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7話 Restart

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「改めまして、御守みもり叶美かなみです。よろしくお願いします!」



 ネックレス探しに協力すると決意した翌日、私は志鷹したかさんのマンションに集まった人々に向かって頭を下げていた。



「固いな」


「固い」



 すぐに非難したのは双子で、私を挟んで座り、両側から凝視して来る。ついでに言えば、時々腕をつついて来たりもする。意図が分からないからよけいに怖い。



「二人とも、叶美ちゃんが怖がってるよ」


「叶美ちゃん!?」


「そう呼んだらダメだったかな」



 唐突に名前を呼ばれ、私は目を丸くする。


 しかし呼んだ本人、逢坂おうさかさんがにこりと少し黒い笑みをたたえたのを見て、「いえ、どうぞ…」と身を縮めた。


 昨日の会話といい、逢坂さんは私に対してあまりいい感情を抱いていないのではと思うのだが。こうしてフレンドリーに接してくることも多々あるし、まったく謎な人だ。


 気づかれないように息を吐き出すと、双子が「何で俺達より先に王子と仲良くなってるんだよー」と騒ぎ出す。


 それを本心から言っているのなら、双子の目は節穴だ。


 私は部屋の隅で横になって眠っている潤賀うるがさんを見る。この状況で安眠できる図太さを、少しでいいから分けてほしいと思った。


 と、そこへ他の部屋で電話をしていた志鷹さんが戻って来て、私は肩の力を抜く。      


 目が合った時、志鷹さんの表情はわずかに強張っていた気がした。けれど、彼はいつも通り冷静な声色で「どこまで話した?」と逢坂さんに尋ねる。


 逢坂さんがにこやかな笑みを浮かべると、それから全てを察したのか小さくため息を吐いた。



春陽はるひ春翔はると、静かにしろ。ひじりは…もういいか。とりあえず、叶美」


「は、はい」


「ネックレスを手に入れるまでの間、よろしく頼む。それにあたって、今日は俺達についてもう少し詳しいことを教えておこうと思う。前にも言ったが、俺達はロスト・グローリーというチームに所属している。リーダーは俺だ」


「で、俺が副リーダー。双子と聖はあんなでも一応幹部なんだよ」


「一応って何なんだよー」


「聖なんかと一緒にしないでもらえるー」



 志鷹さんに逢坂さんが続け、それに双子が文句を言う。このワンシーンだけで、リーダーの志鷹さんは負担が大きそうだと分かってしまった。



「この街には俺達を入れて五つのチームがある。ロスト・グローリーは、最近できたばかりの新興チーム。他のチームに比べれば規模も小さいし、権威も弱い。だからネックレスを探す時にも、できるだけ他のチームと真っ向からぶつかることは避けたいと思ってる」


「そこで、君の存在が効いてくるってわけだよ。ハル達が君を初めてここに連れて来た日、俺が秀麗館しゅうれいかんかって言ったのを覚えてる?」


「…えっと、はい」



 記憶を手繰り寄せると、確かに逢坂さんは私を見てそう言っていたような気がする。



「それがけっこう重要な条件…というか、君の長所なんだよ。俺達が情報を聞き出そうと敵チームのメンバーと接触すれば、当然向こうは警戒する。近頃はどこもネックレス探しに夢中になって、街全体がぴりぴりしてるからね。

だけど秀麗館の制服を着た君だったらどうだろう。誰も、まさか品行方正と名高いお金持ち学校に通う生徒がスパイだなんて、考えないよね。特に君は根っからのお嬢様みたいだから、おあつらえ向きだよ」



 何だか分かったような分からないような説明だが、要約すると、私なら怪しまれずにネックレスの情報を集められるかもしれない、ということだろうか。


 逢坂さんの理屈で言えばそうなるのだろうが、正直自分が上手くスパイをできるとは思えなかった。


 奏汰かなたくらい冷静沈着で動じない性格なら、どうにかなったのかもしれないが。



「それで、私は具体的にどういったことをすればいいんでしょうか」


「状況に応じていろいろしてもらうことになるだろうけど、当面はある男を探すのに尽力してもらいたい」


「ある男?」



 尋ねる私の前に、双子は見覚えのある紙を広げた。


 それは以前、双子に連れられて行った店で渡されたもので、相変わらず人か何か判別できない絵が描かれている。


「こいつだよこいつ」


「前にこいつを探してるって言っただろ」


「何その壊滅的に下手な絵」


「仕方ねーだろ! あんまり覚えてなかったんだよ!」


「そういう問題?」



 逢坂さんが的確な突っ込みをするも、双子の反論は志鷹さんの声にさえぎられる。



「俺達が探してる男は、Freyフレイのリーダーがネックレスを落とした時に抗争していたチームのリーダーだ。当時の状況から考えて、その男がネックレスを持っている可能性が高い。…喧嘩の時だけ出て来てすぐに闇に紛れるような奴でな。顔は知ってるが、どこのどいつか分からずに探しようがなかった」


