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2-2 ソロコン

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 吹奏楽部の部室でもある、第2音楽室。放課後になると部員たちが集まってきて、その日のスケジュールに合わせて合奏や各々の楽器の準備を始めるのがいつものパターンなわけだけど。


 私はグランドピアノの前で、女子部員たちに取り囲まれていた。


「まさか、マリナがねー」


「いつからいつから?」


「なれそめは?」


 次々に向けられる質問攻撃に、苦笑で返すしかない。


「城崎くんとは、同じクラスなんだっけ?」


「タイプ、全然違うよね」


「ほんとビックり!」


 私もビックりだよ、なんて内心で答える。


 私の名前は稲森真梨奈。吹奏楽部でトランペットを吹いてる、どちらかといえば地味でマジメなしがない十七歳、高校二年生なんだけど。


 彼氏ができた。


 ……ことになっている。


 お相手は、城崎悠人。彼は同じクラスで、軽音部でピアノを弾いてる。


「私もビックりしちゃったー」


 きゃぴっとしてそう私をつついたのは萌美だ。


「体育館のことも聞いちゃったし♪」


 私が何も言わないのでみんな焦れてたんだろう。何それ何それ! と勢い込んで萌美に説明を求める。もう逃げ出したい。


 音楽という共通点はあれど、悠人と私はまったくタイプが違う。悠人は見た目どおり派手だし、それに。


 強引だ。


 その強引さに流され、私たちは付き合ってる、フリをしている。


『付き合ってる』ことを文化祭で周囲にアピールするって提案に、私も賛成はしたわけだけどさ。手をつないで歩くだけって話だったのに、ふい打ちで人前でキスされるなんて聞いてない。しかも全然悪びれてなかったし。


 あのときのことを思い出し、内心悶絶したくなってる私に、笑顔の萌美が追い打ちをかける。


「タクも、すっごく驚いてた」


 タクがメガネの奥の目を丸くして驚く顔は安易に想像できてしまった。


 タクがそれを聞いてなんて返したとか、ちょっと想像したくない。


 私と悠人が『付き合ってる』フリをしてるのにはワケがある。


 偶然にも同じ日に失恋した私たちは、付き合うフリをすることでそれぞれの相手を見返し、チャンスがあるなら再アプローチしようと決めた。言うなれば、私たちは失恋をきっかけにタッグを組んだというわけだ。


 ……なんだけど。


 最近のタクとのやり取りを楽しそうに話す萌美を見て、私は自分が吐き出したため息で窒息しそうになる。


 当てつけに悠人と付き合ったところで、タクの反応なんてその程度だって事実。これじゃキスのされ損もいいとこじゃない!


「――あ、タク!」


 萌美がきゃぴっと手を振った。タクが音楽室にやってきたのだ。


 いつどこで見てもにこやかで穏やかーな雰囲気をまとったタク。そのメガネの奥の目とかち合った。タクはいつもどおり、柔らかな笑みを向けてくれる。いつもどおり過ぎてもはや悲しい。私が悠人と『付き合ってる』ことなんて、タクにとってはホントにどうでもいいのかもしれない。


「さっき、狭山さやま先生に会ったんだ」


 タクは手にしたプリントを私たちに差し出した。


「これ、預かってきた」


『募集要項』という大きな文字のあるチラシ。


 四ヶ月後、二月初旬に開催される、ソロコンクールの募集要項だ。夏のコンクールは部員全員での合奏で出演するけど、このソロコンクールは個人演奏、自由参加になる。


「ソロコンかぁ」


 ホルンのミカちゃんが頬に手を当てて考え込む。長いポニーテールが揺れた。


 一方の萌美は指でバッテンを作った。


「私はパス。一人で吹ける自信ないもん」


「マリナは?」


 ふいにタクから話を振られ、自分でも驚くくらいにドキリとした。


「去年、出たいって言ってたよね」


 去年は一人で演奏なんてできる気がしなくてエントリーしなかった。でも、実際に先輩のステージを観に行って、エントリーすればよかったって後悔したのだ。一人で演奏するのは怖いけど、でもだからこそ、ステージの上で堂々と演奏する先輩の姿はしびれるくらいにカッコよかった。


 先輩のステージを観てどうしようもなく気持ちが高揚してた私は、帰り道にタクに勢い込んで言った。来年は私も出たいって。


「うん。……出ようかな」


 タクが差し出してくれた募集要項をまじまじと見る。コンクールは二月の初旬。ピアノ伴奏をつけることも可能。去年のコンクールを見た限りでは、ほとんどの奏者がピアノ伴奏を伴っていた。


「ピアノ伴奏、必要かな」


 募集要項を別の子に回しつつ、タクの方はあえて見ないでそう呟いた。


 駆け引きなんてものが苦手な私にできた、最大限に思わせぶりなセリフだった。


「弾いてあげようか?」


 期待していたとおりのタクのセリフに顔を上げた。緩んでしまわないように頬に力を入れて、それでも喜びを完全に隠しきることはできなかった。弾んだ声音になってしまう。


「いいの?」


 吹奏楽部ではトロンボーンを担当してるタクだけど、彼が最も得意とする楽器は実はピアノなのだ。小学生の頃からずっと習ってて、何を隠そう、私とタクが小学生の頃初めて出会った場所もピアノ教室だった。


 最近、タクのピアノを聴ける機会はめっきりなかった。繊細で、正確で、音の粒に丸みを感じるくらいに優しい音色。私のためにそれが奏でられるなんて、想像しただけで足元がふわふわしそう。


「――いいねそれ」


 そんな萌美の声に、ふわふわな気分は吹っ飛んで途端にヒヤヒヤになった。


 私と目が合うと、萌美はにっこりと笑んだ。


「私も、タクのピアノ聴きたい」


 部室でいちゃつくなー、なんてミカちゃんが萌美をつついた。タクは困惑したように笑んでて、萌美の方は頬を押さえてキャッキャと笑ってる。


 私は心臓の辺りにそっと触れた。ドクドク鳴ってる。変な汗が出るかと思った。


 タクの横顔を盗み見る。


 ――諦めたくない。


 そう思ったから、私は悠人の提案に乗ったわけだけど。


 今さらながら、自分に本当にそんなことができるのかな。そんなこと――つまり。


 萌美を押しのけること。


 スカートの中でスマホが震えた。メッセが届いてる。


 キャッキャしている輪から抜けてスマホを見た。


『第3音楽室の練習室3に来い』