさ。バイトしてる高校生なんて、もっと遅い時間に街を歩いてるのが普通でしょ」



 突然もっともなことを言われ、私は面食らったような気持ちになる。


 だって、帰りが遅くなる時は互いに連絡するのが普通で、誰に言われることもなく学校が終われば寄り道せずに真っ直ぐ帰宅する。たまっている家事を片づけるという理由もあるけれど、それが私達の日常だった。


 だからつい「それじゃあ、手伝ってもいいの?」と間抜けな声できいてしまうのだが、奏汰はどこまでも冷静に返事をした。



「俺に、姉さんの行動を制限する権利はないからね」


「あ、ありがとう。でも、できるだけ帰りは遅くならないようにするから!」


「そう」



 これで一応奏汰の了承を得られたと、私はひとまず安心する。意気込んで言った私を見つめていた奏汰は、「姉さん、」と口を開きかけるのだが。


 それとほぼ同時に私の携帯が着信を知らせ、私は画面に記された“双子”という文字を見て廊下に出た。


 こんな時間に何だろうと思ったが、電話をかけて来た理由は想像がつく。


 案の定電話の相手は、『協力することに決めたんだって?』と開口一番楽しそうに尋ねた。


 私が肯定すれば、さらに上機嫌な声が返って来る。



『ま、当然だけど。とにかく明日から本格的に遊んでやるから楽しみにしとけよ。あーあ、もし万が一お前が断ったら、二人でストーカーになる気満々だったのにな』



 声だけでは断定しづらいが、向こうではスピーカー機能を使って二人で話しているらしい。


 一人が話している時にはもう一人の笑い声が聞こえてくる。声の判別は不可能だ。


 私にとっては全く笑えない話を十分以上聞かされ、通話を切った時には精神的にとても疲れていた。電話だけでここまで破壊力があるとは、さすが双子だ。



「…大丈夫、きっと冗談だって。うん、そう思おう」



 自分に言い聞かせてリビングに戻る。一度協力すると決めた以上、見つかるまでつき合うのが筋というものだ。


 嫌な思考を消し去るように頭を振り、テーブルの上でノートパソコンを開いていた奏汰に声をかける。



「そういえば、さっき何か言いかけてなかった?」


「…別に。ご飯冷めてるから温め直してって言おうとしただけ」



 奏汰の視線はパソコンの画面へと向けられていた。遠くから見ると、何やら黒い背景のサイトを開いているようだ。白い文字が上から下に流れている。


 興味本位で近づくと、奏汰は画面を覗こうとしていた私に気づいたのか、さっさとパソコンを閉じてしまった。



「じゃあ俺、部屋で勉強するから」


「あ、うん。頑張ってね。後で夜食持って行こうか?」


「お願い」



 まるで私に見られてはまずいというような態度に、疑問を抱く。けれど、奏汰にだって私に知られたくないことはあるだろうと納得し、キッチンにきびすを返した。


 奏汰にこれ以上の嘘をつかないためにも、一刻も早くネックレスが見つかることを祈るしかない。


 「頑張ろう…!」と自分に喝を入れ、明日から始まるであろう慌ただしい生活を思い描いた。


私の決断は間違っていない。そう信じて。