「でも最近、そいつがよく出入りしてるって店の情報をつかんだんだ。けっこう大変だったんだよ。俺も久しぶりに本気出しちゃった」



 そう得意げに告げ、逢坂さんがテーブルに置かれていたノートパソコンを指でトントンと叩く。


 その言葉から察するに、何らかの方法で情報を掴んだのは逢坂さんなのだろう。


 志鷹さんはうなずき、私に真剣な眼差しを向けた。



「そこで早速だが、今週の土曜にでもその店に乗り込もうと思う。お前にも一緒に来てほしい」


「はあ……、え!?」



 乗り込むって、喧嘩ってこと? それに私もつき合えと?


 自分が喧嘩の現場に居合わせることを想像して真っ青になる私に、志鷹さんは「言い方が悪かった」とつけ加える。



「乗り込むと言っても、喧嘩しに行くわけじゃない。最近、急に店に姿を現さなくなったらしいからな。行っても必ずそいつがいるという保証はない。俺達は一般客を装って来店し、いくつか仕掛けをするだけだ。大きな危険はない」


「…わ、分かりました」



 とりあえずいきなり喧嘩に巻き込まれることがないなら大丈夫だろうか。そう自分を納得させた私だが、不安が消えたわけではなかった。



「なーに不安そうな顔してんだよ!」


「ま、もし失敗して喧嘩になった時は俺達が守ってやってもいいけどさ」



 最後に双子から不安を増幅させる励ましをもらい、今日はお開きということになった。




 逢坂さんから、マンションに来るのは週に三、四日ほどでいいという内容のメールが届いたので、私は一日ぶりに街を歩いていた。


 最初は人混みに慣れていなかった私も、今では周囲の店を見渡すくらいの余裕ができた。


 私は可愛らしい雰囲気の雑貨屋さんの前で足を止め、ショーウインドウに飾られた大きなクマのぬいぐるみを見つめる。



「可愛い…」



 でも、さすがにこの大きさのぬいぐるみを置くスペースは、私の部屋にはない。チラリと見た値札には、とても買えそうにない数字が記されていた。


 諦めようと顔を上げた時、ショーウインドウに見覚えのある影が映った気がした。思わず、背後を振り返る。



「あれ?」



 今、志鷹さんらしき人が向かいの歩道を歩いていたと思ったのだが。


 気のせいだったのかなと首をかしげたところで、携帯が双子からの着信を伝える。


 出るなり早く来いとうるさく言われたので、私はその真偽を確かめることなく、その場を後にした。



 マンションに着くと、双子はリビングとつながった和室でテレビゲームをしていた。制服のまま寝転び、自分の家のようにくつろいでいる。



「遅いぞー。早くこっち来いよ」


「えっと、志鷹さんは?」


「玲なら向こうの部屋で着替えてる」



 せめて挨拶くらいと思ったが、早く行かなければ双子の機嫌が悪くなりかねない。とりあえず、二人の元へ急ぐ。


 二人の間に座らされた私は、青いピアスをつけた春翔くんにゲームのコントローラーを渡された。


 テレビ画面には、武器を持った二人の男性キャラがいる。どうやら対戦ゲームのようだ。



「お前は右のキャラだからな」



 春陽くんはそう言うなりスタートボタンを押してしまい、私はコントローラーの使い方すら分からないまま、春陽くんが操るキャラに攻撃をくらっていた。



「ああ! ちょ、ちょっと待って!」


「何だよ。避けるくらいしてくれねーと張り合いがないんだけどー」


「待ってってば! あ、わわっ。春翔くんこれどうやったら動くの!?」


「はあ? お前そんなのも分かんないのかよ」



 分かるわけがない。だって私、ゲーム機なんてものをテレビ以外で見るのも、実際に触るのも初めてなのだから。


 ボタンを手当たり次第に押してみるものの、思うようにキャラを動かせず、結局あっという間に倒されてしまった。



「へったくそだなお前」


「はいはーい、次は俺と。ハル、貸して」



 と、今度は春翔くんが春陽くんと場所をチェンジする。キャラを選ぶ画面に変わったので、私は適当に女性キャラを選んで第二戦が始まった。



「俺は優しいからな。お前から攻撃してきていいぜ」



 余裕しゃくしゃくの表情で言われ、私は何とか覚えた移動ボタンを押して春陽くんのキャラに近づく。


 そしてそのままボタンを押しっぱなしにしていると、私の女性キャラは春陽くんのキャラにガシリと抱き着いた。



「お?」



 春翔くんが何だこれというばかりに頭を傾ける。しかし焦っていたのは私の方で、抱き着かせるつもりなんてなかったのにと慌てて他のボタンを押した。すると―――



