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9、誓い

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矢沢先輩と待ち合わせしている

駅前のマックに行くと、

先輩はもう席に座っていた。


イヤホンで音楽を聴きながら、

ジュースを飲んでいる。


「何聴いてるんですか?」


アイスコーヒーを買って、

矢沢先輩の前に座る。


先輩はちょっとこっちを見て、


「BOØWY。聴く?」


と言って、イヤホンを外す。


トレイをテーブルに置いて、

イヤホンを受け取る。


耳につけた途端、

爆発音みたいな歌声が響いて、

慌ててイヤホンをはずす。


矢沢先輩がわざと

ボリュームを上げたようで、

ウォークマンを持ってニヤニヤしている。


「……耳が痛いです」


先輩が耐えられないように笑い出す。

全然面白くないので

ふてくされていたら、


「これ、預かってくれないかな」


と言って、

私の手に小さな何かを乗せた。


 *


「これ、何ですか?」


「制服の裏ボタン」


赤い小さな七宝焼きで、

金色のサソリの絵が描いてある。


「いいですけど……」


よく分からないまま、

その四角い小さなボタンを

白いハンカチに包む。


「願かけなんだ。

無事に帰ってこられるように」


「どこかへ行くんですか?」


「いや、明日大きな集会があるから」


集会?

私がきょとんとしていると、

矢沢先輩が両手で

ハンドルを握るマネをした。


「バイク?

矢沢先輩、暴走族なんですか?」


「うん」


と、矢沢先輩は笑いながら言った。


 *


「だ、駄目です!

暴走族なんて危ないです!」


付き合って半月以上たつのに、

矢沢先輩が暴走族に入っているなんて

知らなかった。


「そろそろ引退したいんだけどさ。

俺がいないと若い奴らが無茶するしなあ。

ケツ持ちだし、出ないわけにもいかない」


「ケツ持ち?」


「最後尾でパトカーを食い止める役」


知らない世界の話が広がっていく。

パトカーを食い止めるなんて、

想像もつかない。


「それ、すごく危ないんじゃないですか?」


「危ないねえ」


他人事のように

矢沢先輩が笑う。


「そんなの駄目です!

怪我したりするんでしょ?

警察に捕まるかも知れないんでしょ?」


「お袋みてえ」


本気で心配しているのに、

矢沢先輩はずっと楽しそうに笑っている。


「そこまで反対されたのは初めてだな。

そんなに心配してくれるなら、

本気で引退を考えてみるよ。

でも、明日は出ないわけにはいかないから」


ハンカチを持った私の手を、

矢沢先輩がそっと握る。


「大丈夫だよ。

月曜日、暗室に会いに行くから」


自信に満ちた矢沢先輩の笑顔。

だけど、私は不安でしょうがなかった。


 *


自宅に帰ると、

優にいちゃんがリビングで

紅茶を飲んでいた。


「春樹は?」


「千里ちゃんの部屋でマンガ読んでる。

叔母さんは夕食の買い物に行ったよ。

今日はハンバーグだって」


「やった! 食べて帰るんでしょ」


「当然」


優にいちゃんが、

ティーパックとポットのお湯で、

私の分の紅茶も淹れてくれる。


テレビが小さな音でついていた。

夕方のニュースが流れている。


「優にいちゃん」


「ん?」


「矢沢先輩が暴走族に

入ってるの知ってた?」


優にいちゃんの

紅茶を運ぶ手が止まる。


「うん、知ってた」


申し訳なさそうに優にいちゃんが言う。


「そっか」


「千里ちゃんも知っているのかと思ってた。

他にも色々な噂があるけど、聞いとく?」


私はちょっと考えて


「ううん、やめておく」


と返事をした。


 *


優にいちゃんの淹れてくれた紅茶は、

私好みの、ちょっと濃い目の味で

すごく美味しかった。

優にいちゃんは、コーヒーでも紅茶でも、

飲む人に合わせて淹れてくれる。


「優にいちゃんは優しいね」


「そうでもないよ。

腹の中は欲望と嫉妬が渦巻いていたりして」


優にいちゃんの声が

本気で言っているように聞こえて、

驚いて顔を見る。


いつもどおりの優しい顔だったので、

少しほっとする。


「優にいちゃんでも嫉妬したりするの?

想像できない」


「するよ」


紅茶を一口飲んで、

優にいちゃんが言う。


「春樹にはずっと嫉妬してたかな」


「春樹に? どうして?」


「さあ、どうしてだろう」


 *


優にいちゃんがいたずらっぽく笑う。

彼は私たちよりずっと大人で、

いつも私たちのことを守ってくれていて、


「初めて嫉妬という感情を知ったのは

六歳の時だったかなあ」


私たちは甘えすぎていたのかも知れない。


「俺が六歳で、

春樹と千里ちゃんは五歳だった。

このリビングだったよ。すごくいいお天気で、

叔母さんが洗濯したカーテンを取り込んで」


優にいちゃんが、

カーテンを見ながら話し出す。


「千里ちゃんがレースのカーテンを被って

『お嫁さん』って言ったんだ。

レース越しの千里ちゃんはかわいかったな」


全然覚えていなかったし、

初めて聞く話だった。


「春樹が花婿の役をやるって言うから、

しょうがなく俺が牧師をやって、

適当に『神に誓ってください』

とか言ってたら、

レースのカーテンの隙間から、

春樹が千里ちゃんにキスしたんだ」


「嘘!」


「ほんと。全然覚えてない?

あの時は本気で

春樹のこと殴ろうかと思った。

まあ、我慢したけど」


 *


じゃあ、

私のファーストキスの相手は

春樹だったんだ。


「……春樹も覚えていないと思うよ」


「そうかな。まあ二人とも小さかったしね」


優にいちゃんは

以前は「口実」だなんて言っていたけど、

もしかしたら本当に

私のことを好きなんだろうか。


そんなことを考えながら

優にいちゃんの顔を見ていたら、


「ただの昔話だよ」


と、私の心を読んだように言った。


階段から降りてくる音がして、

春樹がリビングに入ってきた。


「二人で何やってんの?

俺にも紅茶淹れてよ」


何故か、春樹の顔をまともに見られない。


優にいちゃんは


「自分で淹れろよ」


と、言いながら

カップを取りに席を立った。