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1-6 1週間前の夏の日②

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「稲森さん、俺と付き合ってみない?」


 悠人は唐突にそう提案してきた。


 あのとき、とっさに身を引いた私は正しかった。多分、本能的に危険を察知したんだろう。


 一方、悠人はそんな私の反応が面白くなかったようだ。なんだかむすっとしたような顔になった。


「そ……そんなの、変じゃん!」


 私の反応はまっとうだったと思う。


「わかってるよ、そんなこと」


「さっきまで失恋同盟だったのに、どうしてそうなるのよ!?」


 思わず立ち上がった。偶然にも同じ日に失恋したってだけで、やっぱり悠人と私は別世界の人間なんだって再認識した。私は派手な人間じゃないし、ほいほい女を変えようだなんて男と付き合うつもりもない。答えは一つだ。さっさと逃げよう。


 なのに、悠人の方が素早かった。その長い腕は私よりもほんの少し早く動いて、私の手首を簡単に掴んで動きを封じた。


「話聞けよ」


 今までとは別の理由で泣きそうになった。すっかり怯えてる私に、悠人は深々とため息をついて座り直す。


「正確には、『付き合ってる』ってことにしてみないか?」


 提案されていることを理解するのに、数秒を要した。


「……付き合ってる、フリ、ってこと?」


「そう、フリだ」


 深々と頷いた悠人に、身の危険が遠のいたのはわかった。悠人に手首を掴まれたまま、とりあえず、さっきまでいた場所に戻って座る。


「その……フリをして、いいことがあるんでしょうか?」


 一度覚えた恐怖は簡単には抜けなくて、つい敬語になった。


「相手を見返す」


 悠人は大まじめだった。けど、あまりに短絡的なその答えに、私の眉根は寄った。


「当てつけに付き合うってこと?」


 相手が気心知れた人間だったら、ばからしい、って一蹴してた。


 けど、悠人は引かなかった。畳みかけるように言葉を続ける。


「俺はそれで相手の反応が見たい」


 その目は真剣だった。真剣すぎてたじろいだ。


「私は何もそんなこと――」


「稲森さんは、両思いだって思い込んでたんだよな?」


 弱ってたとはいえ、自分のことを悠人に話した自分を悔いても遅かった。


「根拠の一つや二つくらい、あったんじゃねーの?」


 タクの顔を思い出してしまい、途端に目元がまた湿りかける。


 ――そう。私は別に、思い込みが激しい暴走タイプってキャラじゃない。根拠はあった。あったんだ。


 ふと視界が暗くなったのに気づいて顔を上げた。いつの間にか悠人が私の前に回り込んでた。私の退路を塞ぐように、私の顔のすぐ横に手をついてこちらを見下ろしてる。


 すぐそばに、挑発するような目があった。


「奪えるもんなら奪ってみたらどうだよ?」


 まつげが長い。なんでこんなに肌がキレイなんだ。私をにらむように射すくめる視線。その吐息が感じられそうなくらい悠人の顔は近くて、今度こそ逃げだしたいのに、悠人の腕がそれを阻んで許さない。


「奪ってみろよ」


「そ、そんなこと――」


「それができないなら、今すぐ諦めろ」


 いつの間にか、私たちはにらみ合っていた。


 ――負けたくないと思った。


 負けたくない負けたくない負けたくない。


「……諦めたくない」


 悠人は壁から手を離すと、力尽きたようにペタンと座り込んだ。


 私は両手で顔を覆って突っ伏した。ずっとこらえてた嗚咽が漏れた。