「っ…!?」


「うわお」


「へー。キスするとかお前ハルに気でもあるの?」


「ち、違っ…!」


「悪いな叶美。俺、女はもっと色気がある方が好きだから」



 どうしてこうなるんだ。そしてなぜ私が振られたみたいになってるんだろう。


 この女性キャラの魅了スキルなど知りもしない私は、なんて卑猥なゲームなんだと一人真っ赤になって混乱していた。


 それから本気になった春翔くんに惨敗し、その後も二人が飽きるまで続けられたゲーム。


 救世主とも言える志鷹さんと逢坂さんがリビングに入って来た時には、私の精神はすっかり疲弊していた。



「聞いてくれよ王子ー。こいつ俺にキスしてきたんだぜ?」


「なっ!? ご、誤解されるような言い方しないで! 違うんです逢坂さんっ。ゲームの話で!」



 私が事の次第を伝えると、逢坂さんは「そんなことか」と笑う。



「どうせなら、真っ赤になって焦る君が見たかったな。残念だよ」



 前言撤回。この人は救世主なんかじゃなかった。


 私はこの場所で唯一安心できる志鷹さんの元へ逃げ出すことにした。


 キッチンでお茶を注いでいた志鷹さんは、私を見ると「お前も飲む?」ときいてくる。この優しさを双子にも見習ってほしい。


 私の分のコップを準備する志鷹さんの後ろ姿を眺めていると、不意に街でのことがよみがえった。私は彼の背中に向かって声をかける。



「あの、志鷹さん。もしかしてさっき、街にいませんでしたか?」



 志鷹さんは一瞬動作を止めてこちらを見たが、またすぐに視線をコップに移した。



「…いや?」


「そうですか。来る途中で志鷹さんに似た人を見た気がしたので。すみません」


「……別に謝らなくていい。それより、名前で呼んでいいって言っただろ」



 思いがけない不意打ちにあい、私はハッとする。


 そうだった。その問題がまだ解決してないんだった。


 しかしどう考えても、軽々しく名前を呼べる気がしない。まるで呼ぶのを待っているように私を見つめる志鷹さんに焦っていると、背後からズシリと重みが乗った。



「いつまで玲と話してんだよ」


「お前は俺達の遊び相手なんだからな」


「は、春陽くん、春翔くん…!」


「分かったらゲーム再開だ」


「ほら行くぞ」


「えっ」



 せっかくお茶を淹れてもらったのに、と伸ばした手もむなしく、私は双子に両脇から抱えられるように連れて行かれる。


 どうやらこの二人の“ターゲット”というものには、常に双子の傍にいるという条件がついているらしかった。


 抵抗を諦めた私がもう帰りたいと根をあげるのに、そう時間はかからなかった。




―――――

――


 双子に連れ去られて行く叶美を見つめていた玲は、小さく息をついてコップに目を落とす。


 茶色い水面には、自身の物憂げな表情がゆらゆらと揺れていた。



「あの子が言ってたのって、もしかして一也かずやさんのことかな?」



 いつの間に来ていたのだろうか。すぐそばに立っていた拓海に視線を投げ、玲は「…さあな」とつぶやいた。



「そのお茶、俺がもらってもいい?」



 叶美のために用意したお茶を指して言う拓海。玲が答える前に、彼はそれを口に運んでいた。こういうぶしつけなところは、出会った頃から変わらない。


 けして礼儀がなっていないわけではないのだが、拓海は昔から玲に対して必要以上に畏まった態度をとったことはなかった。


 ダイニングテーブルに拓海と向かい合うように座り、玲は口を開く。



「何か話でもあるのか?」


「特には。ただ、そんなので大丈夫なのかって思っただけ」


「……お前こそ」


「俺が何?」


「叶美をチームに引き入れたこと、怒ってるだろ」


「そんなことないよ。玲のことだから、ハル達をどうにかしようってお節介やいただけでしょ?」



 拓海は既に、玲の意図に気づいていたようだ。微笑をたたえたまま、確信した口調で告げる。


その目の奥がまったく笑っていないことは、わざわざ見なくても分かった。



「何でもいいけど、俺にとばっちりがかからないようにしてよね」


「分かってる」


「じゃ、俺はこれで。ごちそうさま」



 そう言って席を立った拓海を、玲は咄嗟とっさに呼び止めた。



「何?」


「…いや、悪い」


「変なの」



 今度こそ去って行った拓海の背中を見ながら、玲は眉をひそめる。



「―――欠陥があるのは、ハル達だけじゃないけどな」



 脳裏に浮かんだ人の姿をかき消すように、玲はそっと目を閉じた。